11 / 47
11.悪魔辺境伯と沈黙娘の夜
しおりを挟む――その日の夜。
眠る準備をしたフレイシルは、恐る恐るセリュシオンの部屋の扉をノックした。
「入っていいぜ」
彼の声が中から聞こえ、フレイシルは静かに扉を開けた。
セリュシオンは、長袖シャツとスラックスという楽な格好でベッドの端に座っていた。
オドオドしているフレイシルの様子を見て、セリュシオンは「ふはっ」と笑う。
「緊張してんのか? 取って食いはしねぇよ。マジで何もしねーから大丈夫だって。ほら、こっち来いよ」
セリュシオンは、そろそろと近付いてきたフレイシルの手を掴むと、抱き上げベッドに降ろす。彼もその横で、頭の後ろで手を組みゴロンと寝転んだ。
「あー……。も一つ、安心させる為に言っとくか。オレ、好きなヤツがいるんだ。だからお前にはぜってぇに手を出さねぇよ」
フレイシルは驚き、そこで手帖とペンを忘れたことに気が付いた。
「ん? 何か訊きてぇのか? 紙とペン持ってこようか?」
上半身を起き上がらせたセリュシオンだったが、そんな手間を掛けさせるわけにはいかないとフレイシルは首を横に振った。
そしてセリュシオンの片手をそっと掴んで、その手のひらに文字を書き始めた。
「ふはっ、くすぐってぇ。でも何かいいな、コレ。――なになに? 『それは聖女様?』ばっか、ちげーよ。誰があんなの好きになるかっての。オレが好きなのは、六年前に会った銀色の髪の、笑顔がすっげぇ可愛い女の子さ。……突然、別れる形になっちまってさ……。また会えることを切に願ってんだ」
フレイシルは目を細めて微笑むと、再び手のひらに文字を書いた。
「『六年間も想い続けるなんて素敵です。私も会えるよう願います』? ははっ、ありがとな。――ん? 『私も好きな人がいます』って? それって、前の屋敷にいた息子のことか? アディに聞いたけど、良くして貰ったって。けど――」
言葉を切り、顔を顰めるセリュシオン。フレイシルは少し悲しそうに微笑むと、指を動かし書き始めた。
「『その人は私に優しくしてくれて、本当の“兄”のように思っていました。最初から引き立て役のペット扱いだったことはすごくショックでしたが』、か……。マジにムカつくな、その息子。オレがボッコボコのメッタメタのグッチャグチャにしてきてやるよ」
額に青筋を立てて憤るセリュシオンに、フレイシルは自分のことのように怒ってくれる彼に感謝をした。
お礼の代わりに彼の手をギュッと握り締めると、また手のひらの上で指を動かす。
「えっと……『私の好きな人は、黒の髪と瞳の男の人です。その人も笑顔が太陽のように眩しくて素敵でした。私の所為で離れ離れになってしまったのですが、もしまた会えたら、伝えたかったことを伝えようと思っています』、か。そっか……会えるといいな、ソイツに」
セリュシオンの言葉に、フレイシルは嬉しそうに微笑んで頷いた。その笑顔に、思わず目を奪われてしまう。
まるで、“あの子”の笑顔のようで――
熱くなった頬を悟られないように、セリュシオンはそっぽを向いた。
「そ……そういや、オレに『浄化魔法』を掛ける時、口移ししてたけど、お前初めてだったか? もしそうなら悪いことしたな……」
フレイシルは、その質問に顔を真っ赤にさせると、小さく首を横に振り、セリュシオンの手のひらに書き始めた。
「『好きな人としたから大丈夫です』、か。……ふぅん、そっか」
頬を染めながら可愛らしくモジモジしているフレイシルを見下ろしたセリュシオンは、自分の中に表れたモヤモヤとした気持ちには気付かない振りをした。
フレイシルの小さくふっくらした手を握りしめ、彼女を寝かせて毛布を掛ける。自分も再びゴロリと寝転んだ。
「そろそろ寝ようぜ。何もしねーとは言ったが、手を繋ぐのは許してくれ。お前に触れていると、オレん中の魔物が更に大人しくなるんだよ。お前の“浄化”の力が余程イヤらしいな」
フレイシルはコクリと頷いたが、セリュシオンが反対側を向いている為、分かっていないだろう。
だから代わりに、彼の大きな手をギュッと握り返した。彼の肩がピクリと動いたが、それだけだった。
フレイシルはそっと目を瞑ると、すぐに眠りの世界へと落ちていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……寝た、か……」
スースーと寝息を立てながら、気持ち良さそうに眠るフレイシルに、セリュシオンの顔に自然と笑みが零れる。
手は繋がったままだ。セリュシオンは静かに上半身を起こすと、反対側の手で彼女の頭を優しく撫でた。
「……なぁ、フレイシル。お前はどうして――」
彼女の頬を撫でていると、ネグリジェが少しずれ、肩が出ていることに気が付いた。
直そうと伸ばした手が、途中でピタリと止まる。肩の下辺りに紫色の痣があったのだ。
「……フレイシル、ごめんな……?」
一言謝り、彼女が起きないようにネグリジェをはだけさせ――セリュシオンは顔を強張らせ、言葉を失った。
フレイシルの身体中に、大小様々な痣がビッシリとついていたのだ。それは古い痣から、新しくクッキリとしている痣まで。
治療をして貰えなかったのだろう。きっと今もまだ痛む痣だってあるはずだ。
ずっと残り続ける痕だって――
この痣の状態で、フレイシルが長い間激しい暴行を受けていたことは明らかだった。
「……あのゴミクズクソ害虫どもが……ッ!!」
奥歯を強く噛み締める。憤怒で頭がどうにかなりそうだった。
怒りで震える手でネグリジェを戻し、セリュシオンは彼女の身体を労るように優しく抱きしめた。
せめて夢の中では、何の痛みも苦しみもない、幸せな感情を抱いているように祈りながら――
1,775
あなたにおすすめの小説
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
【完結】嫌われ公女が継母になった結果
三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。
わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~
白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」
枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。
土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。
「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」
あなた誰!?
やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!
虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる