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第二話 航太郎と皐月(上)
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1.
「航太郎!お小遣いあげるからあんた皐月の面倒見なさい!」
――10年振りに会った姉は再会早々耳を疑うようなことを言ってきた。
ちらりと姉の背後に目を向ければ小さな女の子が姉のスカートを小さな手でつかんだまま、不安そうにこちらを見ている。
目が合うとビクリと体を震わせて姉の後ろに隠れてしまった。
土曜の昼下がり、知らない番号から着信があった。
登録していない番号でも仕事がらみの連絡だったら困るので電話を取ったら、相手は姉の美空だった。
用件は久しぶりに日本に帰ってきたからちょっと会えないか、という。
特に予定もなく暇をしていた俺は姉の指定するホテルに向かい、顔を合わせた途端姪の面倒を見るように言われた、というわけだ。
…振り返ってみてもやはり意味が分からない。
「いや、小遣いって。俺もう社会人なんだが」
隠れてしまった姉の娘(?)から視線を姉に戻しそう言うと、姉は驚いたように目を開いた。
「は? あんたボケるにはまだ早いんじゃない?」
それから姉は改めてジロジロと俺を見る。
「…あんた、今いくつだっけ?」
「28」
「28!? っはー…、人生が短すぎる…っ」
姉は俺より6個上だから34。
帰ってきたのが10年振りだから、確かに姉が家を出たときには俺は学生だった。
姉は普段海外で仕事をしている。
24の時に身一つで海を渡り、今ではそれなりの規模の会社の社長にまでなっているとか。
子どもを一人生んだとは聞いていたが、父親の話は聞いたことがない。
姉からするとこの10年は本当にあっという間だったのだろう。
俺はといえば、高校を卒業後は順当に大学を出て就職した出版社で働いている。
思い返せば短いが、あっという間という感覚はない。
だが、姉の中では10年も経った感覚は無かったのだろう。
「じゃあ無理かぁー…。どうしよ」
姉は心底がっかりしたように大げさにため息をつく。
「実家に連れて行けばいいだろう」
そういう俺に姉はジトリとした目を向けた。
「行けるわけないでしょ。勘当されてんだよ私」
言いながら姉はばさっと髪をかき上げる。痛いところを突かれた時の癖だ。
姉は昔、実家の両親と大喧嘩している。
喧嘩の原因は、姉が親の用意した見合い相手を平手打ちしてそのまま家を出たからだ。
もともと外で仕事をしたかった姉と実家の近くにいて欲しかった両親の折り合いは悪く、勝手に組んだお見合いが決定打になり姉は家を出て行った。
そして、それ以来実家とは連絡を取っていなかったという。
以前は俺には時差も気にせず愚痴の電話をかけてきたりしていたのだがここ数年はまったく無くなっていた。
「俺が連れていく」
「…本気?」
「ああ。親父もお袋も口には出さないが姉貴を心配していたよ。姉貴の部屋は今でも出て行った時のままだ」
俺の言葉に姉は息をのむ。
それを見て俺は姉のそばでしゃがんで、不安そうにチラチラこちらを伺っていた姪と視線を合わせる。
真っ赤なほっぺをした姪がまんまるな目で俺を見ていたので、そっとわきの下に手を差し込んで抱き上げてみる。
「びゃーーーーーー!!」
途端、火が付いたように泣かれた。
「…何してんのあんた?」
鬼気迫るような表情で手足をバタバタさせて暴れだしたのでそっと下ろしてやると姪は姉に飛びついた。
「いや、抱き上げただけなんだが」
「…あんたデカいんだから怯えるに決まってるでしょ」
確かに俺は他人よりデカい自覚はある。身長はほぼ2メートルだ。
どちらかというと人相も悪く子ども受けのする顔でもないとは思っていたが、まさかそこまで泣かれるとは…。
