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26.魔女の過去 ――湧き出る希望
しおりを挟む啜り泣きが小さくなってきた頃、ラルスはスティーナにそっと声を掛けた。
「……もう、大丈夫か?」
「う、うん……。ごめんなさい……。ラルスの服、私の涙と鼻水でグシャグシャ……」
「ははっ、オレも身体動かして汗でビショビショだったから気にしねぇよ。鍛練する時汗かくから、いつも着替え持ってきてんだ。ちょっと待ってな」
ラルスはスティーナを優しく離すと、素早く着替え始めた。
「これで良し、と。そうだ、オレ汗臭かったよな。ゴメン、女の子にはキツかったな」
「ううん……私、ラルスの匂い好き。優しくて、落ち着く匂い……」
スティーナはそう言うと目を閉じ、ラルスの胸にコツンと額を当てる。直後、彼の身体がピシッと固まった。
「……スティーナ? そういう台詞とそういう行動は、無闇矢鱈に男にするもんじゃないぞ?」
「? ラルスにしかしないよ?」
こてんと首を傾げて、先程泣いて潤んだ瞳でラルスを見上げてくるスティーナ。
彼は天を仰ぎ顔を掌で覆った。
「……あーー……。参ったなぁ……」
「?」
「……よしっ。じゃあ、お前の好きなオレの匂いを存分に嗅ぐがいいっ!」
ラルスはスティーナを覆うように抱きしめ、自分の胸にギュッと押し付ける。
「ラルス……苦しい……」
「ははっ」
ラルスはひとしきり笑うと、スティーナの顔を優しく覗き込んだ。
「……話せそうか?」
「……っ」
スティーナの表情が硬く強張る。
(もう何もかも話してしまいたい。けれど、話したらラルスに嫌われてしまう。私に失望してしまう……。それは、やだ……)
「……大丈夫だ、スティーナ。オレはお前の話がどんな内容だろうと、お前を嫌わない。お前はオレの大切な仲間だし、何か理由があるって分かってるからな。オレの顔を見ながら話すのが辛いってなら、そうだな……」
ラルスはドカッとその場に腰を下ろして胡座をかく。すぐさまスティーナの腕を引っ張り、自分の胡座の上に向かい合わせに乗せた。
そして落ちないようスティーナの腰に腕を回し、彼女の頭に手を置くと、己の肩にその顔を優しく押し付ける。
「ずっと立ってるのも疲れるだろ。これで顔が見えねぇし、好きな時に話してくれ」
かなり密着していて、心臓の音もラルスに聞こえてしまいそうなくらいだが、自分を不安にさせない為だろうし、スティーナは彼の沢山の気遣いが嬉しかった。
(ラルスの心臓の音も聞こえる……)
少し早めに刻まれるその鼓動に、酷く安心感を感じる。
ふとラルスの表情が気になり、顔を僅かにずらして横を見ると、彼は真顔で前を向いていたが、心なし顔が赤くなっているように見えたのは気の所為だろうか。
頭を優しく撫でてくれる心地良さも後押しし、彼女は全てを彼に話した。
拙いながらも、一生懸命に。
話し終わった後、自分の髪を梳いてくれていた指が止まり、暫くしてラルスの身体が震え始める。
「…………?」
不思議に思ってそっと横を向くと、ラルスが思いっ切り夜叉の顔になっていた。
「ひゃっ!?」
「……んだよ、ソイツ……。魔王の側近、ブラエ・ノービスだっけ? クソ野郎……ゴミ、カス野郎だ!! 地獄の業火に焼かれて完全消滅しろッ!!」
勇者らしかぬ言葉を羅列するラルスを、スティーナは口をあんぐりと開けて見つめる。
ラルスはひとしきりブラエに悪態をついた後、スティーナの身体を強く抱きしめた。
「すごく辛かったよな、スティーナ。気付けなくてゴメンな?」
「…………っ」
耳元で聞こえた優しい言葉に再び涙腺が緩み、スティーナは慌ててラルスの肩に顔を押し付けた。
彼は情に満ちた手でスティーナの背中をポンポン叩くと、ゆっくりと立ち上がる。
「よし、じゃあ今から魔界に行ってソイツブッ殺してくるわ」
「へっ!?」
予想外の台詞に、スティーナは素っ頓狂な声を上げてしまった。
“倒す”じゃなくて“ブッ殺す”――心優しいラルスが如何にキレてるか分かる表現だ。
「魔界と人間界の時差は無いだろ? ならこっちから奇襲をかける。夜だからさすがにソイツも寝てるだろ。そしてヤツがお前の家族を殺す前にこっちがヤツを仕留める。ヤツは生かしといても百害あって一利なし、だ。で、お前の家族を救出する」
「で、でも、『移動ロール』は魔力を使うから、それでブラエが気付くかも……」
「この『移動ロール』は、細かい場所の指定を魔力で書き込み出来るんだ。お前、魔城にある魔王の間の場所分かるだろ? それを書き込んでくれ。直接そこに飛べば、魔都に張ってある結界なんて関係ねぇし、ヤツが気付いた時にはもう敵の懐ん中だ。あっという間に終わらせてやる。ついでに魔王も倒してくるわ」
「…………!」
ラルスは本気で言っている。魔王をついで扱いするのも彼らしい。
月の光に力強く照らされニッと笑う彼は、とても頼もしく見えた。
この人なら出来る。――そんな希望まで湧いてくる。
「ここにいたのか。こんな時間になっても宿屋に帰ってきてないから心配したぞ」
二人のよく知っている声がし、振り返るとイグナートが町の方から歩いてきた。
「丁度良かった、イグナート。スティーナを頼む。オレ、これからちょっくら魔界に行ってくるわ」
「……はぁっ!? 今から!? 突然何言ってんだお前は!?」
「事情が変わった。早く魔界に――」
その瞬間、彼は強力な魔力を察し、やにわにスティーナを抱き寄せ身を伏せた。
「ぐはッ!!」
刹那、イグナートが物凄い速さでふっ飛ばされる。
「イグナートッ!!」
ラルスは咄嗟にイグナートに向けて魔法を飛ばした。
イグナートの身体がドガッと大きな音を立てて木に激突する。ぶつかった箇所が強い衝撃で真横に裂け、木がズシンと倒れた。
イグナートは地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
「イグナートっ!?」
「大丈夫だ、イグナートは無事だ。ぶつかる前に防御魔法を掛けたから、ただ気絶してるだけだ。けど、魔法を掛けなかったら危なかったな……」
ラルスはスティーナを守るように腕の中に閉じ込め、辺りを見回す。
「貴方なら避けると思っていましたよ、勇者殿」
不意に聞こえたその声に、スティーナの顔色がサーッと青くなる。
彼女の小刻みに震える肌を感じ取り、ラルスはその声の人物に大きく舌打ちをした。
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