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ふたりの癒し時間
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「おつかれー」
「あ。ゆーこちゃんお疲れさま~」
「おー」
北村江梨香と中南夕子はウマが合う。
性格的にはおっとりした江梨香と姉御肌の夕子では正反対と言える。
ふたりがこの学校に赴任したのは3年前の春。
普段、養護教諭の夕子と司書の江梨香に接点はない。
だが「いつの間にか」話すようになり「いつの間にか」一緒に飲みに行くようになり「いつの間にか」仲良くなった。
最初に声をかけたのがどちらからだったのか今となっては分からない。
だが、とにかくこのふたりはウマが合ったのだ。
面倒見のいい夕子は養護教諭だけでなく文芸部と美術部の顧問を兼任している(押し付けられただけだが)。
その分忙しくていつもくたびれている。
普段は校舎屋上の喫煙所で一服して疲れを癒しているのだがそれだけでは足りない時にはここに来る。
ここは江梨香の職場である司書室だ。
17時までいた渚とこのみはすでに帰り、いるのは江梨香だけ。
江梨香の席の隣に腰を下ろした夕子の前にコトリとマグカップが置かれる。
「はい」
「せんきゅ」
夕子はマグカップを手に取って一口。
ミルクで煮出した紅茶の優しい香りが鼻先をくすぐる。
「はぁ~…」
ミルクティーの甘みを全身で噛みしめるようにため息を漏らした夕子を江梨香はニコニコ眺めている。
「お前の紅茶本当にウマいよなぁ…」
「ゆーこちゃんの好きな味にしてるからね~」
「えぇ?」
「そろそろ来る頃だと思ってたもの~」
思わずまじまじと江梨香の顔を眺めた夕子だったが、やがて苦笑いして小さく息を吐いた。
「ほんっと、エリにはかなわねぇな…」
江梨香はふんわり微笑むと、マグカップを置いてお手上げのポーズをとる夕子の頭を胸もとに抱え込むように抱きしめた。
夕子の顔がふかふかの江梨香のやわらかさに包まれる。
「よしよし」
「おまっ…」
抗議の声を上げかけた夕子だったが、すぐに口を噤みそのまま身を任せる。
江梨香の汗の香りとほのかな柔軟剤の香りが夕子を包む。
とくん…、とくん…、とゆっくりした江梨香の心音が聴こえる。
クーラーの効いた部屋の中で包み込んでくれる江梨香の体温が心地よい。
(ま、いいか…)
夕子が力を抜いて身を任せると、江梨香はゆっくりと頭を撫でてくれた。
「それで、何かあったの~?」
紅茶に合うお菓子を棚から出しながら江梨香は夕子に尋ねた。
「うーん…」
差し出された白あんのお饅頭の包み紙を剥きながら夕子は少し考える。
お饅頭をちぎって欠片を口の中に放り込み飲み下すと小さくため息をついて紅茶を一口。
そして、
「彼氏からさ、会いたいって連絡があって」
おずおずと話を切り出した。
「彼氏さんって、しばらく会ってないって言ってたひと~?」
「…うん」
江梨香は自分用のお茶を淹れてきて夕子の正面に座る。
「ほら、4月からアタシ美術部の顧問もやってるだろ? だからずっと都合あわなくってさ…」
「ゆーこちゃん春先ヘロヘロだったもんね~」
江梨香は両手で持っていたマグカップからコクリとお茶を一口飲んで視線で先を促す。
「そうなんだよ。あいつら手間ばっかりかけさせて小学生か!てくらい元気で…、まあそれはいい。
で、特に疲れてる日に限って会いたいとか言ってきやがってさ。何回か断ってたら連絡も来なくなってさ…」
夕子は残りのお饅頭を口に入れて頬張る。
「で、やっと少し落ち着いたしこっちから連絡入れてみたら会いたいってさ…」
「よかったじゃない?」
小首をかしげて笑顔を向ける江梨香に夕子は自分のスマホを渡す。
「これ見ろよ」
差し出されたスマホにはチャットツールの画面が表示されていた。
「えーと…、『大事な話がある』?」
読み上げられた言葉に夕子は苦り切った顔をする。
「そう。どう見たって別れ話だろ」
「あー…」
「確かに自分の都合だけ優先して放っといたのは悪かったと思うよ。でもさ、こうはっきり言われると…」
つらい、口の中でつぶやいた。
しょげたようにまつげを伏せる夕子の背中を、江梨香は手を伸ばし撫でた。
「それも含めてお話しするしかないんじゃない~? 好きなんでしょう?」
言われて、夕子は何か驚いたように顔をあげた。
「…好き」
「じゃないの~?」
小首をかしげる江梨香。
「…いや、ずっと好きだって思ってたんだけど…、今エリに言われて本当にそうか?って思った」
夕子は言いながらミルクティーを一口。
「あーあ、もう終わりだったんだなぁ…」
どこかさっぱりしたようにつぶやく夕子を江梨香はまたよしよしと撫でた。
くすぐったそうに身をよじったもののさせるままにしておきながら夕子は江梨香を見つめる。
「…それ癖だよなエリ」
「ゆーこちゃんにしかしないよ~?」
「なんだそれ」
夕子は笑って、残っていたミルクティーをグイっと飲み切るとそのまま立ち上がった。
「行ってくるわ」
「行ってらっしゃい~」
司書室を出て行く夕子を、ひらひら手を振って見送りながら江梨香は微笑んだ。
「ダメだなぁ。ゆーこちゃんには悪いんだけど、喜んじゃうなぁ…」
==========
