15 / 48
第15話-人を見かけで判断してはいけない
しおりを挟む「んん――っ!!」
両手両足を縛られ猿轡をされた状態で目が覚めた私。
その状況に気づいた瞬間からバクバクと心臓が跳ね、死の恐怖に身体がすくみ上がり冷や汗が吹き出してきた。
(――そんなどうして……リンはっ!? 無事なのっ!?)
立ち上がることもできないので、ゴロンと転がると反対ではリンが私と同じように縛られた状態で転がされていた。
(――!! よかった……ぁ)
私のせいでリンに何ががあったら申し訳ない気持ちで潰れてしまう所だった。
見るとリンはまだ眠っているらしく、すーすーと寝息を立てていた。
「なんだ、もう魔法が切れたのか? やっぱ魔法使いには効果が薄いな」
「ムゥッ……!?」
突如私の耳元で声がした。
私は視線だけ上に向けると、そこには黒いローブをかぶった男が冷たい目で私を見下ろしていた。
「むむ――っ! むー!」
「んだよ、待ってろ外してやるから」
男が乱暴に私の猿轡に手を伸ばし、結び目を解く。
「あの……これは一体どういうことですか?」
猿轡を外された私は、なるべく冷静にボロが出ないように「私はクリスじゃない」と自分に言い聞かせて男へ問いかけた。
「何ってお前、お尋ね者を捕まえて連れて行くんだよ」
「ひっ、人違いです」
「あぁ? 変装しようと、魔力の波長までは変えれねーぞ?」
「私はカリスです。身分証も私の持ち物に――」
「うっせえ、身分証なんてどうせ偽物だろ。お前を連れて行くのが俺たちの仕事なんだよ。そっちの兎のセリアンスロープもついでに買い取ってもらえれば、少しは懐が潤うってもんよ」
「――っ!?」
「もうすぐうちらの仲間も来るから、それまでの間は大人しくしてろ。魔力封印もかけてあるから逃げようなんて思うなよ」
男はそう言って扉の前へどかっと腰掛けた。
「…………その腕、自分でやったのか?」
「……はい」
「…………ちっ」
どうして今、舌打ちされたのだろう?
「もがっ――む――!」
その時、目の前で眠っていたリンが目を覚ます。
状況が飲み込めず暴れようとしていたが、私と目が合って落ち着いたようだった。
◇◇◇
(リンだけでも逃してもらわなきゃ……私は痛めつけられても良いから……リンは)
両手両足を縛られた状態で唸っているそんなリンをみて、私は決断する。
「……せめてこの子は解放してあげてもらえませんか?」
私はなるべく落ち着いた口調で男へ話しかける。
すると男は頭を掻きながら無言で立ち上がり、私の方へツカツカと歩いてくる。
――ドスッ
男は無言で足を上げた瞬間、私のお腹目掛けて踏み下ろした。
「――ぐっ……ぇぇぇっ」
喉の奥から胃液が逆流し、口元からたらりと垂れる。
「……っ、お願いします」
「うっせえ!」
――ドスッ
再び男のブーツが容赦なく私のお腹に減り込んだ。
「かっ……ふっ……げほっ…」
「むぅーっっ!!」
そんな私を見てバタバタと身体を動かすリン。
その目は初めて見るような怒りに染まっていた。
「ったく……」
男が今度はリンの方に向けて足を振り上げ――。
――ガチャ
「ドルチェ。今着いたぞ」
そんな言葉とともに扉が開く。
そして大きな剣を持った冒険者風の男と、後ろから司祭服のような服を着た男が入ってきた。
「そいつか……?」
「あぁ、エアハルトの兄貴、ちゃんと目標は確保しておきましたぜ」
私は霞む目でエアハルトと呼ばれた大剣を持った男に視線を向ける。
ムキムキ筋肉質で短髪黒髪の男だった。
ドルチェと呼ばれたこの魔法使いのセリフから、この男がリーダーのようだ。
「よくやった。さすがお前の魔力探知は一味違うな」
「寝てるところを見つけて、昏睡魔法をかけて連れてきただけですから」
エアハルトさんがニカっといい笑顔をして、ドルチェと呼ばれたの肩をポンポンと叩く。
まるで仲の良い男友達のような雰囲気だ。
問答無用で腹を踏みつけてきたドルチェという男とは違い、エアハルトと呼ばれている男のほうは話せばわかってくれそうな雰囲気だ。
「そう謙遜すんなって。……って、そっちは?」
「えっとクリスと一緒にいたんですが、兎のセリアンスロープだったんで、ついでに売れないかと思って連れてきたんだ」
「兎の……セリアン……スロープ……?」
ドルチェさんの説明を聞いて、私の隣に転がされているリンに視線を向けたエアハルト。
その顔からみるみるうちに表情が消え、顔が真っ青になってしまった。
「お、お、お、っ……」
「エアハルトの兄貴、どうしたんですか?」
「リ、リ、リ……ン?」
「エアハルトの兄貴?」
まさかの知り合い? と思ったが、こんなムキムキ男が恐怖に震えている。
顔を知っているとしても只の知り合いではなさそうな様子だった。
「ド、ドルチェ、すぐに拘束魔法を解除しろ!」
「えっ? あ、はい!」
エアハルトさんが怒声をあげ、ドルチェさんがびっくりした様子で呪文を唱える。
私とリンの手足を縛っていた縄が砕け散った瞬間―――リンの姿が掻き消えた。
「エアハルトぉぉぉぉっっ!」
――メキッと音が聞こえるほどの勢いでリンの膝がエアハルトの腹に減り込むのを見てしまった。
「グ……はっ……おぉぉぉ」
(なっ、何っ!?)