内心ショックを受けていると、泣き止んだ姪が姉にしがみついたまま涙でうるんだ瞳でこちらを見ている。
「…悪かった」
恐る恐る手を伸ばして頭を撫でてみると一瞬ビクリとしたが今度は泣かれなかった。
俺は着ていたジャケットのポケットに会社でもらったフルーツ飴が入っているのを思い出し、姪に差し出してみる。
姪はきょとんとした目で飴を見ていたが、やがて小さな手を伸ばしてくる。
「そえ… ちょうだい?」
まだ「ラ」行の発語が苦手なのか、れ、とも、えとも聞こえるたどたどしい言葉が微笑ましい。
俺が飴を渡してやると姪は嬉しそうに「あぃがと!」と笑って飴を口に放り込んだ。
泣いた鴉がもう笑った。子どもは忙しいな。
――それが、俺、荒島航太郎と皐月の出会いだった。
「へー、男の一人暮らしなんてゴミ屋敷かと思ってたのに綺麗にしてんのねぇ」
それから実家に電話をして、姉と姪を連れて帰る…と伝えようとしたのだが折悪しく両親は外出していた。
温泉旅行に出かけており帰るのは明日の夕方だという。
仕方がないので明日の約束を取り付けると、両親は驚きつつも快諾してくれた。
そのあと姉と別れて家に帰ろうとしたのだが…。
――俺は今何故か姉と姪と、俺の家でたこ焼きパーティをしていた。
…いや、振り返ってみてもやはり意味が分からない。
そもそもたこ焼き用の鉄板なんて俺の家にはないのだが…。
帰ろうとした俺に、急に姉が俺の住んでいるところを見たいと言い出した。
家に来ると決めるとなぜか一緒に買い出しに行くことになり、あれよあれよという間に何故かたこ焼きパーティが開催されていた。
…いや、本当に何なんだ?
姉は「皐月がたこ焼きが好きだから」と言っていたが姉が皐月を抱っこして俺がカートを引いて買い物をしているとスーパーで客引きから旦那さん奥さん呼ばわりされて本当に勘弁して欲しかった。
だが、うちで皐月がキラキラした目でたこ焼きが焼けるのを見ているのを眺めていると、まあいいかと思えるから不思議だ。
ジリジリとたこ焼きが焼ける音を聞きながら俺はテンポよくたこ焼きを返す。
皐月は小さく口を開けてたこ焼きを見ている。
よし…。
焼きあがったたこ焼きを皐月に取ってやると、皐月はたこ焼きをつんつんフォークででつつく。
俺が手早くソースとマヨネーズをかけて渡してやると皐月は嬉しそうにパクッとたこ焼きをを口に入れ…
「あついっ!」
と叫んで出してしまう。
ちゃんと冷まさないから…と思っていると皐月は恨みがましそうな目でこちらを見て、
「あつい!」
と、もう一度叫んで、べち、と俺を叩く。
「…なんで叩くんだ?」
「あついの!」
べちべち。
皐月はぷんぷん怒りながらまた俺を叩く。
「ちゃんと冷ましてやらないから…」
「俺のせいなのか?」
「そりゃそうでしょ。大人が気を配ってやらないと」
言っていることはわかるのだが。
「姉貴がしてくれよ…」
ドッと疲れて思わずこぼす俺に姉が言う。
「あんたのほうが近いんだからちゃんとして」
…理不尽じゃないか?
と、思ったものの皐月に火傷をさせたのは確かに俺だ。
「悪かったな。冷たいの飲め」
言いながら俺はスーパーで買ってきたグレープジュースを紙コップに入れて皐月に渡す。
皐月は怒った表情のまま受け取ったが、ジュースを一口飲むと笑顔になる。
「えへへー」
やれやれ…と思いながらも、次の機会にはもう少しちゃんと見てやろうと反省した。
翌日、姉と皐月を伴って実家に帰った俺だったが、勘当されたと思っていたのは姉のほうだけで両親は10年振りに顔を出した姉を涙を流して迎えた。
皐月に対してはメロメロで、この後皐月と姉が日本に帰ってきたときには実家で過ごさせてくれることも決まった。
その喜びようと言ったら、10年変わらなかった姉の部屋が皐月の物置になるくらいだった。
俺も週末には顔を出すようにし、数か月――
姉が日本での仕事を終えて再び海外に出国する日がやってきた。
