恋の話 オムニバス短編集

古森日生

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初恋

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この季節になると想い出す。

僕は学生の頃、好きな女の子がいた。
今みたいにスマホがあるわけじゃない。連絡を取るだけでも大変な時代。

僕はいつもあの子を見ていた。
たまに目が合って、気まずくてすぐに目をそらしてしまっても、あの子の楽しそうな顔を見ているだけで幸せだった。

僕はあの日、あの子の下駄箱にそっと手紙を入れた。

その日、ぼくはずっとワクワクしていた。
もっと、仲良くなれるかもしれない。

放課後、待ち合わせの体育館裏に行った。
ワクワクしながら待った。

日が暮れてもあの子は来なかった。

ひょっとしたら、手紙を受け取っていないのかも知れない。
そうでなければ、優しいあの子が僕を無視するはずはない。

そう、思った。

次の日、ホームルームであの子の引っ越しが発表された。
あの子はずっとうつむいていた。

それから、あの子がこの街を出て行くまで話すことはなかった。
本当はどうして無視したのか聞きたかった。
でも、最後にあの子の嫌な思い出になりたくなかった。

僕は、臆病だった。

◇◇◇

この季節になると想い出す。

私には学生の頃、好きな男の子がいた。
私も彼も引っ込み思案で、ほとんど話したことも無い。
でも、どうしても彼の声に耳をすませてしまう。彼の姿を目で追ってしまう。

たまに目があった。どきどきした。
いつもすぐに照れて視線を外してしまったけど。

あの日、私の下駄箱に手紙が入っていた。
差出人は、彼。

心臓が止まるかと思った。
すぐにトイレで手紙を読んだ。

『放課後、体育館裏に来て欲しい。』

手紙はとても簡潔だった。
それが、とても彼らしい気がして胸が暖かくなった。

でも、行けなかった。
行ったら、きっと私と同じだって想いを伝えてくれるから。
そうしたら、断らないといけないから。

嬉しいのに悲しくて、私は泣いた。

翌日、私の引っ越しがホームルームで発表された。
彼がどんな顔をしているか見られなくて、ずっとうつむいていた。

私は、臆病だった。

◇◇◇

この季節になると想い出す。

――好きな子に告白しようとしたこと。
――好きな子から手紙をもらったこと。

――この気持ちは。
――この手紙は。

ずっと。
きっとずっと色褪せない。

――ぼくの。
――私の。

『たからもの』だから。
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