Norl 騎士魔王漫遊記

古森日生

文字の大きさ
9 / 9

エピローグ

しおりを挟む

それからしばらく。
ヴァンパレス玉座の間にはパレスの重臣たち、そしてグリムリーパーが勢揃いしていた。
『おかえりなさいませ! おかえりなさいませ騎士魔王様!』
歓声の中ノールはその堂々たる体躯で玉座へゆっくりと歩いていく。
やがてノールが玉座に着くと、より一層の歓声が上がった。ノールはその歓声を、手を上げて抑えた。
「我が精鋭どもよ、よく参った」
重臣たち、グリムリーパーが一斉に平伏する。
「貴様らを呼んだのはほかでもない。此度の騒ぎはわしの不明で魔界を揺るがす仕儀となった。
北方守護としては有り得べからざる失態である。そこで、これよりは幕下の都市すべてにわし直属の魔将を配する」
魔王の言葉に深として誰も動かぬ。
「ラフアス!」
ノールは声を張り上げた。
「はっ!」
応えて一歩出るラフアス。その姿は魔界一の美丈夫にふさわしい堂々たるものだった。もはや腐怪ゴフダークの陰もない。
「貴様にグリムリーパーの称号を授ける! エバンデル周囲を差配せよ! これよりエルターグ大公を名乗るがよい‼」
「ははーっ!」
エルターグ公改め、エルターグ大公ラフアスはその場で平伏した。
「アーサー!」
「はっ」
「貴様にはクレイグルの差配を任す! わしの名代として力を尽くせ‼ 光の炎の威容、存分に示すがよい!」
「ははっ! ありがたき幸せでござります!」
クレイグルは病床のハークを戦場に駆り立て、死に追いやった街である。今もアーサーの中には暗い気持ちがある。
だが、騎士魔王の名代となればクレイグルの善男善女もアーサーを無下には扱えぬ。むしろ、堂々と罰を与える事すらできる。
しかし、『光の炎の威容を示せ』と騎士魔王はそう命じた。それはハークを尊重したひと言であり、ハークはクレイグルの民を怨んではいなかった。アーサーは、もはや私怨に囚われる気はなかった。騎士魔王の命令に心から感謝した。
「空焔!」
「は・・・」
「貴様はこれより妖精城に赴きアルフヘイムの覇者たれ! 現王セィラと妖精どもは人間界のアクアマリンレイクに移す。レイクエルフどもに魔界は合わぬ! 貴様が人間界と魔界の出入を管理せよ!」
「は・・・!」
アクアマリンレイクはもともと魔界と人間界をつなぐ魔境でもある。妖精はもとはと云えば魔族ではなく、精霊に類するもの。
大昔、いたずらが過ぎて精霊界を追われた精霊が魔界のアクアマリンレイクの傍に集落を作り住み着いたものだ。
レイクエルフは魔界にあっては力が弱い。ヴンターガストはその弱さと周りの強大さに怯え、道を誤った。
騎士魔王は、妖精のために人間界のアクアマリンレイク付近を手に入れよ、そう命じたのだ。空焔ならばそれができると認めればこそだ。
だが、重臣の手前妖精のためだけになる命は出せず、空焔に妖精城を与える命となった。
(確かに、妖精は魔界にあるより人間界にある方が安心であろうな)
空焔は得心し騎士魔王の命令を押戴いた。
「ブーケファルス!」
「はっ」
「貴様にはユフラテを任せる! 第一のグリムリーパーとしてユフラテを宣撫せよ!」
ユフラテは現状、正式には騎士魔王配下の都市ではない。今は不在の南方守護の領域であったが、南方守護は亡くサーヒもアクアードもユフラテを配下に引き込まなかった。
そのため、自由都市の様相を呈していたが先日崩壊した。騎士魔王はユフラテを占領し復興するといったのだ。
ブーケファルスにとってユフラテは居場所のなかったわが身を落ち着かせてくれた大切な場所であった。
だが―
「おそれながら・・・」
騎士魔王の言葉を了承せず言葉を上げたブーケファルスに玉座の間はかすかにざわめいた。
「何か!」
「ユフラテに、フォルネア様をお祀り申し上げたいと・・・」
そう、ブーケファルスにとっては、己の代わりにフォルネアの命を奪ってしまった、後悔と慚愧の場所でもあった。
「許す。フォルネアとともにわしに尽くせ」
その言葉に、ブーケファルスは平伏した。
「はい! ありがとうございます!」
その後も命令は滞りなく伝達され、重臣たちは平伏していった。
「ここに、新生魔王軍を設立する! 刃向かうものは皆制圧せよ‼」
『ははあーーーーーっ‼』
騎士魔王の命令に天衝くばかりの歓声を上げ、みな平伏した!