「お前、私の友達に何してくれてるんだぁぁぁっっ」
リンが放った高速の連蹴がエアハルトさんの顔面から腹に連続で襲いかかる。
「――っ!! ぐぁっっ! ぐほっっ! やめっ……ぐえっっ!!」
ほんわかした性格と喋り方を、何処かに置き忘れてきたのではないかと思うほどのリンの怒声。
私は完全に蚊帳の外で、目の前で繰り広げられている一方的な何かを眺める事しか出来なかった。
リンは容赦なく片足でエアハルトさんのムキムキの身体に蹴りを放っていく。
そこには技とか技術とかそんなものは微塵も感じられない。
ただただ、怒りに任せて肉のサンドバックを蹴り続けている。
「テメェもだ! 魔法使いっ!! カリスが蹴られた分、利子つけて受け取れやっっ!!」
そんな台詞と共に再びリンの姿が掻き消えた思ったら、後退りしようとしていたドルチェさんの腹に膝をめり込ませていた。
――それはもう、お手本のような飛び膝蹴りだった。
◇◇◇
その後はもう大変だった。
リンの脚技に男二人がボコボコのボロ雑巾にされて行くのを、私はただ引きつった顔で見ていることしかできなかった。
司祭服を着た男は、ドルチェさんの腹に膝がめり込んだタイミングで泡を吹いて気絶していた。
「ほらっ! 早く! カリスに! 謝れっ!!」
長い兎の耳を前後にみょんみょん揺らしながら、リンが魔法使いの男に頭突きを入れ続けている。
「り、リン……?」
「はっ……カリス! カリス大丈夫っ!?」
リンこそ頭は大丈夫?と聞きたくなるのをグッと堪える。
「ははっ……リン強いんだね……」
「はぅ~またやっちゃった……私キレると見境なくなっちゃって……」
「じゃあこの間は……」
「あっ、あの時は寝起きで、気が動転してて……怖いのが先に来ちゃって……うぅ」
「あぁ、うん、そっか。よしよし」
「たぶん~あと数秒カリスが来てくれるのが遅かったら、あの時も同じ感じになっちゃってたかも~」
そうか――。そうか。
どっちにしろ、あの時にリンを襲ってた男たちの命は無かったのか。
これ以上はあまり深く考えないようにしよう。と私は色々と諦めた。
きっと今、私の表情はかなり微妙なことになっているだろうな。
「それはそうと、リンはその冒険者とは知り合いなの?」
私は地面に転がっているエアハルトさんを指差す。
完全に白目を向いており、口からは泡を拭いていた。
「えっとぉ~エアハルトは幼なじみ? みたいな感じ?」
「お、幼なじみ……?」
私の知っている幼馴染とは違う意味なのだろうか――。
「ねぇ、カリス、ちょっと電撃流して起こしてもらえる~?」
「……」
それもどうなのよ? と思ったが、リンの顔はいつもの笑顔なのに、目が笑っていなかった。私は恐る恐るピクピク痙攣しているエアハルトさんへ近づく。
「【昏倒雷】」
「あばばばばっ!」
「あっ……しまった、威力上がっているんだった」
「あははは~カリスなかなかやるね~」
とにかく倒れている三人からは事情を聞かなきゃならない。
けれど水を掛けても起きる気配が無い。
――私達は仕方なく目を覚ますまで待機することにした。
リンは「魔法使いの男に絶対身体を触られた」と一人憤慨しながら、蹴りの練習をしている。
その脚力で繰り出すたびに木の扉がビリビリと震えている。
彼らが目を覚ましたら、また気絶してしまうんだろうか。
(そういえば、スリーズルまで走ったってリン言ってたなぁ~走るのもすっごい早かったし)
私は窓から見える空の青さに眩しさを覚え、私はとりあえず地べたに座り込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
乙女ゲームの悪役令嬢は前世の推しであるパパを幸せにしたい
藤原遊
ファンタジー
悪役令嬢×婚約者の策略ラブコメディ!
「アイリス・ルクレール、その波乱の乙女ゲーム人生――」
社交界の華として名を馳せた公爵令嬢アイリスは、気がつくと自分が“乙女ゲーム”の悪役令嬢に転生していることに気づく。しかし破滅フラグなんて大した問題ではない。なぜなら――彼女には全力で溺愛してくれる最強の味方、「お父様」がいるのだから!
婚約者である王太子レオナードとともに、盗賊団の陰謀や宮廷の策略を華麗に乗り越える一方で、かつて傲慢だと思われた行動が実は周囲を守るためだったことが明らかに……?その冷静さと知恵に、王太子も惹かれていき、次第にアイリスを「婚約者以上の存在」として意識し始める。
しかし、アイリスにはまだ知らない事実が。前世で推しだった“お父様”が、実は娘の危機に備えて影で私兵を動かしていた――なんて話、聞いていませんけど!?
さらに、無邪気な辺境伯の従兄弟や王宮の騎士たちが彼女に振り回される日々が続く中、悪役令嬢としての名を返上し、「新たな人生」を掴むための物語が進んでいく。
「悪役令嬢の未来は破滅しかない」そんな言葉を真っ向から覆す、策略と愛の物語。痛快で心温まる新しい悪役令嬢ストーリーをお楽しみください。
悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました
タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。
ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」
目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。
破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。
今度こそ、泣くのは私じゃない。
破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる