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記憶喪失ってことにしました

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「……そのうち慣れるかな」

じっくりと自分の姿を眺めてから、すぐに興味は失せて、さっきまで寝ていた部屋に戻る。
すると、そこには先ほどまで誰もいなかったはずなのに、一人の男性が立っていた。
ベッドを見つめたまま動こうとしないことに、私は何て声を掛けるべきか分からず、その場に立ち尽くしてしまう。

「王女様……一体どちらへ行かれてしまったのだ?まさか、誰かに誘拐でもされたのでは……」

王女様?この部屋には私以外にも誰かいたのだろうか?
それなら、誰もいなかったことを伝えてあげた方が良さそうだ。

「あの……誰かを探しているんですか?」

「――!!ああ、王女様!!様子を見に来たらベッドから姿が無く、心配しました!」

「おっ―――!!」

(王女様って私の事!?!?え、この身体って王女様!?え、王族!?てか、貴方誰!?)

最早頭がショート寸前である。
思わず叫びそうになったが、王女本人が「王女って私の事!?」なんて叫んだ日には病院送りにされそうだ。
ここは大人しく、情報を聞き出した方が得策だろう、多分。

「王女様、息を取り戻してから3日も昏睡状態だったんですから、起きてすぐに動き回られて……その、大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫よ。心配をかけて、ごめんなさい」

心配そうに私を気遣う男性を見上げて、眉を顰めて小さく謝罪する。
すると、男性は僅かに目を見開いて驚いた表情を浮かべた。

「王女様が、謝罪されるとは……。まるで人が変わったかのようですね」

「え、っと…それで、貴方は一体どなたなのかしら?」

「まさか、王女様記憶が…?」

今度こそ男性は、目を見開き、口を間抜けに半開きにさせて絶句してしまった。
ただ、記憶がないのは本当なので、気まずく思いながらもゆっくりと首を縦に振って肯定を示す。

「まさか………あの出来事で?王に何と説明すれば……」

私の肯定に、男性の顔は見る見るうちに青ざめていく。
その様子があまりにも可哀想で同情してしまうが、私が慰めたところでなんの変化も得られないだろう。
ブツブツと小声で何かを言っている男性があまりにも怖くて声がかけられずにいた時だった。
軽くドアをノックする音が聞こえて、反射的に「はい!」と大きな声で返答してしまった。

「――失礼いたします、アリシア王女様。お加減の方はいかがでしょうか?」

ゆっくりとドアを開けて入ってきた人は、20代くらいの青年だった。
執事かと思ったが、その青年の格好はどちらかと言うと騎士のように見える。

「あ…私は大丈夫です。ずっと寝ていたので、少し体がだるいくらいで……」

「アリシア王女様…まだ目が覚めたばかりでしょう?ベッドでゆっくりお休みください」

「えっと……」

チラリと空気と化している男性を見てから、青年に視線を戻す。
その仕草だけで察してくれたらしい青年は、男性の腕を掴むと有無を言わさずに部屋から追い出したのだ。


何やら男性が青年に文句を言っていたみたいだが、青年は完全に無視である。


(青年の方が偉いのかな?男性の方が年上に見えたけど……)


「アリシア王女様、お見苦しい者をお見せしてしまい、大変失礼いたしました」

「い、いえ。貴方に任せてしまって、すみません」


なぜか申し訳なさそうに青年に頭を下げられて、私も嫌な役目を押し付けてしまって申し訳ない気持ちになる。
私の様子に青年は、さっきの男性同様驚いたように息を呑んだ。

「王女様、やはりお加減が……」

「あの、すみません…。私、記憶がなくて……王女って私の事なんですか?」

「――っ、記憶が?……だから俺相手に敬語なんかを…」

さっきからすごい心配をしてくれているが、顔にはハッキリと嫌悪感が露わになっている。
心配そうに顔を歪めているが、どこか面倒くさそうに見えるし。

でも、いい加減説明をしてもらいたい。

「…大丈夫ですか?」


「……ええ、大丈夫です。まずは王女様自身について、お教えいたしますね。貴女様は、アリシア、アリシア・サーシャ・ドゥ・ベルディア第一王女様です」

「アリシア第一王女…それが私?」

青年が私のことを説明しながら、ベッドへと導いてくれた。
そのまま青年はベッドの傍まで椅子を持ってきて、その椅子に腰かける。

「その通りです。遅れましたが、俺の名前はセイファー・アスタードと申します」

「セイファー、さん。ありがとうございます、助かりました。後のことは自分でどうにかしますので」

自分の名前と立場が判明したことだし、青年も私とあんまり関わりたく無さそうだから、早いところ解放してあげよう。



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