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「私は間違った事はしていないわ。不埒な紳士の手からあの女性達を助ける必要があったの」
「あぁ、そうだ。でもそれが君である必要はなかった」
先程女性を助けた事は悔やんでいないし悪い事をした訳ではないのだとキッパリと告げたつもりだけれど、にべもなく突っぱねられてしまった。
なおも弁明しようと口を開くもローランドは片手を上げて私の言葉を制すると、未だ憤懣やるかたない様子で私を叱りつけ始めた。
「今回だけじゃない。先日は僕の頭を扇で叩いたじゃないか。どうして君は何時も男を殴り付ける物を持っているんだ?」
「まぁ! 失礼な事を言わないでくださらない? 先日は飛んできた落ち葉に驚いて振った手の先に貴方が居ただけよ。偶然だわ」
「馬車で散歩に誘ったら道中で突然君に手綱を奪われて、あわや二人共馬車の下敷きになる所だった」
「子犬が馬車の前に飛び出して来たのが見えたんだもの、仕方が無かったの。 それに馬車はひっくり返らなかったわ」
「では馬で遠乗りに誘った時を思い出して欲しい。オフィーリア、君が馬を驚かせたせいで僕は馬から落ちてしまった」
「それは‥‥私も悪かったと思っているわ。不幸な事故だった」
どうやら今までの”ちょっとした不運な出来事”が積もり積もって爆発しているらしい。
私はその都度きちんと謝罪をしているし深く反省をしているのだけれど、今の様子を見るに彼は許してくれていた訳ではないようだ。
ふんと鼻を鳴らして私の言い分を一蹴すれば、彼の手にあったレティキュールを私の腕に掛けてくれながらも再び不満を爆発させる。
先程酔っ払った紳士に投げつけたレティキュールは少しだけ汚れただけで、あの乱闘騒ぎでも踏みつけられたり破かれたりしなかったらしい。
ローランドが守ってくれたのかもしれない。
「先日の夜会で君をダンスに誘った途端、持っていたグラスの飲み物を僕にぶち撒けたのは覚えているだろうか?」
「えぇ、もちろん覚えているわ。あれはとても残念だった。貴方とダンスを踊れると思ったら嬉しくて、グラスを持っている事を忘れてしまったの」
「昨日は君に‥‥キスをしようとしたのに、君は僕に頭突きをしたのは忘れていないだろうな? 随分酷い仕打ちだ」
「まぁ! それは昨日もう既に何度も謝った筈だわ! 鼻がムズムズしてしまったんだもの、仕方がないでしょう」
レティキュールの紐を指先で弄びながらローランドの説教に一つ一つ弁明していたのだが、昨日の午後の一時の事を思い出して頬が熱くなる。
昨日はいい天気だからと少しだけ遠出して美しい湖へ誘われた。
彼と散歩していた時にそよ風に鼻を擽られてくしゃみをした時にローランドが私に顔を近付けてきていたせいで、まるで私が彼に頭突きをしたようになってしまった。 私もだいぶ痛かったというのに。
「オフィーリア、まだあるから良く聞くんだ。
君は僕が何度危険だと言って聞かせても一人歩きを止めない」
「一人歩きじゃないわ、侍女も一緒だもの。それに私が何処へ行こうと、貴方に制限される覚えはありません」
「だから君の意向を汲んで僕が口を出すのは、僕達が結婚してからにしようと決めた」
「結婚したって同じよ。もちろん貴方に迷惑を掛けない範囲にするけれど‥‥」
「黙って聞くんだ。 僕は君の意向を汲んで、結婚するまでは口煩く言うのは止める事にした。変わりに君に護衛をつければ安全だと思ってね。まさか君が馬車を飛ばして、僕が用意した護衛を町中で撒いてしまうとは思わなかったが」
「‥‥‥‥」
だって知らなかったから、尾行されていると思ったのだ。
一定の距離はあったが出掛けた先で何時も同じ男性を見かけていたので、試しに馬車の御者に曲がり角に差し掛かったら全速力を出して不審な男を撒いて欲しいとお願いした。
その時はその男が如何にも不審で凶悪に見えたのだから仕方がない。
そもそも、コソコソと私の後を勝手に付け回すのが悪いのではないか。
「見失った事を報告しに戻った護衛に『護衛対象に馬車で街中を駆け回る癖があると何故最初に言ってくれなかったんだ』と苦言を呈された僕の気持ちがわかるか?」
「貴方の屋敷から不審な男だと思っていた人が出てくるのを見かけた時の私の気持ちがわかるかしら?」
我慢出来ずに反論した私の言葉にローランドは不満そうな呻きとも悪態ともつかないものをもらした。
一矢報いる事が出来たと少しだけ気分が晴れたものの、
それを悟った彼にひと睨みされてしまった途端に再び気分が沈んでしまった。
「とにかく僕はもうこれ以上君に振り回されるのはごめんだ。君が無鉄砲な行動をして君自身と僕を危険に曝す事を止めない限り、この婚約は無かった事にする」
そうキッパリと告げられて悲しい気持ちになる。私は生まれながらにして私なのだから取り繕うつもりも、自分を押し殺して変わりたいとも思わない。
でもローランドは私の性質を否定し、変わらなければ結婚はしないと脅しつけている。
ならば選択肢は一つしかない。
無意識に大理石の床を見つめていた視線をローランドへと向けて美しい淡紫色の瞳を見つめた後、グッと顎を上げて悲しそうに見えないように意識しながら言い放った。
「わかりました。私は今の私を変えるつもりは御座いませんので、閣下のおっしゃる通りに致します」
「‥‥‥‥オフィーリア?」
「閣下との婚約は忘れる事にします。
ところで‥‥‥今夜のオペラは観て帰りたいのですけれど良いですか? もう終盤に差し掛かってしまっているかもしれないけれど」
私に婚約破棄を宣言した事で普段の堂々とした態度を取り戻し、聞き分けのない子供に言い含めるように眉を上げて得意げに私の問を促していた彼の顔色は、一瞬で頭をガツンと殴られたような、今にも卒倒しそうな程に血の気が無くなってしまった。
婚約者ではなくなってしまたら、彼の持つ招待状でオペラを観る事も出来なくなってしまうのだろうか?
多分これからは無理だとしても、今日は私が誘われたのだから観ていく権利がある。
何と言っても今日は初公演の演目なのだから。
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