「じゃ、行くよ皐月」
「や」
すっかり荷造りを終えて皐月を迎えに来た姉の手を皐月はぺちん、と叩いた。
「やじゃないよ。ほら、行くよ」
「こーたろもいっしょ!」
いつかとは逆に俺にしがみついて離れない皐月に姉はため息をついてジトリとした目で俺を見る。
「あんたのせいですっかり甘えん坊ベイビーちゃんだ。どうしてくれんのこれ?」
「何か困るのか」
「困るに決まってんでしょ。あんたがいなくなったらどうすんのこれ?」
「姉貴が同じように可愛がればいいだけだろう」
俺の言葉に姉は目を見開く。
そんなに簡単な話ではないことは分かっている。多忙な姉には難しいだろうことも。
だが、皐月のことを思えばせめてこれくらいは言っておいてやりたかった。
「…そうかもね」
意外にも姉は何も言い返さず、小さな皐月の手を引いて抱き上げる。
今度は皐月も嫌がらなかった。
姉が皐月の頬に頬ずりすると皐月も嬉しそうにほっぺを擦り付けた。
「ありがとね、航太郎。帰ってきてよかったわ」
姉と握手すると、俺は皐月と視線を合わせて笑った。
「皐月、次に会ったら何かいいもんやるよ」
俺が皐月の頭をなでてやると、皐月は嬉しそうに笑った。
「じゃ、またな」
「うん!」
そうして、姉と皐月はまた海外に旅立っていった。
俺はこの後皐月と再会するには6年の月日が必要になるとは思ってもみなかった。
俺の中の皐月は5歳の、ちっちゃなふくふくの皐月のままだったのだ。
――そして、月日は流れる。
「お久しぶりですね。おじさま」
「お前…、皐月か?」
あれから6年、俺の目の前には長いストレートの黒髪の清楚な少女が立っていた。
桜の花を思わせる儚げな雰囲気の少女は微笑んで口を開く。
「あら、ボケるのには早いのではなくて?」
…前言撤回。やっぱり姉の娘だ。
「姉貴そっくりに育ちやがって。 お帰り、皐月」
笑いながら、自分の口から驚くほどやさしい声が出たのに驚く。
「た…、ただいま戻りました」
「じゃあ、家に入ろうか」
そう言って手を出してやると皐月は何かつぶやいて俺の手を握った。
===
この後は(下)までは仕上がっていますが、そのあとは1文字もかけていません(笑)。
次の話は主役カップルの「航太郎と淑乃」だというのになかなか書く時間が取れません…。
時間稼ぎにもう一本上げていないファンタジーがあるのですが私の別の作品の外伝のノベライズ(もとはRPGツクールでした…)という性格上鬼姫や妖魔の宴より癖が強いんですよね。上げるかどうかは検討します。
「航太郎!お小遣いあげるからあんた皐月の面倒見なさい!」
――10年振りに会った姉は再会早々耳を疑うようなことを言ってきた。
ちらりと姉の背後に目を向ければ小さな女の子が姉のスカートを小さな手でつかんだまま、不安そうにこちらを見ている。
目が合うとビクリと体を震わせて姉の後ろに隠れてしまった。
土曜の昼下がり、知らない番号から着信があった。
登録していない番号でも仕事がらみの連絡だったら困るので電話を取ったら、相手は姉の美空だった。
用件は久しぶりに日本に帰ってきたからちょっと会えないか、という。
特に予定もなく暇をしていた俺は姉の指定するホテルに向かい、顔を合わせた途端姪の面倒を見るように言われた、というわけだ。
…振り返ってみてもやはり意味が分からない。
「いや、小遣いって。俺もう社会人なんだが」
隠れてしまった姉の娘(?)から視線を姉に戻しそう言うと、姉は驚いたように目を開いた。
「は? あんたボケるにはまだ早いんじゃない?」
それから姉は改めてジロジロと俺を見る。
「…あんた、今いくつだっけ?」
「28」
「28!? っはー…、人生が短すぎる…っ」
姉は俺より6個上だから34。
帰ってきたのが10年振りだから、確かに姉が家を出たときには俺は学生だった。
姉は普段海外で仕事をしている。
