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29.魔女は勇者の故郷へ
しおりを挟む「流石、エルドは速いわ。ラルスの故郷に一週間で着いちゃった。お疲れ様、無理させちゃってごめんね?」
『エヘヘ、スティとの旅は楽しくて全然苦じゃないよ~!』
「嬉しい。ありがとう」
はしゃぐエルドの頭を優しく撫で、スティーナは遥か真下にある村を見下ろした。
ここ、サダの村は村人が十数人しかいない小さな村だ。
ラルスはここで産まれ、勇者の神託を受けてすぐ両親と共にトゥディルム神殿へと生活を移した。
勇者が産まれた場所と言っても、すぐにラルス達が出て行ってしまったので、勇者を一目見たい見物人は神殿へと赴く。
なので村自体生活は変わる事なく、今も村人達は細々と暮らしていた。
「……あれ? エルド、もう少し下に行ける?」
『うん、いいよー!』
スティーナは村の様子に違和感を感じ、エルドにお願いすると、彼は快諾し緩やかに下降してくれた。
「…………っ!!」
違和感の正体が分かった。外にいる村人達が皆、血を流して倒れているのだ。
「大変……っ! エルド、地面に降りてくれる?」
『いいよー!』
エルドは翼をはためかせ更に下降すると、ゆっくりと地面に足を付ける。
「この怪我人の数……。もしかしたら凶悪な魔物がいるのかもしれないわ。だとすると、真っ先に襲われるのはエルドだから、私が出てきていいって言うまであそこの木陰に隠れててね。危なくなったら、私に構わずすぐ逃げるのよ?」
『うん……分かった。一緒に行きたいけど、ボク我慢するよ。気を付けてね、スティ!』
「いい子ね、エルド。行ってくるね」
エルドが元の大きさに戻り、木陰に隠れるのを見届けると、スティーナは警戒しながら村の中へ入る。
そして、気を失って倒れている村人に駆け寄ると、怪我の状況を素早く確認した。
「これは……。致命傷ではないけど、血が出続けてる。痛みと出血でジワジワと命を削っていく傷だわ。誰がこんな酷い事を……」
スティーナはイグナートに悟られないよう、小さな魔力を連続して使い、回復魔法を掛けていく。
見回すと、他の村人達も同じような傷だったので、全員に回復の処置を施した。
まだ誰も亡くなっていなかったのが不幸中の幸いだった。
「う、うぅ……」
その時、 神父の格好をした老人がゆっくりと目を開け、上半身を起こした。
「……あ、気が付きましたか? 皆さんの怪我は治しましたので、もう大丈夫ですよ」
「お、お嬢ちゃんが助けてくれたのか。他の者達も助けてくれて本当にありがとう。感謝するよ」
「いえ、いいんです。あの、ここで一体何があったんですか?」」
スティーナは念の為にメガネを掛け、髪を結い上げているので、老人は魔女に似ているとは気付かず普通に接してくれている。
「何があったか……。ええと……そ、そうじゃ! 勇者様が復活したんだ! この村で!!」
「えっ!?」
「勇者様が復活した途端に魔族が現れて、わし達を攻撃しおった……! あれから……まだ時間が経っていない。魔族は勇者様を襲いに教会に入ったはずじゃ。あぁ、勇者様はご無事なのか……」
「勇者が……ラルスがここに……!?」
スティーナは眼前に見える小さな教会に目を移すと、すくっと立ち上がる。
「お爺さん、村の皆さんを連れて早くここから逃げて下さい。私が様子を見に行ってきます」
「お嬢ちゃん一人でか!? 危ないぞ……!」
「私は魔道士ですから、危なくなったら魔法を使って逃げます。だから、お爺さん達も急いで逃げて下さい」
「わ、分かった。くれぐれも気を付けるんじゃぞ?」
「はい、お爺さん達も」
老人は村人達を起こすとスティーナに礼を言い、全員足早に村から出て行った。
スティーナは教会の前まで来ると、小さく深呼吸をする。
(ここにラルスが……。どうか無事でいて……!)
スティーナはゴクリと唾を呑み込み、魔法をいつでも使えるよう体勢を整えると、教会の両開き扉をゆっくりと開けた。
ギイィィ……と木が軋む音が響き、扉が開け放たれる。
――そこに、見知った後ろ姿があった。
癖っ毛の金髪に、長身で引き締まった体躯。
勇者『ラルス・フォルティマ』が、地面に足を付け、ステンドグラスの神秘的な光を浴びて立っていた。
スティーナが会いたかった人が、今そこに――
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