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第九話 本物の愛
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夜の庭園は、昼間とはまるで別の顔をしていた。
花々は静かに眠り、噴水の水音だけが時を刻む。
満天の星が、この世界のすべてを見守るように降り注いでいる。
「ここに来るのは……久しぶりですわね」
クラリスはそっと、石造りのベンチに腰を下ろした。
アグナリア王宮の庭園は、セレフィアのものよりもずっと開放的で、どこか息がしやすい。
……いや、それはたぶん、隣にいる人物のせいだ。
「星が好きなのですか?」
ユリウスの問いに、クラリスは小さく頷いた。
「昔はよく、母と一緒に星を眺めておりましたの。意味もわからず、ただ綺麗と、それだけで」
「今も、そう思いますか?」
「ええ。けれど今は……あなたと見る星が、少し違って見えるように感じております」
クラリスの答えに、ユリウスはほんの一瞬、言葉を失ったようだった。
「……クラリス嬢」
「はい?」
「私は、あなたに政略としての価値を求めていません」
ユリウスの言葉が、夜の空気を震わせる。
「もちろん、あなたが聖女であることは、私の国にとって恩恵です。けれど、それ以上に……私は、あなたという人間に、心を奪われたのです」
クラリスの目が、ほんのわずかに見開かれる。
「聖女の力を持ちながら、自らの価値を他人の基準で測らないあなた。静かに耐え、笑い、怒るときでさえ声を荒げず、冷静に一歩ずつ相手を超えていくあなた──」
言葉が、音楽のように紡がれていく。
「私は、そんなあなたに、何度も心を動かされました。恋と呼ぶには熱く、愛と呼ぶにはまだ足りないのかもしれない。けれど、あなたのそばにいたいと願うこの想いは……間違いなく、私の中の『本物』です」
沈黙。
クラリスは、静かに息を吐く。
夜風が髪を撫でる中で、彼女はゆっくりと立ち上がった。
「……私は、誰かに愛される価値があると、ずっと思えませんでした」
小さな声。けれど、芯は強く。
「私の中の価値は、役に立つかどうか、美しいかどうか、他人から選ばれるかどうか。ずっと、誰かの目を通してでしか、自分を測れなかったのです」
けれど──。
「あなたが、私そのものを見てくださった。その視線だけは、嘘ではないと……わかります」
クラリスはユリウスの前に立ち、まっすぐに見つめた。
「だから、私ももう逃げません。あなたと向き合い、『本物』を信じてみたいと思います」
その言葉は、彼女がはじめて、自分のために選んだ「愛」だった。
そしてその夜。
クラリスのノートが、またページを埋めた。
【対象】ユリウス=エルディーン殿下
【行為】政略ではなく、私という人間を見てくれた
【結果】心が少しずつ、あたたかくなる
【現状】ざまぁとは違う、特別なリストに記録中
【一言】あなたの愛は、記録ではなく記憶として残したくなりますわね
そのページだけは、チェックマークではなく、小さな花の絵が添えられていた。
クラリスは知っている。
これが恋の始まりか、愛の入口かは、まだわからない。
けれど少なくとも──「誰かに本当に愛される」という感覚を、今の自分は確かに感じていた。
花々は静かに眠り、噴水の水音だけが時を刻む。
満天の星が、この世界のすべてを見守るように降り注いでいる。
「ここに来るのは……久しぶりですわね」
クラリスはそっと、石造りのベンチに腰を下ろした。
アグナリア王宮の庭園は、セレフィアのものよりもずっと開放的で、どこか息がしやすい。
……いや、それはたぶん、隣にいる人物のせいだ。
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「今も、そう思いますか?」
「ええ。けれど今は……あなたと見る星が、少し違って見えるように感じております」
クラリスの答えに、ユリウスはほんの一瞬、言葉を失ったようだった。
「……クラリス嬢」
「はい?」
「私は、あなたに政略としての価値を求めていません」
ユリウスの言葉が、夜の空気を震わせる。
「もちろん、あなたが聖女であることは、私の国にとって恩恵です。けれど、それ以上に……私は、あなたという人間に、心を奪われたのです」
クラリスの目が、ほんのわずかに見開かれる。
「聖女の力を持ちながら、自らの価値を他人の基準で測らないあなた。静かに耐え、笑い、怒るときでさえ声を荒げず、冷静に一歩ずつ相手を超えていくあなた──」
言葉が、音楽のように紡がれていく。
「私は、そんなあなたに、何度も心を動かされました。恋と呼ぶには熱く、愛と呼ぶにはまだ足りないのかもしれない。けれど、あなたのそばにいたいと願うこの想いは……間違いなく、私の中の『本物』です」
沈黙。
クラリスは、静かに息を吐く。
夜風が髪を撫でる中で、彼女はゆっくりと立ち上がった。
「……私は、誰かに愛される価値があると、ずっと思えませんでした」
小さな声。けれど、芯は強く。
「私の中の価値は、役に立つかどうか、美しいかどうか、他人から選ばれるかどうか。ずっと、誰かの目を通してでしか、自分を測れなかったのです」
けれど──。
「あなたが、私そのものを見てくださった。その視線だけは、嘘ではないと……わかります」
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「だから、私ももう逃げません。あなたと向き合い、『本物』を信じてみたいと思います」
その言葉は、彼女がはじめて、自分のために選んだ「愛」だった。
そしてその夜。
クラリスのノートが、またページを埋めた。
【対象】ユリウス=エルディーン殿下
【行為】政略ではなく、私という人間を見てくれた
【結果】心が少しずつ、あたたかくなる
【現状】ざまぁとは違う、特別なリストに記録中
【一言】あなたの愛は、記録ではなく記憶として残したくなりますわね
そのページだけは、チェックマークではなく、小さな花の絵が添えられていた。
クラリスは知っている。
これが恋の始まりか、愛の入口かは、まだわからない。
けれど少なくとも──「誰かに本当に愛される」という感覚を、今の自分は確かに感じていた。
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