24の時に身一つで海を渡り、今ではそれなりの規模の会社の社長にまでなっているとか。
子どもを一人生んだとは聞いていたが、父親の話は聞いたことがない。
姉からするとこの10年は本当にあっという間だったのだろう。
俺はといえば、高校を卒業後は順当に大学を出て就職した出版社で働いている。
思い返せば短いが、あっという間という感覚はない。
だが、姉の中では10年も経った感覚は無かったのだろう。
「じゃあ無理かぁー…。どうしよ」
姉は心底がっかりしたように大げさにため息をつく。
「実家に連れて行けばいいだろう」
そういう俺に姉はジトリとした目を向けた。
「行けるわけないでしょ。勘当されてんだよ私」
言いながら姉はばさっと髪をかき上げる。痛いところを突かれた時の癖だ。
姉は昔、実家の両親と大喧嘩している。
喧嘩の原因は、姉が親の用意した見合い相手を平手打ちしてそのまま家を出たからだ。
もともと外で仕事をしたかった姉と実家の近くにいて欲しかった両親の折り合いは悪く、勝手に組んだお見合いが決定打になり姉は家を出て行った。
そして、それ以来実家とは連絡を取っていなかったという。
以前は俺には時差も気にせず愚痴の電話をかけてきたりしていたのだがここ数年はまったく無くなっていた。
「俺が連れていく」
「…本気?」
「ああ。親父もお袋も口には出さないが姉貴を心配していたよ。姉貴の部屋は今でも出て行った時のままだ」
俺の言葉に姉は息をのむ。
それを見て俺は姉のそばでしゃがんで、不安そうにチラチラこちらを伺っていた姪と視線を合わせる。
真っ赤なほっぺをした姪がまんまるな目で俺を見ていたので、そっとわきの下に手を差し込んで抱き上げてみる。
「びゃーーーーーー!!」
途端、火が付いたように泣かれた。
「…何してんのあんた?」
鬼気迫るような表情で手足をバタバタさせて暴れだしたのでそっと下ろしてやると姪は姉に飛びついた。
「いや、抱き上げただけなんだが」
「…あんたデカいんだから怯えるに決まってるでしょ」
確かに俺は他人よりデカい自覚はある。身長はほぼ2メートルだ。
どちらかというと人相も悪く子ども受けのする顔でもないとは思っていたが、まさかそこまで泣かれるとは…。
内心ショックを受けていると、泣き止んだ姪が姉にしがみついたまま涙でうるんだ瞳でこちらを見ている。
「…悪かった」
恐る恐る手を伸ばして頭を撫でてみると一瞬ビクリとしたが今度は泣かれなかった。
俺は着ていたジャケットのポケットに会社でもらったフルーツ飴が入っているのを思い出し、姪に差し出してみる。
姪はきょとんとした目で飴を見ていたが、やがて小さな手を伸ばしてくる。
「そえ… ちょうだい?」
まだ「ラ」行の発語が苦手なのか、れ、とも、えとも聞こえるたどたどしい言葉が微笑ましい。
俺が飴を渡してやると姪は嬉しそうに「あぃがと!」と笑って飴を口に放り込んだ。
泣いた鴉がもう笑った。子どもは忙しいな。
――それが、俺、荒島航太郎と皐月の出会いだった。
「へー、男の一人暮らしなんてゴミ屋敷かと思ってたのに綺麗にしてんのねぇ」
それから実家に電話をして、姉と姪を連れて帰る…と伝えようとしたのだが折悪しく両親は外出していた。
温泉旅行に出かけており帰るのは明日の夕方だという。
仕方がないので明日の約束を取り付けると、両親は驚きつつも快諾してくれた。
そのあと姉と別れて家に帰ろうとしたのだが…。
――俺は今何故か姉と姪と、俺の家でたこ焼きパーティをしていた。
…いや、振り返ってみてもやはり意味が分からない。
そもそもたこ焼き用の鉄板なんて俺の家にはないのだが…。
帰ろうとした俺に、急に姉が俺の住んでいるところを見たいと言い出した。
家に来ると決めるとなぜか一緒に買い出しに行くことになり、あれよあれよという間に何故かたこ焼きパーティが開催されていた。
…いや、本当に何なんだ?
