監獄スタートの悪役令嬢 脱獄記~令嬢とかどうでもいいから私は逃げる!

八万岬 海

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第15話-人を見かけで判断してはいけない

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「んん――っ!!」

 両手両足を縛られ猿轡さるぐつわをされた状態で目が覚めた私。

 その状況に気づいた瞬間からバクバクと心臓が跳ね、死の恐怖に身体がすくみ上がり冷や汗が吹き出してきた。

(――そんなどうして……リンはっ!? 無事なのっ!?)

 立ち上がることもできないので、ゴロンと転がると反対ではリンが私と同じように縛られた状態で転がされていた。

(――!! よかった……ぁ)

 私のせいでリンに何ががあったら申し訳ない気持ちで潰れてしまう所だった。
 見るとリンはまだ眠っているらしく、すーすーと寝息を立てていた。

「なんだ、もう魔法が切れたのか? やっぱ魔法使いには効果が薄いな」
「ムゥッ……!?」

 突如私の耳元で声がした。
 私は視線だけ上に向けると、そこには黒いローブをかぶった男が冷たい目で私を見下ろしていた。

「むむ――っ! むー!」
「んだよ、待ってろ外してやるから」

 男が乱暴に私の猿轡に手を伸ばし、結び目を解く。

「あの……これは一体どういうことですか?」

 猿轡さるぐつわを外された私は、なるべく冷静にボロが出ないように「私はクリスじゃない」と自分に言い聞かせて男へ問いかけた。

「何ってお前、お尋ね者を捕まえて連れて行くんだよ」
「ひっ、人違いです」

「あぁ? 変装しようと、魔力の波長までは変えれねーぞ?」
「私はカリスです。身分証も私の持ち物に――」

「うっせえ、身分証なんてどうせ偽物だろ。お前を連れて行くのが俺たちの仕事なんだよ。そっちの兎のセリアンスロープもついでに買い取ってもらえれば、少しは懐が潤うってもんよ」
「――っ!?」

「もうすぐうちらの仲間も来るから、それまでの間は大人しくしてろ。魔力封印もかけてあるから逃げようなんて思うなよ」

 男はそう言って扉の前へどかっと腰掛けた。

「…………その腕、自分でやったのか?」
「……はい」
「…………ちっ」

 どうして今、舌打ちされたのだろう?

「もがっ――む――!」

 その時、目の前で眠っていたリンが目を覚ます。
 状況が飲み込めず暴れようとしていたが、私と目が合って落ち着いたようだった。


◇◇◇

(リンだけでも逃してもらわなきゃ……私は痛めつけられても良いから……リンは)

 両手両足を縛られた状態で唸っているそんなリンをみて、私は決断する。

「……せめてこの子は解放してあげてもらえませんか?」

 私はなるべく落ち着いた口調で男へ話しかける。
 すると男は頭を掻きながら無言で立ち上がり、私の方へツカツカと歩いてくる。

 ――ドスッ

 男は無言で足を上げた瞬間、私のお腹目掛けて踏み下ろした。

「――ぐっ……ぇぇぇっ」

 喉の奥から胃液が逆流し、口元からたらりと垂れる。

「……っ、お願いします」
「うっせえ!」

 ――ドスッ

 再び男のブーツが容赦なく私のお腹に減り込んだ。

「かっ……ふっ……げほっ…」
「むぅーっっ!!」

 そんな私を見てバタバタと身体を動かすリン。
 その目は初めて見るような怒りに染まっていた。

「ったく……」

 男が今度はリンの方に向けて足を振り上げ――。



 ――ガチャ

「ドルチェ。今着いたぞ」

 そんな言葉とともに扉が開く。
 そして大きな剣を持った冒険者風の男と、後ろから司祭服のような服を着た男が入ってきた。

「そいつか……?」
「あぁ、エアハルトの兄貴、ちゃんと目標は確保しておきましたぜ」

 私は霞む目でエアハルトと呼ばれた大剣を持った男に視線を向ける。
 ムキムキ筋肉質で短髪黒髪の男だった。
 ドルチェと呼ばれたこの魔法使いのセリフから、この男がリーダーのようだ。

「よくやった。さすがお前の魔力探知は一味違うな」
「寝てるところを見つけて、昏睡魔法をかけて連れてきただけですから」

 エアハルトさんがニカっといい笑顔をして、ドルチェと呼ばれたの肩をポンポンと叩く。
 まるで仲の良い男友達のような雰囲気だ。
 問答無用で腹を踏みつけてきたドルチェという男とは違い、エアハルトと呼ばれている男のほうは話せばわかってくれそうな雰囲気だ。

