15 / 34
第一章 愛さないと決めた男と愛すると決めた娘
15.執務室にて――伯爵の推理と執事の思惑
**********
「なぁヴォルター。俺の奥さんは“あの子”の生まれ変わりだと思うんだ。――いや、絶対にそうだ」
執務机に両肘をつき、顎を手の甲で支えている真面目な顔つきのジークハルトに、ヴォルターは目を瞬かせながら問い返した。
「何です藪から棒に。どのような根拠でそう思われたのですか?」
「まず、レモンクッキーとダージリンだ。いつも母上が俺に買って来てくれたレモンクッキーが唯一食べられる甘味であることは、人間では母上しか知らなかった。だが、いつも俺と一緒にいた“あの子”はそれを知っていた筈だ。ダージリンの味もそうだ。俺はまだ小さかったから、母上が二番摘みだと言ってもよく分からず、頭に残らなかったんだと思う。けど“あの子”は利口だからな。ちゃんと母上の言葉を覚えていた」
「ほぉ……」
「それに、俺の話を聞く時、小さく首を傾げてジッと俺の目を見つめるところ、そしてあのフワフワな栗色の髪は、“あの子”の毛と同じ最高の触感だ。ユーシアは栗色の瞳だが、光が当たると黄金色になる。それは“あの子”の瞳の色と同じだ。あと丸まって眠る姿もそっくりだ。可愛過ぎて悶絶しそうになった」
ジークハルトが最後に言った言葉に、ヴォルターは思わずジト目になって訊いてしまった。
「……よく見てらっしゃいますね……。それにいつ寝姿を見たのですか……。お二人、別々の部屋で就寝されていますよね……?」
「それは機密事項だ。でもそうか……そうだよな。夫婦なんだし、夜はもう一緒に寝てもいいよな……。――よしそうしよう、早速今日からでも」
クックックと悪者のように笑うジークハルトに、ヴォルターは呆れた視線を向けてしまう。
(……要は覗きに行かれたのですね……)
「確信したのは、ユーシアが暗黒竜に魔法を放つ前に言った言葉だ。無意識だろうが、俺を『ジーク』と呼んだ。その愛称は、母上とヴォルターが、俺と二人きりの時にしか呼ばないものだ。勿論“あの子”はその愛称を知っている……」
「成る程……。そう考えますと、確かに信憑性は高いですな……」
「だろ? けど、どうしてユーシアは俺に『“あの子”の生まれ変わりだ』と言ってくれないんだ? 俺が喜ぶことは分かっている筈なのに――」
「それは、きっと……“彼女”を通してではなく、ユーシア様自身を見て欲しいから……でしょうかね?」
ヴォルターの返答を聞くと、ジークハルトの瞳が大きく見開き、すぐに誰にも見せられないような締まらない表情に変わった。
「――ははっ、そうかそうか。そんなこと心配しなくていいのに。ユーシアを愛したのは、“あの子”の生まれ変わりだとまだ気付かない時なのに。本当に可愛くて愛しいったらないな、俺の奥さんは。なら、その心配を吹き飛ばすくらいにグズグズに甘やかせて、溶けるくらいに愛してあげよう。今までの辛さや苦しみが消えて無くなるくらいに……。ククッ。あぁ、今日の夜が愉しみだ――」
(……あぁ……。余計なことを言ってしまったか……。申し訳ございません、奥様……)
悪人面で色々と妄想しているであろう主を邪魔しては悪いと、「ではわたくしはこれで失礼します」と部屋を出ようとしたところ、後ろから呼び止められる。
「なぁ、ヴォルター。前から気になっていたことがあるんだが」
「はい、何でございましょう?」
真面目な口調に、ヴォルターは身体ごとジークハルトの方に向き直った。
「貴方は俺の縁談相手を、ウルグレイン家の名に恥じぬよう、しっかりと吟味して選んでいた筈だ。しかし今回は“あの”ランブノー家の長女を選んだ」
「…………」
ヴォルターは黙ってジークハルトの話に耳を傾ける。
「長女は縁談を嫌がり、両親も長女を嫁に出したくなかったので、次女であるユーシアが縁談を受けることになった。……貴方はその流れを見越していたのではないか? ユーシアのことを調べ、彼女の環境から虐待を受けていると推測した貴方は、彼女を救うことも含めてランブノー家の長女に縁談を申し込んだ。ユーシアに直接縁談を申し込まなかったのは、ランブノー家の体裁の配慮と、姉ではなく妹が選ばれたというやっかみで、ユーシアへの虐待が酷くなるのを防ぐ為だったんだろう?」
ジークハルトの言葉に、ヴォルターは首を左右に振り、小さく肩を竦めた。
「……さぁ、どうだったでしょうか? わたくし歳なもので、最近物忘れが酷くて困っております」
ヴォルターの反応に、ジークハルトは小さく苦笑する。
「……フッ。――本当に、貴方には昔から敵わないな。俺の大事な奥さんを救ってくれてありがとう」
ジークハルトの感謝の言葉に、ヴォルターはただ微笑んで返したのだった。
**********
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。
夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。
真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。
そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。
数量は合っている。
だが、なぜか中身の重量だけが減っている。
違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。
そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。
しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。
それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。
「では、正式な監査をお願いいたします」
やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり――
隠されていた不正はすべて暴かれる。
そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。
これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、
“正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。
ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。
ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。
そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。
「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。
冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。
皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。
小説家になろう、カクヨムでも連載中です。
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。
長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様!
しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが?
だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど!
義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて……
もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。
「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。
しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。
ねえ、どうして? 前妻さんに何があったの?
そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!?
恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。
私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。
*他サイトにも公開しています