遥か天空の魔王神殿。魔王神サーヒは己の領域で酒杯を傾けていた。目の前には赤い兜の欠片。
「ソール・・・ 逝ったズラね・・・。 ヴァンソール、我が代え難き友よ。 あなたには、ノールの力になってやって欲しいズラ・・・」
云いつつ、酒杯から兜の欠片に酒を注ぐ。
魔王神サーヒは、ソールが次代の魔王になると目されていた頃、同じく次代の魔王神として親交があった。
だが、友は弟に魔王の位をさらわれ姿を消した。それ以来一度も再会することはなかった。
サーヒは信じていた。ヴァンソールは武人であり、ノールが力で勝るならばヴァンとなることに異存はないと。そこに骨肉の憎しみはないと。
「・・・なんて、この魔王神のガラにもないことを口に出したズラ」
サーヒは自嘲するようにズラッと笑った。
「第一、騎士魔王にも失礼ズラね。さて、信仰でも集めて来るズラか・・・」
云って魔王神サーヒは立ち上がり、大きな翼を広げた。

天水峡。水神宮のバルコニー。
「云った通りだったろう、ムスペル」
「はい・・・」
水神アクアード、火神ムスペラードは相変わらず仲良く景色を見ていた。
バルコニー際に立つムスペラードのすぐ後ろに、アクアードは抱きしめるように立っていた。
「これで、騎士魔王の力はより完全なものとなった。この姿では、もう勝てまいな」
本来、水神アクアードの真の姿は聖水と聖雷をつかさどる巨大な竜なのだ。普段はその姿を封印し美しい男の姿をしているが、その姿でも騎士魔王ヴァンノールを相手取って敗れる気はなかった。力は騎士魔王の方がはるか上だがやりようによっては勝てる、そう思っていた。
だが、その考えを改めた。傲慢で皮肉屋だが決して相手を侮らない水神ならではの賛辞だった。
「・・・んッ!」
アクアードの前で、妹がくすぐったそうに身を捩った。
「どうした? ムスぺル」
「いいえ。 ・・・何でも、ありません」
云うムスペラードの頬はほのかに朱い。
「いい子だ」
云ってアクアードは妹の肩に顔を乗せ、首筋に口づけた。
「ふァッ・・・」
驚いて、変な声が出た。
ムスペラードは慌てて口元を覆った。
「近いうちに主上から我等にお召しがあるだろう。 ノールの姿を見るのが楽しみだ」
アクアードは、にっと笑って妹の頭をぽんぽんとたたいた。
ムスペラードは顔を赤くしたまま景色を見つめていた。
(・・・まじめなお話をするのか、その、・・・するのか、はっきりしてください! 兄さま・・・・)
騎士魔王も一目置く魔王、火神ムスペラードも兄の前ではまだかわいい妹でしかないようだった。

隠者の庵。謀者メルティクレスは盤用遊戯の駒を手で弄びながら書物に目を通していた。
「・・・ヴァンフォルネ、か。ムスペラードと同じく、われら五下僕に次ぐ新たなる魔王。聞けば神界の天使、天姫の一翼だと聞くが・・・」
謀者メルティクレスは神魔大戦に参加していない。
その頃から隠棲し、世俗とは一線を引いてきた。だが、彼の情報網は魔界一。騎士魔王が神界を滅ぼしたことも、サーヒがそのあと神界の神殿をわがものにしたことも知っていた。だが、ノールが天姫であったフォルネアを逃がしたことまでは知らなかった。
フォルネアがノールに仕え始めた時、彼女はいずれノールを討つために近づいたのだと思っていた。
ノールも面従腹背を承知で傍に置いていると思っていた。だが、フォルネアの態度には一片の怨恨もなかった。
「なぜ、ヴァンノールにあれほどまでに仕えたのか?」
つぶやいて、メルティクレスはゆっくり首を振って薄く笑った。
「この謀者の思索もまだまだ甘い・・・」