「そう謙遜すんなって。……って、そっちは?」
「えっとクリスと一緒にいたんですが、兎のセリアンスロープだったんで、ついでに売れないかと思って連れてきたんだ」

「兎の……セリアン……スロープ……?」

 ドルチェさんの説明を聞いて、私の隣に転がされているリンに視線を向けたエアハルト。
 その顔からみるみるうちに表情が消え、顔が真っ青になってしまった。

「お、お、お、っ……」
「エアハルトの兄貴、どうしたんですか?」

「リ、リ、リ……ン?」
「エアハルトの兄貴?」

 まさかの知り合い? と思ったが、こんなムキムキ男が恐怖に震えている。
 顔を知っているとしても只の知り合いではなさそうな様子だった。

「ド、ドルチェ、すぐに拘束魔法を解除しろ!」
「えっ? あ、はい!」

 エアハルトさんが怒声をあげ、ドルチェさんがびっくりした様子で呪文を唱える。
 私とリンの手足を縛っていた縄が砕け散った瞬間―――リンの姿が掻き消えた。



「エアハルトぉぉぉぉっっ!」

 ――メキッと音が聞こえるほどの勢いでリンの膝がエアハルトの腹に減り込むのを見てしまった。

「グ……はっ……おぉぉぉ」

(なっ、何っ!?)

「お前、私の友達に何してくれてるんだぁぁぁっっ」

 リンが放った高速の連蹴がエアハルトさんの顔面から腹に連続で襲いかかる。

「――っ!!  ぐぁっっ! ぐほっっ! やめっ……ぐえっっ!!」

 ほんわかした性格と喋り方を、何処かに置き忘れてきたのではないかと思うほどのリンの怒声。
 私は完全に蚊帳の外で、目の前で繰り広げられている一方的な何かを眺める事しか出来なかった。

 リンは容赦なく片足でエアハルトさんのムキムキの身体に蹴りを放っていく。

 そこには技とか技術とかそんなものは微塵も感じられない。
 ただただ、怒りに任せて肉のサンドバックを蹴り続けている。

「テメェもだ! 魔法使いっ!! カリスが蹴られた分、利子つけて受け取れやっっ!!」

 そんな台詞と共に再びリンの姿が掻き消えた思ったら、後退りしようとしていたドルチェさんの腹に膝をめり込ませていた。

――それはもう、お手本のような飛び膝蹴りだった。

 ◇◇◇

 その後はもう大変だった。
 リンの脚技に男二人がボコボコのボロ雑巾にされて行くのを、私はただ引きつった顔で見ていることしかできなかった。

 司祭服を着た男は、ドルチェさんの腹に膝がめり込んだタイミングで泡を吹いて気絶していた。

「ほらっ! 早く! カリスに! 謝れっ!!」

 長い兎の耳を前後にみょんみょん揺らしながら、リンが魔法使いの男に頭突きを入れ続けている。

「り、リン……?」
「はっ……カリス! カリス大丈夫っ!?」

 リンこそ頭は大丈夫?と聞きたくなるのをグッと堪える。

「ははっ……リン強いんだね……」 
「はぅ~またやっちゃった……私キレると見境なくなっちゃって……」

「じゃあこの間は……」
「あっ、あの時は寝起きで、気が動転してて……怖いのが先に来ちゃって……うぅ」

「あぁ、うん、そっか。よしよし」
「たぶん~あと数秒カリスが来てくれるのが遅かったら、あの時も同じ感じになっちゃってたかも~」

 そうか――。そうか。
 どっちにしろ、あの時にリンを襲ってた男たちの命は無かったのか。

 これ以上はあまり深く考えないようにしよう。と私は色々と諦めた。
 きっと今、私の表情はかなり微妙なことになっているだろうな。

「それはそうと、リンはその冒険者とは知り合いなの?」

 私は地面に転がっているエアハルトさんを指差す。
 完全に白目を向いており、口からは泡を拭いていた。

「えっとぉ~エアハルトは幼なじみ? みたいな感じ?」
「お、幼なじみ……?」

私の知っている幼馴染とは違う意味なのだろうか――。

「ねぇ、カリス、ちょっと電撃流して起こしてもらえる~?」
「……」

 それもどうなのよ? と思ったが、リンの顔はいつもの笑顔なのに、目が笑っていなかった。私は恐る恐るピクピク痙攣しているエアハルトさんへ近づく。

「【昏倒雷スタンボルト】」
「あばばばばっ!」

「あっ……しまった、威力上がっているんだった」
「あははは~カリスなかなかやるね~」

 とにかく倒れている三人からは事情を聞かなきゃならない。
 けれど水を掛けても起きる気配が無い。

 ――私達は仕方なく目を覚ますまで待機することにした。

 リンは「魔法使いの男に絶対身体を触られた」と一人憤慨しながら、蹴りの練習をしている。
 その脚力で繰り出すたびに木の扉がビリビリと震えている。
 彼らが目を覚ましたら、また気絶してしまうんだろうか。

(そういえば、スリーズルまで走ったってリン言ってたなぁ~走るのもすっごい早かったし)

 私は窓から見える空の青さに眩しさを覚え、私はとりあえず地べたに座り込んだ。
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