極悪魔女は英雄から逃亡する 〜勇者を求め逃げ続ける魔女と、彼女を溺愛し追い続ける英雄の、誤解から始まる攻防〜

望月 或

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28.魔女の過去 ――そして少女は全てに

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「いや~素晴らしい! よくやりましたね。約束通り、“暴走”を止めてあげましょう」

 パキィン、とガラスの割れるような音が響き、妖しい光を放ち続けていた腕輪が砕け散る。
 すると、彼女の周りで激しく渦巻いていた風が徐々に消え、辺りは静けさを取り戻した。

「勇者は……あぁ、本当に死んでいますね。フフッ、こんなに傷だらけになって……。絶望感も抱いたでしょうかねぇ? ご苦労様でした。これで人間界への侵攻がかなり楽になりますよ。ヒャハハッ」

 ブラエは上機嫌で、物言わないラルスを抱きしめ涙を零しているスティーナに言葉を投げる。

「貴女はもう必要ありません。人間に情を移した魔族なんて、魔界には不必要です。――そうそう、先程ですが、騒ぎを聞き付けてこの町の衛兵の一人が様子を見に来ていましたよ。そして、貴女が勇者を殺すところをしかと見ていました。今は仲間を呼びに行ったようですね。私には気付かなかったみたいです。ま、死角にいましたからねぇ」
「……え……?」
「もうすぐ他の衛兵達を引き連れてここに来るでしょうね。そして、貴女は牢獄に入れられ、勇者殺害の罪で処刑されるでしょう。皇帝に次ぐ位の勇者を殺した訳ですから、かなり残忍な刑を執行されるんじゃないですか? 私に殺されるより、残忍な……ね?」

 ニタリ、とブラエは口の端を持ち上げて嗤う。


「まぁでも、貴女は勇者殺害に貢献しましたからね。御褒美として、良い事を教えて差し上げましょう。――あの世で、家族と会えますよ」


「…………。え?」

 スティーナの涙に濡れた瞳が、ゆっくりと大きく見開かれる。

「実はこちらに来る前、貴女の家族を全員殺してきたんですよ。何回か貴女の様子を見させて頂きましたが、どの人間に対しても情を見せていました。親交を深めるのは勇者だけで良かったのに、です。なので、貴女は魔界に必要ないと判断しました。それは貴女を育てた貴女の家族も同罪です。……何度も言いますが、私は嘘は言いませんよ?」
「……あ、あ……ぁ――」
「良かったですねぇ。また家族で仲良く暮らせますよ、あの世でね。――ま、あの世なんてあるか分かりませんが。ヒャハハッ」

 ブラエは再び耳障りな嗤い声を響かせると、不意に顔を顰め咳込み始めた。

「――ぐ、ゲホゲホッ! ちっ、人間界の毒を多く吸い込み過ぎたか……。さようなら、お嬢さん。地獄の苦しみを味わいながら死んで下さいね」

 ブラエは懐から『移動ロール』を取り出すと、風のように消えていった。

「…………」

 スティーナは虚ろな瞳で、自分の腕の中にいる、動かない傷だらけのラルスを見下ろす。


「……ごめんね、ラルス。私、守れなかった。あなたが命を賭けてくれたのに、守れなかった……」


 ポタポタと、ラルスの頬にスティーナの涙が流れ落ちる。
 すると、おもむろに彼の身体が光り始め、カッと激しい閃光を放った。

「――っ!?」

 その眩い光が消えた時、ラルスと“聖剣”の姿はどこにも無くなっていた。


「ラルス……。いなくなっちゃった。お父さん、お母さん、アグネも。みんな、みんな……。わ、わたしを、おいて……。――う、うぅっ……うああぁぁぁっっ!!」


 スティーナは、堰が切れたように声を出して泣きじゃくる。


 後ろから聞こえる、乱雑に地面を踏む複数の足音にも気付かずに――


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