姉は「皐月がたこ焼きが好きだから」と言っていたが姉が皐月を抱っこして俺がカートを引いて買い物をしているとスーパーで客引きから旦那さん奥さん呼ばわりされて本当に勘弁して欲しかった。
だが、うちで皐月がキラキラした目でたこ焼きが焼けるのを見ているのを眺めていると、まあいいかと思えるから不思議だ。
ジリジリとたこ焼きが焼ける音を聞きながら俺はテンポよくたこ焼きを返す。
皐月は小さく口を開けてたこ焼きを見ている。
よし…。
焼きあがったたこ焼きを皐月に取ってやると、皐月はたこ焼きをつんつんフォークででつつく。
俺が手早くソースとマヨネーズをかけて渡してやると皐月は嬉しそうにパクッとたこ焼きをを口に入れ…
「あついっ!」
と叫んで出してしまう。
ちゃんと冷まさないから…と思っていると皐月は恨みがましそうな目でこちらを見て、
「あつい!」
と、もう一度叫んで、べち、と俺を叩く。
「…なんで叩くんだ?」
「あついの!」
べちべち。
皐月はぷんぷん怒りながらまた俺を叩く。
「ちゃんと冷ましてやらないから…」
「俺のせいなのか?」
「そりゃそうでしょ。大人が気を配ってやらないと」
言っていることはわかるのだが。
「姉貴がしてくれよ…」
ドッと疲れて思わずこぼす俺に姉が言う。
「あんたのほうが近いんだからちゃんとして」
…理不尽じゃないか?
と、思ったものの皐月に火傷をさせたのは確かに俺だ。
「悪かったな。冷たいの飲め」
言いながら俺はスーパーで買ってきたグレープジュースを紙コップに入れて皐月に渡す。
皐月は怒った表情のまま受け取ったが、ジュースを一口飲むと笑顔になる。
「えへへー」
やれやれ…と思いながらも、次の機会にはもう少しちゃんと見てやろうと反省した。
翌日、姉と皐月を伴って実家に帰った俺だったが、勘当されたと思っていたのは姉のほうだけで両親は10年振りに顔を出した姉を涙を流して迎えた。
皐月に対してはメロメロで、この後皐月と姉が日本に帰ってきたときには実家で過ごさせてくれることも決まった。
その喜びようと言ったら、10年変わらなかった姉の部屋が皐月の物置になるくらいだった。
俺も週末には顔を出すようにし、数か月――
姉が日本での仕事を終えて再び海外に出国する日がやってきた。
「じゃ、行くよ皐月」
「や」
すっかり荷造りを終えて皐月を迎えに来た姉の手を皐月はぺちん、と叩いた。
「やじゃないよ。ほら、行くよ」
「こーたろもいっしょ!」
いつかとは逆に俺にしがみついて離れない皐月に姉はため息をついてジトリとした目で俺を見る。
「あんたのせいですっかり甘えん坊ベイビーちゃんだ。どうしてくれんのこれ?」
「何か困るのか」
「困るに決まってんでしょ。あんたがいなくなったらどうすんのこれ?」
「姉貴が同じように可愛がればいいだけだろう」
俺の言葉に姉は目を見開く。
そんなに簡単な話ではないことは分かっている。多忙な姉には難しいだろうことも。
だが、皐月のことを思えばせめてこれくらいは言っておいてやりたかった。
「…そうかもね」
意外にも姉は何も言い返さず、小さな皐月の手を引いて抱き上げる。
今度は皐月も嫌がらなかった。
姉が皐月の頬に頬ずりすると皐月も嬉しそうにほっぺを擦り付けた。
「ありがとね、航太郎。帰ってきてよかったわ」
姉と握手すると、俺は皐月と視線を合わせて笑った。
「皐月、次に会ったら何かいいもんやるよ」
俺が皐月の頭をなでてやると、皐月は嬉しそうに笑った。
「じゃ、またな」
「うん!」
そうして、姉と皐月はまた海外に旅立っていった。
俺はこの後皐月と再会するには6年の月日が必要になるとは思ってもみなかった。
俺の中の皐月は5歳の、ちっちゃなふくふくの皐月のままだったのだ。
――そして、月日は流れる。
「お久しぶりですね。おじさま」
「お前…、皐月か?」
あれから6年、俺の目の前には長いストレートの黒髪の清楚な少女が立っていた。
桜の花を思わせる儚げな雰囲気の少女は微笑んで口を開く。
「あら、ボケるのには早いのではなくて?」
…前言撤回。やっぱり姉の娘だ。
「姉貴そっくりに育ちやがって。 お帰り、皐月」
笑いながら、自分の口から驚くほどやさしい声が出たのに驚く。
「た…、ただいま戻りました」
「じゃあ、家に入ろうか」
そう言って手を出してやると皐月は何かつぶやいて俺の手を握った。
===
この後は(下)までは仕上がっていますが、そのあとは1文字もかけていません(笑)。
次の話は主役カップルの「航太郎と淑乃」だというのになかなか書く時間が取れません…。
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