リング上のエンターテイナー

knk

文字の大きさ
4 / 36

3話

しおりを挟む
「おかえりー。遅かったわね」
「ただいま。お母さん早いじゃん」
「レッスンの時間変わったのよ。だから最近はいつもこの時間よ」

ほっそりとした母が菜箸を持ったまま玄関で出迎えてくれた。
長い髪をバレッタでまとめただけで化粧もしたままなので、今帰ったところみたいだ。

母はヨガのインストラクターをやっている。
出産のタイミングでしばらくは専業主婦だったけど、あまりじっと家に居られないタイプなのか、私が小学校の高学年になったあたりから仕事に復帰していた。

「へー。そうなんだ。康太は?」
「部屋にいるんじゃないかしら。もうすぐご飯だから呼んできて」
「はぁーい」

康太は私の2つ下の弟だ。
私が中学3年の時だけ通った地元の中学に通っている。

あの子は全然部屋から出ない。一体誰に似たのだろう。
中学でも部活には入らず、毎日すぐに帰ってきて部屋に閉じこもっている。

「康太ぁ、入るよ。ご飯だってさ」
「おい、入ってくるときはノックしてって言ってんじゃん」

ヘッドセットを外しながら康太が苛立った声を返してくる。

「したじゃん」
「ノックして、返事してからドア開けるだろ普通」
「知らないわよあんたの普通なんて。今日は何のゲームしてんの?」
「姉ちゃんには関係ない」

はぁ。
康太の部屋のドアにもたれかかりながらため息をつく。

中学2年になった康太は反抗期に突入した。
家では誰の言うことも聞かない。
昔は一緒にゲームしていたけど、私が中学に入って以来ほとんどやっていない。

「康太も昔は可愛かったのになー」
「あっそ」
「いいから、早く来なよ。ご飯だからね」

ゲームの画面から目を離すこともなく返事もしない康太にまたため息が出る。
康太は中学に入ってから一気に身長が伸び始めて、私もあっという間に抜かれてしまった。
もう170cmくらいあるらしい。

前田家は母は小柄だけど父が大きく、私も父からの遺伝で背は高い方だ。
でも康太はずっと小柄だった。
私が中学に入った頃はまだかなり身長差があって、可愛い弟だったんだけどな。
ドアを閉めて私は先にリビングに向かった。
お腹が減ったらその内来るだろう。

「康太は?あ、陽菜、先着替えてきなさい。制服汚すわよ」

リビングに戻るとちょうど作り終えた母がテーブルに料理を運んでいるところだった。
早く食べたい私もそれに加わる。

「えー、もうお腹すいたんだもん。後で着替えるよ。康太呼んだけどゲームしてた。しばらく来ないと思う」
「もう。一緒に食べてくれないと片付かないじゃない」

母は困った顔をする。
歳の割には若く見える方だということに最近気付いた。
身体を動かす仕事をしているからかなのかな。

「あの康太も一丁前の反抗期だね」
「最近お父さんの言うことも聞かなくなっちゃってね。中学の男の子はそんなもんだって言って気にしてないみたいだったけど」
「まだお父さんの方が大きいし康太ひょろひょろだし、ここぞという時は力づくで押さえつける、みたいなこと考えてんじゃない?」
「嫌よそんな乱暴。あんたも激しかったし、心配だわ」

私も康太の歳の頃は反抗期だった。
母とは顔を合わせれば言い争っていたし、父とは口を聞いた覚えがない。
転校する話が出た頃にようやくピークは過ぎて着き始めたけど。

「私はもうそんなガキじゃないから。あーお腹すいた。いただきまーす」

母はいつも栄養バランスを気にしたご飯を作ってくれる。
健康な体はいい食事からというのが母の考えだ。
朝は早起きしてお弁当も作ってくれるので、やっぱり偉そうな口利けないなってじわじわと感じさせられているところだ。

「陽菜、部活はどう?上手くいってる?」
「上手くって、そんなざっくり聞かれても。ていうかまだ始まったばっかりだし。でも大丈夫、ちゃんとやってるよ」
「そう。でも朝日丘高校に元々女子プロレス部なんてないんでしょ?人集まった?」
「まだ」

ご飯を食べながら答える。
部員の勧誘は大きな課題だ。
強豪校ならまだしも、普通の高校なら元々部があっても新入部員が簡単に集まるような競技じゃない。
まして新しく作った部ならなおさらだ。

「他に練習できるところ探した方がいいんじゃない?別に学校じゃなくっても…」
「大丈夫だって!ちゃんと考えてるから」

もう、何でそんなにあれこれ言うんだろう。
まだ始めたばっかりなのに。
大変なのは自分でもよくわかっているし、それを周囲から指摘されたくはない。

人がいないと練習にならない。
それもわかっている。
上手くなるには練習が必要だ。
それもわかっている。
こうしている間にも他の選手との差が広がっていくことだってわかっている。

つい声を荒げてしまって私もまだまだ康太と同じガキなのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...