事故から目覚めた最愛の妻は言った。「何故いるの? 貴方とはもう離婚してるのに。貴方の浮気の所為で」

望月 或

文字の大きさ
上 下
20 / 22

20.夫の“隠し事”

しおりを挟む



 これまでの事の説明を受けていたシェラルの顔は青褪めていたが、やがてポツリと質問を口にした。


「どうして、セリュード様とエルモア様はそんな事をしたの……?」


 ディクスはシェラルのその問いに、苦虫を噛み潰したような顔で唇を開いた。


「それは……。――セリュードは貴女を手に入れる為、第二王女は僕を手に入れる為……です」
「え……」
「利害が一致した二人は、協力体制を取ったんです。僕達を別れさせて、それぞれ己の好きな者を手に入れる為に」
「……セリュード様が……私を……?」


 彼とはあまり接点が無かった。
 城で会っても、挨拶をする程度の関係だった筈だ。


「そんなの信じられないわ……。エルモア様がディーの事を好きになるのは分かるけど……」
「シェラ。僕は夜会で、貴女の憂いに佇む姿に一目惚れをしました。貴女は黙って立っているだけでも魅力的なんです。セリュードの気持ちが分かるのが悔しいですが」
「えっ」


(ただ『早く帰りたい』って思いながら突っ立ってただけなのに!?)


 瞬間、シェラルの顔が真っ赤になる。


「そう……そういう顔も、ですよ。そんな可愛い顔、どの男にも見せたくありません。――いえ、全国民に『彼女は僕の妻だ』と自慢したい気持ちもありますね。悩ましいところです……」
「そ……そんな事言わなくていいからっ!」


 照れ隠しなのか、ディクスの腕の中で暴れるシェラルに、彼は愛おしさを感じクスリと微笑む。


「団長~、二人だけの世界に入ってイチャイチャするんだったら、おれもう行っていいッスか~?」


 そこで、ケインがやってられないという雰囲気を丸出しにして言葉を投げてきた。


「あぁ……ケイン、君のお蔭で助かりました。ありがとうございます。ついでに君の下にいる奴を牢にブチ込んできてくれますか?」
「りょーかいッスよ~。お礼は今度高級焼肉を奢るでお願いするッス」


 ケインはセリュードを軽々と担ぎ上げると、さっさと部屋から出て行った。


「……セリュードと第二王女は、やってはいけない重い罪を犯しました。離婚届の偽造に、偽造離婚届の無断提出……。『幻覚魔法』も、本来は魔族や魔物が対象で、余程の理由が無い限りは、人には決して掛けてはいけないものです。“幻覚”で人の人生を左右してしまう、恐ろしい魔法ですからね」
「……えぇ、そうね……」
「そして今回、彼らは貴女に睡眠薬を飲ませました。恐らく王女付きの侍女が、王女の命で貴女のカップに睡眠薬を染み込ませたのでしょう。彼女もすぐに捕まり、罪に問われるでしょうね」
「……そう、だったの……。変な味のお茶を飲んだ後、眠気が耐えられなくなったのはその所為だったのね……」
「そうです。近い内、彼らは幾つもの不正行為の罪で、然るべき『罰』を受けるでしょう。離婚届の取消も近い内に行われると思います。事件は漸く終わったんです。ですから、もう安心していいですよ」


 そう言って微笑むディクスに、シェラルは真剣な眼差しを向けた。


「……いいえ、まだよ」
「え……?」
「貴方の“隠し事”がまだ解決していないわ」
「…………っ」


 ディクスは息を呑み、シェラルの真面目な面持ちを見つめる。


「…………」


 やがて彼は、長い睫毛を伏せて俯き、大きく息を吐いた。


「……そう、ですね……。仰る通りです……。――今晩、僕の部屋に来てくれますか? そこで全てをお話します」
「……えぇ、分かったわ」
「……僕を、嫌いにならない事を……祈ります」


 ディクスは切なそうに微笑むと、シェラルの身体をそっと離した。


「色々と後始末が残っているので、行ってきますね。一人で大丈夫ですか?」
「えぇ、問題無いわ。大丈夫よ」
「まだ『幻覚魔法』の余韻が残っていると思うので、無理せずゆっくりと歩いて下さい。馬車を城門前に呼んでおきますので、気を付けて帰って下さいね。――では、また夜に……」
「えぇ。ディーも無理しないでね」
「ありがとうございます」


