私、自立します! 聖女様とお幸せに ―薄倖の沈黙娘は悪魔辺境伯に溺愛される―

望月 或

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11.悪魔辺境伯と沈黙娘の夜

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 ――その日の夜。

 眠る準備をしたフレイシルは、恐る恐るセリュシオンの部屋の扉をノックした。


「入っていいぜ」


 彼の声が中から聞こえ、フレイシルは静かに扉を開けた。
 セリュシオンは、長袖シャツとスラックスという楽な格好でベッドの端に座っていた。
 オドオドしているフレイシルの様子を見て、セリュシオンは「ふはっ」と笑う。


「緊張してんのか? 取って食いはしねぇよ。マジで何もしねーから大丈夫だって。ほら、こっち来いよ」


 セリュシオンは、そろそろと近付いてきたフレイシルの手を掴むと、抱き上げベッドに降ろす。彼もその横で、頭の後ろで手を組みゴロンと寝転んだ。


「あー……。も一つ、安心させる為に言っとくか。オレ、好きなヤツがいるんだ。だからお前にはぜってぇに手を出さねぇよ」


 フレイシルは驚き、そこで手帖とペンを忘れたことに気が付いた。


「ん? 何か訊きてぇのか? 紙とペン持ってこようか?」


 上半身を起き上がらせたセリュシオンだったが、そんな手間を掛けさせるわけにはいかないとフレイシルは首を横に振った。
 そしてセリュシオンの片手をそっと掴んで、その手のひらに文字を書き始めた。


「ふはっ、くすぐってぇ。でも何かいいな、コレ。――なになに? 『それは聖女様?』ばっか、ちげーよ。誰があんなの好きになるかっての。オレが好きなのは、六年前に会った銀色の髪の、笑顔がすっげぇ可愛い女の子さ。……突然、別れる形になっちまってさ……。また会えることを切に願ってんだ」


 フレイシルは目を細めて微笑むと、再び手のひらに文字を書いた。


「『六年間も想い続けるなんて素敵です。私も会えるよう願います』? ははっ、ありがとな。――ん? 『私も好きな人がいます』って? それって、前の屋敷にいた息子のことか? アディに聞いたけど、良くして貰ったって。けど――」


 言葉を切り、顔を顰めるセリュシオン。フレイシルは少し悲しそうに微笑むと、指を動かし書き始めた。


「『その人は私に優しくしてくれて、本当の“兄”のように思っていました。最初から引き立て役のペット扱いだったことはすごくショックでしたが』、か……。マジにムカつくな、その息子。オレがボッコボコのメッタメタのグッチャグチャにしてきてやるよ」


 額に青筋を立てて憤るセリュシオンに、フレイシルは自分のことのように怒ってくれる彼に感謝をした。
 お礼の代わりに彼の手をギュッと握り締めると、また手のひらの上で指を動かす。


「えっと……『私の好きな人は、黒の髪と瞳の男の人です。その人も笑顔が太陽のように眩しくて素敵でした。私の所為で離れ離れになってしまったのですが、もしまた会えたら、伝えたかったことを伝えようと思っています』、か。そっか……会えるといいな、ソイツに」


 セリュシオンの言葉に、フレイシルは嬉しそうに微笑んで頷いた。その笑顔に、思わず目を奪われてしまう。

 まるで、“あの子”の笑顔のようで――

 熱くなった頬を悟られないように、セリュシオンはそっぽを向いた。


「そ……そういや、オレに『浄化魔法』を掛ける時、口移ししてたけど、お前初めてだったか? もしそうなら悪いことしたな……」


 フレイシルは、その質問に顔を真っ赤にさせると、小さく首を横に振り、セリュシオンの手のひらに書き始めた。


「『好きな人としたから大丈夫です』、か。……ふぅん、そっか」


 頬を染めながら可愛らしくモジモジしているフレイシルを見下ろしたセリュシオンは、自分の中に表れたモヤモヤとした気持ちには気付かない振りをした。
 フレイシルの小さくふっくらした手を握りしめ、彼女を寝かせて毛布を掛ける。自分も再びゴロリと寝転んだ。


「そろそろ寝ようぜ。何もしねーとは言ったが、手を繋ぐのは許してくれ。お前に触れていると、オレん中の魔物が更に大人しくなるんだよ。お前の“浄化”の力が余程イヤらしいな」


 フレイシルはコクリと頷いたが、セリュシオンが反対側を向いている為、分かっていないだろう。
 だから代わりに、彼の大きな手をギュッと握り返した。彼の肩がピクリと動いたが、それだけだった。


 フレイシルはそっと目を瞑ると、すぐに眠りの世界へと落ちていった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「……寝た、か……」


 スースーと寝息を立てながら、気持ち良さそうに眠るフレイシルに、セリュシオンの顔に自然と笑みが零れる。
 手は繋がったままだ。セリュシオンは静かに上半身を起こすと、反対側の手で彼女の頭を優しく撫でた。


「……なぁ、フレイシル。お前はどうして――」


 彼女の頬を撫でていると、ネグリジェが少しずれ、肩が出ていることに気が付いた。
 直そうと伸ばした手が、途中でピタリと止まる。肩の下辺りに紫色の痣があったのだ。


「……フレイシル、ごめんな……?」


 一言謝り、彼女が起きないようにネグリジェをはだけさせ――セリュシオンは顔を強張らせ、言葉を失った。
 
 フレイシルの身体中に、大小様々な痣がビッシリとついていたのだ。それは古い痣から、新しくクッキリとしている痣まで。
 治療をして貰えなかったのだろう。きっと今もまだ痛む痣だってあるはずだ。

 ずっと残り続ける痕だって――

 この痣の状態で、フレイシルが長い間激しい暴行を受けていたことは明らかだった。


「……あのゴミクズクソ害虫どもが……ッ!!」


 奥歯を強く噛み締める。憤怒で頭がどうにかなりそうだった。
 怒りで震える手でネグリジェを戻し、セリュシオンは彼女の身体を労るように優しく抱きしめた。
 
 

 せめて夢の中では、何の痛みも苦しみもない、幸せな感情を抱いているように祈りながら――




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