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旅立ち編

002 バイバイ契約

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 ロックとマリーが買い出しに出ている間に、今後の話し合いが終わる。
 具体的にはコールウィン公国の首都までの日程だ。

 本格的な冬が始まる前に到着したいとの事で、明朝には出発する事になった。
 ちなみに積荷を積んでいた幌馬車の方は、この町でお別れする事になった。

 そうすると御者は必要なくなるので、ロックともお別れだ。

( さようなら………………ロック………。最後の思い出を楽しんでくれ )

 という事にならず、もう1台の移動用の馬車専属の御者となる事になった。

 話し合いの時に、ロックを置いていく案を冗談半分で話し合える程度には、マックスさんとは仲良くなれたと思う。

 幌馬車の方は、商会が買い取りしてくれた。
 積んでいた荷物については、商会の馬車で運んでくれる。

 馬車の性能をみても、どれだけ自分たちが今まで住んでいた場所が田舎であったか思い知ったわけだ………。

「マリーさんとロックさんが、お戻りになりました」

 基本的な話し合いは終えて、軽く雑談をしていると、2人に付いて行った侍女が話し合いをしていた部屋へ入室して、マックスさんに報告してきた。

「報告によると望みは薄いとの事です」

 そっちの報告もか! マックスさんは侍女からの報告を丁寧に教えてくれる。

「大丈夫です。その件は存じ上げております」

 こちらも母が容赦なく、事実を告げる。
 さようなら………………ロック………。最後の旅の思い出として楽しんでくれ。

 当然の事だが、私も気付いていた。

 マリーを口説くなら、母を贈るくらいの事をしない限り、恋が叶う事はないだろう。
 
「そうですか………。商隊の護衛が不足しておりますので、その時はお任せ下さい」

 マックスさんもなかなかに良いキャラをしている。

「えぇ。その時は是非お願い致します」

 母も容赦なくロックを売った。本当に最後の旅を楽しんでくれ。

「では、皆様は本日はお疲れと思いますので、お休み下さい。食事は部屋へお持ち致します」

 話し合いの最後はロックの売買バイバイの事であったのか………。
 そんな感想を抱いたが、私も慣れない旅で人一倍気を張っていた事もあって、素直にマックスさんのご好意に甘え、その日は久しぶりに深い眠りについた。




 その後の旅は、馬車を引く馬が1頭から2頭に変わった事もあって、予想以上に順調に旅が進んだ。
 ここまで来ると、町と町の間には宿場村があり、野宿する事もなくなった。

 当然、途中の宿は全て用意されていた。
 どれだけ私の薬草が期待されているんだって話だ。

 私が育てる事に成功した薬草は通称『気まぐれ草』。
 咲いている場所に共通点もなく、道端に咲いている事もあれば、森の奥地に咲いている事もある。
 暑い土地や寒い土地もお構い無しだ。

 そして、貴族たちの間で、その『気まぐれ草』を使った美容の飲み薬が高価な値段で取引されている………らしい。
 実際に前世の記憶にある美容品よりも効果は確実で、日に焼けた肌もくすみなく白い肌に戻るらしい。

 その上、太り難くなるという事で、甘い物の大好きなお嬢様方にも大人気だ。
 あれだ………。さすがは剣と魔法の世界。ファンタジーだと思った。

 通称の『気まぐれ草』という名前も、気まぐれな貴族のお嬢様御用達なところから付けられた名前らしい。
 
「そうすると、あの木材で光を遮って育てているのですか?」

「はい。私が発見した群生地帯では、周りは木々に囲まれて日中でも光が殆ど差し込まない場所でした」

「本当に気まぐれ・・・・なのですね」

「えぇ。本当に気まぐれ・・・・で困ります」

 旅の間の話し相手が増えた妹は絶好調だった。
 私たちの世話役をする為に用意された侍女とマックスさんは同じ馬車に乗っていたのだが、妹が世話役の侍女たちと話をする時はマックスさんが馬車を追い出される事になった。
 
 最初は私も謝っていたが、マックスさんも既に完全に諦めてしまった為、今では互いにその件については触れなくなった。

 ちなみにロックは御者に専念している。私が御者をする事も完全になくなった。
 結構馬へ語りかけながらの旅は楽しかったのだけどね………。早くスローライフを取り戻したい。