 ディクスは小さく微笑すると、シェラルの頭をそっと撫で、部屋から出て行った。


「……『嫌いにならない事を祈る』、……か」


(やっぱり、「実は愛人がいましたー」っていう落ちかしら……。コソコソと女性の服を買っていたし……)


「……どんな結果であろうとも、私はそれを受け止めるだけだわ。別れるか別れないかは、その時に決めればいいのよ」


 シェラルはそう決意すると息をつき、部屋から静かに退出したのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 後日、セリュードとエルモアの処罰が決まった。

 セリュードは団長から一般兵に階級を落とされ、服役後、強力な魔物が多く治安が悪い地方へ赴任となった。要は左遷され、飛ばされたのだ。
 勿論、『幻覚魔法』は上級魔法士によって、二度と使えないように封印された。


 プライドの高い彼はこれから、今まで自分の立場だった『上官』の命令に絶対的に従い、一般兵に交じって魔物達と命懸けで戦うという、最大の屈辱を日々強いられる事になる――



 エルモアは、遥か遠くの小国の第二王子のもとに嫁ぐ事になった。
 そこは辺境にあり、煌びやかなお店やお洒落なお店など程遠い、国民達がほぼ自給自足な生活をしており、城の者達も節約に力を入れている田舎の小国だ。

 王城の贅沢な暮らしに慣れ散財三昧だったエルモアは、そこの生活に一日持つかどうか分からない。
 すぐに嫌気が差して泣きを見る事は間違いないだろう。

 だが、辺鄙な場所にあるその小国は、一度渡ったら最後、なかなか戻って来られない。
 テラアレル王国国王は、前々からエルモアの妄想癖や我が儘な所業に頭を悩ませており、今回の事件を機に、彼女に見切りをつけたのだった。

 小国の第二王子は、エルモアの好みとは正反対の見目で、性格は俺様で乱暴者だが、節約に執念を燃やしているという。


 エルモアの、苦難と嘆きの日々が始まる――




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ――事件が解決した、その日の夜。

 シェラルはディクスの部屋の前で、ノックをする体勢のまま固まっていた。
 いざその時になると、話を聞くのが怖いと思う自分が出てきて。

 かれこれ十分は扉の前でウロウロしていて、意を決してノックしようとしたが、動けずそこに立ったままでいたのだった。
 すると、


「――シェラ? 入ってきていいですよ?」


 と、扉の向こうからディクスの声が聞こえてきた。


(思いっ切りバレてた……!!)


 そうだ、彼は騎士団長だ。扉のすぐ先で何かがウロウロと怪しい動きをしている気配など、すぐに気付いていたんだろう。
 シェラルは大きく息をつくと、覚悟を決め扉をカチャリと開けた。


 そこにいたのは――



「……あ……」



 身体の線が分からない、全体的にフンワリとした清楚なワンピースを着て。

 サラサラとした腰まである長髪の、細身でとても美麗な女性が、憂いの表情でこちらを見つめ立っていたのだった――




しおりを挟む
感想 130

あなたにおすすめの小説

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

真実の愛の取扱説明

ましろ
恋愛
「これは契約結婚だ。私には愛する人がいる。 君を抱く気はないし、子供を産むのも君ではない」 「あら、では私は美味しいとこ取りをしてよいということですのね?」 「は?」 真実の愛の為に契約結婚を持ち掛ける男と、そんな男の浪漫を打ち砕く女のお話。 ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ・話のタイトルを変更しました。

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】結婚しておりませんけど?

との
恋愛
「アリーシャ⋯⋯愛してる」 「私も愛してるわ、イーサン」 真実の愛復活で盛り上がる2人ですが、イーサン・ボクスと私サラ・モーガンは今日婚約したばかりなんですけどね。 しかもこの2人、結婚式やら愛の巣やらの準備をはじめた上に私にその費用を負担させようとしはじめました。頭大丈夫ですかね〜。 盛大なるざまぁ⋯⋯いえ、バリエーション豊かなざまぁを楽しんでいただきます。 だって、私の友達が張り切っていまして⋯⋯。どうせならみんなで盛り上がろうと、これはもう『ざまぁパーティー』ですかね。 「俺の苺ちゃんがあ〜」 「早い者勝ち」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結しました。HOT2位感謝です\(//∇//)\ R15は念の為・・

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...