魔界一峻険な岩山グラスディ、その山頂にある石造りの三角錐。そこが死神ファーグラザの領域だった。
死神ファーグラザはグラスディの頂上に立ち、ひとり魔界の赤い月を見上げていた。
「ヴァンノール。 もはや、あのような些事で心を乱すことはあるまい。そなたは巌のようでなくてはならぬ。
私が「死」であり、何物にも心動かすことがないように、そなたは「裁」く者なのだ。
常に公平であれ。常に公正であれ。 そなたが、騎士魔王を名乗るならば!」
死神ファーグラザは創造主を除けば最強の魔王。その役割は魔王を導き、魔王たりえぬならば始末することであった。
そのための力を創造主から与えられており、唯一魔王の中で代替わりをしていない原初の魔王でもある。
悠久、彼は魔界を見続けてきた。彼が見続けてきた魔王たちの中でも今代の魔王たちはみな面白い存在であった。
心動かすことのない「死」であるはずの彼は気づいてはいなかったが・・・。

しばらく後のことになるが・・・。
五下僕は創造主カウアスオェル・メルティオに呼び出され創造主の領域に勢揃いしていた。
『揃っているね、五下僕。 おまえ達に命じることがある』
心の奥に直接声が響く。五下僕は平伏した。
『近頃、人間界の乱れが目に余る。 僕の作った海を汚し、大地を腐らせ、空まで汚染しようとしている。
そこで、おまえ達に命じる。 ノール、アクアード、サーヒ』
名を呼ばれた魔王たちは更に平伏する。
『おまえ達は人間界に降り立ち、ニンゲンどもと敵対し見極め、救い難い有様ならば、すべて滅ぼせ。
アクアードは大地を浄め、サーヒは信仰を蘇らせ、ノールが裁け。 いいね? まかせたよ』
「ははーっ!」
指名された三神の魔王は主命を拝受し、一斉に立ち上がった!


ヴァンパレス、屋上庭園の清泉。
ここは、ヴァンノールと限られたものしか立ち入れぬ、騎士魔王の私的領域だった。
ノールはいつものように泉に立ち入り、ざぶざぶと進み泉の中ほどで足を止めた。
そこには、虹色の宝玉が沈んでおり、柔らかな光を放っていた。
そう、サーヒとムスペラードから託された、あの『生命の力』だった。
あれから幾年が流れたが生命の力は徐々に満ち、一つの奇蹟を成そうとしていた。
「フォルネア」
『生命の力』が満たされたことを察知したノールは、フォルネアの名を口にした。
ノールの言葉に応えるように、『生命の力』はゆっくりと天高く浮かび上がり徐々に形を成していく。
腰までの長さで少しはねた黄金の髪、閉じられているが睫毛が長く形の良いアーモンドアイ、大きな白い翼。
健康的に伸びた四肢と白い肌、そしてはち切れんばかりに自己主張する二つのふくらみ。
それは、在りし日のフォルネアそのままの姿だった。
フォルネアはゆっくりと目を開いた。子猫を思わせる水色の瞳がノールを見た。
フォルネアの体はゆらりと傾き、重力にひかれて降りてくる。
ノールはフォルネアの体を両腕で受けとめた。
「ノール・・・さま・・・」
フォルネアは潤んだ水色の瞳でノールを見て、いたずらを思いついたように笑った。
「当たって・・・ ます」
「何がだ」
「鎧、です・・・っ!」
フォルネアはその瞳から大粒の涙を流しノールに強く抱き着いた。
「・・・よくぞ戻った」
ノールは、自身にしがみついて泣くフォルネアの背中を軽く撫でてやった。
フォルネアはノールの腕の力強さに、やっといるべき場所に帰って来られたことを噛み締めていた。

[完]


===
エピローグ用語集

創造主の命令(とぅーびーこんてにゅーど)
これによって原作が始まった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...