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30.魔女は組み伏せられる

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「ラ――」

 急いで駆け寄ろうとしたスティーナだったが、ラルスの隣にもう一人、男が立っているのに気が付く。
 その人物を見て、スティーナの足が即座に止まった。

「……おや、まだ立てる人間がいたんですね。ジワジワといたぶりながら殺したかったんですが、傷が浅かったんでしょうか?」


(ブラエ・ノービス……ッ!!)


 怒りと憎しみでスティーナの全身の毛穴がブワッと開き、肌が粟立つ。
 今すぐにでも家族の仇を討ちたいが、ブラエとの力の差はまだ開いている。

(駄目、今じゃない……! まだ我慢よ……っ!)

 彼女は血が滲むほど唇をギュッと噛み締めた。
 ブラエは、彼女がスティーナだという事に未だ気が付いていない。


(お父さん、お母さん、アグネ……。もう少し待ってて。仇は必ず……必ず取るから……っ!)


 拳を痛い位に握り締めたスティーナは、正体を悟られないようにとメガネをしっかり掛け直した。

「人間如きの分際で、折角勇者を洗脳して我が物にしたのだから邪魔しないでくれませんかね? 神殿にいる間諜の報告で勇者が復活すると聞いた時は愕然としましたが、逆に味方につければいいと思い当たった私は本当に天才ですねぇ、ヒャハハッ」
「せん――」

 思わず口から出ようとした言葉を慌てて呑み込む。


(洗脳……!? ラルスが!? そんなの嘘よ、彼が闇の魔法に掛かるわけないわ! それに今、何て言った……? 神殿には魔族の間諜がいる……? こんな重大な事、ペラペラ話していいの……?)


「間諜が神殿にある古い書物を片っ端から調べてくれましてね。一番古い書物に書いてあったのですよ。『復活せし勇者、生まれた地に降り立たん』とね。古過ぎて、その書物は誰にも気付かれていなかったようですね。一番奥の本棚の隅っこに、埃を被ってひっそりとあったそうですよ。重要な書物をそんな状態にしておくなんて、本当に聞いて呆れますよ。ま、お蔭で誰よりも早く先回り出来ましたがね。ヒャハハッ」


(…………。あなたの口の軽さにも呆れる……)


「それを聞いてから、定期的にここを見張っていたのですよ。“聖剣”を持っている勇者には洗脳魔法は効きませんが、復活したばかりの勇者は“聖剣”を持ってはいない。自分が勇者だと自覚しないと“聖剣”は現れませんからねぇ。それは“魔剣”も同じで、我等が魔王様はまだ自覚されていないのですよ。だから“魔剣”が手元に無くて、自ら人間界を侵攻出来ないんです。全く魔王様には嫌になっちゃいますよ。早く自覚してくれないものですかねぇ?」


(今度は愚痴になってる……。何なのこの人……。喋りたくて仕方ないみたい……)


「ともかく、“聖剣”の加護がない勇者には、簡単に洗脳魔法が効きましたねぇ。“聖剣”が無ければ、勇者もただの人間って事ですか。ヒャハハハッ!」


(……っ! ラルスは本当に洗脳されているの!? そんな――)


「……おっと、お喋りが過ぎましたね。何故か貴女は初めて会った気がしないのですよ。何だか懐かしいような……。だから口を滑らせてしまったのですかね。機密事項を知られてしまったからには、ここで死んで貰いますよ」


(…………。あなたが自分から喋ったんだけど……)


「折角なので、人間同士、勇者に貴女を殺して貰いましょうかね? ――さぁ、あの女を殺しなさい。剣は貸してあげましょう。ただし早急に始末して下さいね。今もこの人間界の毒の所為で苦しくて堪らないのですから」
「…………」

 ラルスはブラエからおもむろに剣を受け取ると、スティーナの方を振り向いた。

「…………っ!!」

 彼の瞳は、血のように紅く濡れていた。
 あんなに綺麗だった蒼色の面影は、今はどこにも無い――

 ラルスが無表情のまま剣を構え、こちらに足早で向かってくる。

(こんな狭い場所じゃ不利だわ! とにかく外に出よう! 魔法は使ったから私だって気付かれちゃうし、逃げるしか……っ)

 スティーナは踵を返すと外に飛び出した。そして、紆余曲折のように村の中を走り回る。

(どうしよう、どうやって洗脳魔法を解くの? ラルスにはブラックドラゴンのような呪符は貼ってなかった。だから直に洗脳を受けてるんだわ。ただ衝撃を与えただけではきっと解けない。一体どうしたら――)

 不意にスティーナの腕がぐんっと引っ張られ、荒々しく肩を掴まれる。
 そのまま仰向けで地面に打ち付けられた。

「あっ!」

 背中に強い痛みが走ると同時に、自分の両脚に重みが加わり、誰かに馬乗りにされたのが分かる。
 スティーナが涙目で見上げると、そこには紅い目のラルスが表情の無いまま、冷たく彼女を見下ろしていた。

「ラ……ルス……」

 逃げようとしても、自分の両肩を大きな手で抑え付けられ、身動きが一切取れない。
 彼女のすぐ脇には、彼が持っていた剣が置かれている。


 ――絶望的な状況だった。


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