聖女だけど婚約破棄されたので、「ざまぁリスト」片手に隣国へ行きます

もちもちのごはん

文字の大きさ
9 / 10

第九話 本物の愛

しおりを挟む
 夜の庭園は、昼間とはまるで別の顔をしていた。
 花々は静かに眠り、噴水の水音だけが時を刻む。
 満天の星が、この世界のすべてを見守るように降り注いでいる。

「ここに来るのは……久しぶりですわね」

 クラリスはそっと、石造りのベンチに腰を下ろした。
 アグナリア王宮の庭園は、セレフィアのものよりもずっと開放的で、どこか息がしやすい。
 ……いや、それはたぶん、隣にいる人物のせいだ。

「星が好きなのですか?」

 ユリウスの問いに、クラリスは小さく頷いた。

「昔はよく、母と一緒に星を眺めておりましたの。意味もわからず、ただ綺麗と、それだけで」
「今も、そう思いますか?」
「ええ。けれど今は……あなたと見る星が、少し違って見えるように感じております」

 クラリスの答えに、ユリウスはほんの一瞬、言葉を失ったようだった。

「……クラリス嬢」
「はい?」
「私は、あなたに政略としての価値を求めていません」

 ユリウスの言葉が、夜の空気を震わせる。

「もちろん、あなたが聖女であることは、私の国にとって恩恵です。けれど、それ以上に……私は、あなたという人間に、心を奪われたのです」

 クラリスの目が、ほんのわずかに見開かれる。

「聖女の力を持ちながら、自らの価値を他人の基準で測らないあなた。静かに耐え、笑い、怒るときでさえ声を荒げず、冷静に一歩ずつ相手を超えていくあなた──」

 言葉が、音楽のように紡がれていく。

「私は、そんなあなたに、何度も心を動かされました。恋と呼ぶには熱く、愛と呼ぶにはまだ足りないのかもしれない。けれど、あなたのそばにいたいと願うこの想いは……間違いなく、私の中の『本物』です」

 沈黙。
 クラリスは、静かに息を吐く。
 夜風が髪を撫でる中で、彼女はゆっくりと立ち上がった。

「……私は、誰かに愛される価値があると、ずっと思えませんでした」

 小さな声。けれど、芯は強く。

「私の中の価値は、役に立つかどうか、美しいかどうか、他人から選ばれるかどうか。ずっと、誰かの目を通してでしか、自分を測れなかったのです」

 けれど──。

「あなたが、私そのものを見てくださった。その視線だけは、嘘ではないと……わかります」

 クラリスはユリウスの前に立ち、まっすぐに見つめた。

「だから、私ももう逃げません。あなたと向き合い、『本物』を信じてみたいと思います」

 その言葉は、彼女がはじめて、自分のために選んだ「愛」だった。
 
 そしてその夜。
 クラリスのノートが、またページを埋めた。

【対象】ユリウス=エルディーン殿下
【行為】政略ではなく、私という人間を見てくれた
【結果】心が少しずつ、あたたかくなる
【現状】ざまぁとは違う、特別なリストに記録中
【一言】あなたの愛は、記録ではなく記憶として残したくなりますわね

 そのページだけは、チェックマークではなく、小さな花の絵が添えられていた。
 
 クラリスは知っている。
 これが恋の始まりか、愛の入口かは、まだわからない。
 けれど少なくとも──「誰かに本当に愛される」という感覚を、今の自分は確かに感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

『婚約破棄されたので北の港を発展させたら

ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。 「真実の愛を見つけた」 そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。 王都から追い出され、すべてを失った―― はずだった。 アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。 しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。 一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが―― やがてすべてが崩れ始める。 王太子は国外追放。 義妹は社交界から追放され修道院送り。 そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。 「私はもう誰のものでもありません」 これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、 王国の未来を変えていく物語。 そして―― 彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。 婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

婚約破棄の慰謝料として『王国の半分』を要求したら、本当にくれたので、今日から私があなたの女王様です

唯崎りいち
恋愛
婚約破棄の慰謝料に 「王国の半分」を要求したら、 ゴミみたいな土地を押し付けられた。 ならば――関所を作りまくって 王子を経済的に詰ませることにした。 支配目当ての女王による、 愛なき(?)完全勝利の記録。

婚約破棄ですって?私がどうして婚約者になったのか知らないのかしら?

花見 有
恋愛
「ダーシャ!お前との婚約を破棄する!!」 伯爵令嬢のダーシャ・パレデスは、婚約者であるアーモス・ディデス侯爵令息から、突然に婚約破棄を言い渡された。 婚約破棄ですって?アーモス様は私がどうして婚約者になったのか知らないのかしら?

公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に

ゆっこ
恋愛
 王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。  私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。 「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」  唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。  婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。 「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」  ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。

婚約破棄された私と侯爵子息様〜刺繍も私も、貴方が離さない〜

ナナミ
恋愛
「ディアナ!お前との婚約を破棄する!」  ディアナ・コヴァー伯爵令嬢は、婚約者である伯爵子息に断罪され、婚約破棄されてしまった。  ある子爵令嬢に嫌がらせをしていたと言うことである。彼女には身に覚えのない冤罪であった。    自分は、やっていない、と言っても、婚約者は信じない。  途方に暮れるディアナ。そんな時、美形の侯爵子息であるフレット・ファンエスがやって来て……。  伯爵令嬢×美形侯爵子息の恋愛ファンタジー。

処理中です...