極悪魔女は英雄から逃亡する 〜勇者を求め逃げ続ける魔女と、彼女を溺愛し追い続ける英雄の、誤解から始まる攻防〜

望月 或

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25.魔女の過去 ――月の光を浴びながら

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 ――そして、ついに魔界へ行く『移動ロール』が完成してしまった。
 帝都から離れたファスの町にいたラルス達に、神殿の魔道士が『移動ロール』を使って渡しに来てくれたのだ。
 『移動ロール』の移動先は、魔都の郊外らしい。張ってあるであろう結界を危惧しての事だ。

「そこからは貴方様に掛かっています。我々人類の為、勝利をお祈りしております。トゥディルム神の御心のままに。ご武運を」

 ……要は、“後は自分で何とかしろ”、だ。
 魔界は、人間には危険な毒が漂っているが、『“聖剣”を持つ勇者は魔界の毒を無効化出来る』という伝承がある。
 なので、魔界にはラルス一人で行く事になるのだ。
 決行は明日となり、今日は早めに眠る事にした三人は、宿屋で借りたそれぞれの部屋の前で解散した。

 自分の部屋に入ると、スティーナは大きく息をつく。

(眠れるわけないよ……。今日ラルスを殺さなきゃ、彼が魔界に行ってしまう。そうなれば、私は計画を実行出来なかったとしてブラエに殺されて、私の家族も……。それだけは絶対駄目なのに……)

 どんよりとした気持ちのままシャワーを浴び、頭を拭きながらベッドの脇に腰掛ける。

「……駄目だ。頭が全然回らない。外の空気を吸ってこよう……」

 のっそりと宿屋を出たスティーナは、宛ても無くフラフラと町を彷徨い、気が付けば町外れにある開けた草原まで来ていた。
 夜空には、無数の星と大きな真ん丸い月が浮かんでいて、スティーナを淡い光で照らしている。


(お月様は、魔界と変わらないんだよね……。あぁ、すごく綺麗だな……。この暖かい月の光を浴びながら消えてしまいたいくらいに――)


「おっ、そこにいるのはスティーナだろ? お前も眠れないのか? オレもなかなか寝付けなくて、今までここで鍛練してたよ。お前も一緒にやるか?」
「…………っ!」


 聞き覚えのある声が後ろから飛んできて、スティーナは勢い良く振り返る。
 “聖剣”を持った予想通りの人物が、いつもの笑顔を浮かべて少し遠くに立っていた。

「ラル、ス……」
「お前の剣の腕、かなり上がったもんなぁ。力は弱いけど、お前の技術とすばしっこさで補ってるし。剣を習いたいって言われた時は本当に出来るのかって正直思ったけど、いつも真面目に一生懸命学んでさ、オレバカな事思っちまったって反省したよ。ゴメンな」

(……謝らないで、ラルス。私が剣を習おうとしたのは、あなたを殺す時、魔法が効かなかった時の為なんだよ……)

「……ううん。こちらこそ、丁寧に教えてくれてありがとう……」
「いいってことよ。大切な仲間だしな!」
「…………」



 ――今、だ。
 ……そうだ。周りに誰もいない今が絶好の機会だ。
 彼を殺せる唯一の好機だ。
 剣を下げ、完全に無防備の今なら。

 やるしかない。
 また、私の大切な家族と一緒に暮らす為に。


 四人であのキラキラと光る幸せな日々に戻る為に。


 この人を、今、殺す――



「……スティーナ!? どうしたっ!?」

 ラルスが大きく目を見開き、足早に駆け寄ってくる。

「……う、うぅっ……」

 スティーナは顔をクシャクシャにし、ボロボロと大粒の涙を零していた。



 ――馬鹿だ。
 本当に馬鹿だ、私は。
 戻れるわけがないのに。

 彼を殺して、あの幸せな日々に。


 彼も、私の中で家族と同じ“大切な人”になってしまった。
 大切な人を殺して、家族と楽しく暮らせる?

 ――そんなの、無理に決まってる。
 罪悪感に押し潰され、笑えない寒々とした毎日が待っているだろう。


 どうしたらいいの。
 彼を殺さずに、私の家族を救える方法は。
 私では、ブラエに勝ち目は無いもの。
 もし万が一勝てたとしても、次に待っているのはきっと魔王様だ。
 そんなの、敵うはずがない。

 どうしよう、どうすれば。
 だめ。何も、何にも思い付かない。


 ――誰か。


 誰か、助けて。



「た、すけて……っ」



 しゃくり上げながらスティーナは何とかそれだけ言葉に出すと、声を上げて泣き出した。

「スティーナッ!」

 泣きじゃくりこのまま消え入りそうな彼女を、ラルスは思わず手を引っ張り抱き寄せる。
 彼女の身体は冷たく、酷く震えていた。

「スティーナ……」

 いつも感情を表に見せない彼女が、こんなに内を曝け出して助けを求めるなんて。
 とても苦しく辛い思いを抱えていたのだと気付いたラルスは、察知出来なかった自分の不甲斐無さに強く唇を噛み締めた。


「スティーナ……。大丈夫……大丈夫だ。オレが傍にいるから。大丈夫だから……」


 そのか細い身躯を暖めるようにぎゅっと抱きしめ、ラルスはスティーナが落ち着くまで、優しく頭を撫で続けたのだった。

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