 旅の途中での休息地や宿場村や町でのロックの観察は継続されていたようだが、その度に「若いのに枯れていますね。彼」とマックスさんがロックの事をそう評価していた。
 
 そんな何も起きなかった旅も終わって、ようやく旅の最終目的地であるコールウィン公国の首都へ着いた。
 まあ、ここからの交渉次第では、旅は続く事になるのだが、そうならないように頑張ろう。

「私はこのキーマン商会の代表を務めさせて頂いています。キーマンと申します」

「お迎えまで用意して頂きまして、感謝致します。私がクロムウェル=リヒュルトと申します。国はなくなりましたので、今はただのクロムウェルです」

 うん。この挨拶はやっぱり良い感じだ。私が貴族だったことを知っている人にはこの挨拶にしよう。

「道中ご不便はございませんでしたか?」

「家族共々、快適に過ごさせて頂きました。あらためて御礼申し上げます」

 今は好意的に会話をしているが、本当になんとなくだが、今までに出会った人たちと違うように思える。
 まあ、商会の代表を務める人物がただの良い人な訳がないので、当然と言えば当然なのだろうが………。私の前世の記憶が警鐘を鳴らしている気がする。

「私も忙しい身ですので、さっそく本題へと移らせて頂きます」

 私もこの人物と長く話をしたいと感じない。さっさと話を聞いて、家族と今後を相談しよう。

「今回もお持ち頂きました薬草は、とある貴族の方がまとめてご購入頂いております。その方たっての希望でして、本日も急ではありますが、私のお話が終わり次第、ご面会頂きます」

 お貴族様が相手では断る事は出来ないが、この話の進め方は正直良い気はしない。
 ここへ来るまで便宜を図って貰ったが、この人物とはあまり関わらない方が良いのだろう。

 それに、気まぐれ草が、貴族ご愛用である事を考えれば購入先が貴族であるのは想像していた。
 最悪な展開を考えて、覚悟も決めてこの場に挑んでいる。

「まずはその方のご希望と致しましては、何としても通称、気まぐれ草を入手されたいとの事です。栽培方法はマックスから聞きましたが、本当にあれだけで栽培が可能なのでしょうか?」

 嫌な予感は的中である。
 あ、関係ないけど、この目の前のおっさん。髪が緑色だ。さすがファンタジー。今頃気付くなんて、ずいぶんと私もファンタジーな世界に馴染んだようだ。

 そして、目の前にいる強欲ピーマン………じゃなかった。
 緑髪のキーマン商会代表さんの狙いは、間違いなく私から気まぐれ草の栽培方法を盗む事だ。

 まあ、予想通りと言えば、予想通りだが。

「私は商人ではございませんので、商人の腹の探りあいはご遠慮頂きたいのですが?」

 この私のひと言に先ほどまでの作り笑いを、キーマンはあっさりと止める。

「先に申し上げておきます。共に気まぐれ草を育てていた元執事長のロワンを呼ぼうとしても無駄ですよ。そのような連絡を貰ったら、私たちは殺されたと思えと伝えてあります」

 作り笑顔から無表情。そして今は怒り顔だ。
 旅の商人が言っていた通りの人物だった。キーマン商会の跡継ぎは強欲で、商人としては無能であると………。

 商人がこんな簡単に顔色を変えるなんて、普通はありえない話だからね。思わず納得である。

「積荷は我が商会の馬車の中にあるのですよ?」

 キーマンは商人として無能ではあるが、馬鹿ではないらしい。私の言った意味を正しく理解出来る程度の頭はあるようだ。
 だが、それはあくまで子供レベルの話だ。大人からしてみれば、ただの馬鹿か悪戯小僧程度の差でしかない。

「ならば薬草の苗から頑張って育てて下さいね。伊達に気まぐれ草と呼ばれている訳ではありませんよ?」

 気まぐれ草の名前の由来に、「まるで気まぐれで気難しい年頃の娘のようだ」というタイトルの………娘のために栽培まで挑んだ1人のお父さんの物語まである。
 実際に気まぐれ草は、構いすぎても枯れ、手入れをしないと育たない。私も栽培に成功するのにかなりの手間が掛かった。ちなみに、物語では失敗を続けた結果、自分よりも草へ愛情を注いでいるように感じた娘が、早々にお嫁に行ってしまったという悲しい悲しい結末だった。


 私も、まさか、あんな方法で栽培が上手くいくとは………夢にも思わなかったのである。まる。

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