■このお話では登場人物紹介は最終回のあとで。
「あ。ゆーこちゃんお疲れさま~」
「おー」
北村江梨香と中南夕子はウマが合う。
性格的にはおっとりした江梨香と姉御肌の夕子では正反対と言える。
ふたりがこの学校に赴任したのは3年前の春。
普段、養護教諭の夕子と司書の江梨香に接点はない。
だが「いつの間にか」話すようになり「いつの間にか」一緒に飲みに行くようになり「いつの間にか」仲良くなった。
最初に声をかけたのがどちらからだったのか今となっては分からない。
だが、とにかくこのふたりはウマが合ったのだ。
面倒見のいい夕子は養護教諭だけでなく文芸部と美術部の顧問を兼任している(押し付けられただけだが)。
その分忙しくていつもくたびれている。
普段は校舎屋上の喫煙所で一服して疲れを癒しているのだがそれだけでは足りない時にはここに来る。
ここは江梨香の職場である司書室だ。
17時までいた渚とこのみはすでに帰り、いるのは江梨香だけ。
江梨香の席の隣に腰を下ろした夕子の前にコトリとマグカップが置かれる。
「はい」
「せんきゅ」
夕子はマグカップを手に取って一口。
ミルクで煮出した紅茶の優しい香りが鼻先をくすぐる。
「はぁ~…」
ミルクティーの甘みを全身で噛みしめるようにため息を漏らした夕子を江梨香はニコニコ眺めている。
「お前の紅茶本当にウマいよなぁ…」
「ゆーこちゃんの好きな味にしてるからね~」
「えぇ?」
「そろそろ来る頃だと思ってたもの~」
思わずまじまじと江梨香の顔を眺めた夕子だったが、やがて苦笑いして小さく息を吐いた。
「ほんっと、エリにはかなわねぇな…」
江梨香はふんわり微笑むと、マグカップを置いてお手上げのポーズをとる夕子の頭を胸もとに抱え込むように抱きしめた。
夕子の顔がふかふかの江梨香のやわらかさに包まれる。
「よしよし」
「おまっ…」
抗議の声を上げかけた夕子だったが、すぐに口を噤みそのまま身を任せる。
江梨香の汗の香りとほのかな柔軟剤の香りが夕子を包む。
とくん…、とくん…、とゆっくりした江梨香の心音が聴こえる。
クーラーの効いた部屋の中で包み込んでくれる江梨香の体温が心地よい。
(ま、いいか…)
夕子が力を抜いて身を任せると、江梨香はゆっくりと頭を撫でてくれた。
「それで、何かあったの~?」
紅茶に合うお菓子を棚から出しながら江梨香は夕子に尋ねた。
「うーん…」
差し出された白あんのお饅頭の包み紙を剥きながら夕子は少し考える。
お饅頭をちぎって欠片を口の中に放り込み飲み下すと小さくため息をついて紅茶を一口。
そして、
「彼氏からさ、会いたいって連絡があって」
おずおずと話を切り出した。
「彼氏さんって、しばらく会ってないって言ってたひと~?」
「…うん」
江梨香は自分用のお茶を淹れてきて夕子の正面に座る。
「ほら、4月からアタシ美術部の顧問もやってるだろ? だからずっと都合あわなくってさ…」
「ゆーこちゃん春先ヘロヘロだったもんね~」
江梨香は両手で持っていたマグカップからコクリとお茶を一口飲んで視線で先を促す。
「そうなんだよ。あいつら手間ばっかりかけさせて小学生か!てくらい元気で…、まあそれはいい。
で、特に疲れてる日に限って会いたいとか言ってきやがってさ。何回か断ってたら連絡も来なくなってさ…」
夕子は残りのお饅頭を口に入れて頬張る。
「で、やっと少し落ち着いたしこっちから連絡入れてみたら会いたいってさ…」
「よかったじゃない?」
小首をかしげて笑顔を向ける江梨香に夕子は自分のスマホを渡す。
「これ見ろよ」
差し出されたスマホにはチャットツールの画面が表示されていた。
「えーと…、『大事な話がある』?」
読み上げられた言葉に夕子は苦り切った顔をする。
「そう。どう見たって別れ話だろ」
「あー…」
「確かに自分の都合だけ優先して放っといたのは悪かったと思うよ。でもさ、こうはっきり言われると…」
つらい、口の中でつぶやいた。
しょげたようにまつげを伏せる夕子の背中を、江梨香は手を伸ばし撫でた。
「それも含めてお話しするしかないんじゃない~? 好きなんでしょう?」
言われて、夕子は何か驚いたように顔をあげた。
「…好き」
「じゃないの~?」
小首をかしげる江梨香。
「…いや、ずっと好きだって思ってたんだけど…、今エリに言われて本当にそうか?って思った」
夕子は言いながらミルクティーを一口。
「あーあ、もう終わりだったんだなぁ…」
どこかさっぱりしたようにつぶやく夕子を江梨香はまたよしよしと撫でた。
くすぐったそうに身をよじったもののさせるままにしておきながら夕子は江梨香を見つめる。
「…それ癖だよなエリ」
「ゆーこちゃんにしかしないよ~?」
「なんだそれ」
夕子は笑って、残っていたミルクティーをグイっと飲み切るとそのまま立ち上がった。
「行ってくるわ」
「行ってらっしゃい~」
司書室を出て行く夕子を、ひらひら手を振って見送りながら江梨香は微笑んだ。
「ダメだなぁ。ゆーこちゃんには悪いんだけど、喜んじゃうなぁ…」
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■このお話では登場人物紹介は最終回のあとで。
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