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第二章 怪しく暗躍する影と二人の絆
16.旦那様はやりたい放題
「フワ! おいで、こっちだよ!」
高い樹の太い枝に腰掛けながら声を出したのは、輝く金色の髪と、澄み渡る空のような蒼い瞳を持った、可愛らしい男の子だった。
ニコニコと無邪気な笑顔で、樹の真下にいる、栗色のフワフワな毛をした猫に手を振っている。
フワと呼ばれたその猫は、小さく首を傾げると一気に樹の上を駆け登り、その男の子の下へと走って行った。
「あははっ! やっぱりフワはすごいね! 簡単にこの樹を登ってくるんだから。ぼくも早くフワのようにサーッと登れるようになりたいなぁ」
自分の近くに来たフワを男の子は抱き上げると、ギュッと抱きしめてその体に頬擦りをする。
「やっぱりフワフワでお日さまのいい匂いでとっても気持ちいいなぁ。いつまでもこうしてたいよ。――ね、フワ。いち足すにぃは?」
フワフワの毛に頬擦りしながらの、悪戯っぽく笑う男の子の唐突な質問に、フワは軽く首を傾げた後、
「にゃあにゃあにゃあ」
と鳴いた。
「うん、せいかい! フワすごいよ! ぼくの言葉が分かるし頭いいしカワイイし、きみはぼくのサイコーのトモダチだよ! いつまでも一緒にいようね、フワ。大好きだよ」
男の子がフワの頭を撫でると、フワは「にゃん」と目を細めて鳴き、男の子に擦り寄る。
男の子は自分の母親に呼ばれるまでフワを抱きしめ、嬉しそうにその体をずっと撫でていた――
**********
「……今のは……子供の頃の伯爵様とフワ?」
パチリと目を開け、私は今見た夢をボーッとしている頭で反芻していた。
『うん、そうだね。私の記憶の一部がユーシアの脳に入っちゃったみたい。久し振りに懐かしい光景を見たなぁ』
私の独り言に、自分の心の中から返事が聞こえてきた。
“彼女”は、私の中に“魂の欠片”となって入っている、ウルグレイン伯爵が子供の頃に飼っていた猫の『フワ』だ。
ちなみに名付け親は、言わずもがな彼だ。その由来も、言わなくても……ね?
今までは“彼女”の声が一方的に聞こえてくるだけで会話が出来なかったのだが、私が己の“恐怖”に打ち勝ち、吹っ切れて『破壊魔法』を自由に使えるようになってから、何故か“彼女”と普通に話せるようになったのだ。
「フワって、猫の時から人間の言葉が分かっていたの?」
『うん、何となくだけどね』
「すごいなぁ。簡単な計算も出来るし、フワは猫界で一番の天才だったんじゃ――」
そこまで言って私はハッとし、慌てて周りを見回す。
『ジークはもういないよ。いたらユーシアに話し掛けないから。大丈夫だよ』
「……よ、良かった……。フワが私の中にいるってこと、伯爵様には内緒だものね……」
私はホッと安堵の息を漏らす。
『もう朝はとっくに過ぎてるよ。明け方まで激しかったもんね。本当にぐっすり眠ってたよ』
フワの言葉に、私は昨晩のことを一瞬で思い出し、顔から火を噴き出すほど熱くなるのを感じた。
恐る恐る自分の身体を見ると、案の定何も身に着ていない状態で。
私の身体には、自分の家族に付けられた消えない打撲の痣や傷痕があちらこちらにあるんだけど、それを消すかのように朱い痕が身体中に散りばめられていて――
逃げようとする私をベッドに抑えつけ、「上塗りするから」と言って問答無用で痕を付けていく、欲情の熱が強く籠もった蒼い瞳が脳裏に再生され、私は変な悲鳴を上げてベッドに突っ伏した。
この打撲の痣や傷痕を見る度、家族の醜く歪んだ笑みが思い出されて気持ちが沈んでいたけれど、今度からは彼との行為が思い出されて身悶えしそう……。
うぅっ、確かに上塗りされたけれども……!
毎回身悶えするのもそれはそれで……っ!
『何度も何度もすごかったね、ジーク。野獣化してたね。普段から鍛えてるから体力があるのかな。ユーシアが気を失った後も、まだまだー! って感じで、貴女の身体を触りまくってたよ』
「ヒイィッ!! そっ、そんなはしたないこと言うんじゃありません!! ていうか気を失った私の身体を触りまくらないで伯爵様!?」
『触りながら身体中にチューもしてたよ』
「何か気を失う前より痕が増えてる? いやまさかね? って思ってたのにそのまさかぁっ!? 気を失ってる私に何してるの伯爵様ぁっ!?」
『ジークがユーシアをギュッてしながら眠って、先に起きた後も貴女の身体をジィッと見ながらあちこち触ってたよ。ニヤニヤッてしながら。チューもしてたよ。執事さんに呼ばれるまでずっと』
「伯爵様ぁーーっ!? 私が寝てるのをいいことに好き勝手しないでっ!? そして何故そこまでされても全く起きないの私っ!? ていうか伯爵様のニヤニヤ顔が全く想像出来ない……っ!! それは是非見てみたかったぁ!!」
……だ、駄目だ。ツッコミどころが多過ぎてツッコミが止まらない……!!
「……あれ? そう言えば、フワは周りの様子が分かるの? 私が眠っていても?」
『うん。感覚で何となくね』
「……おぉ……。何か色々と最強だね、フワ……」
『そうそう。昨晩、彼のことを何度か「ジーク」って言ってたよ。私がいつも彼のことをジークって呼ぶから、無意識に出ちゃったんだろうね。ジークって呼ぶのは、彼のお母さんと執事さんだけだから気を付けてね。彼はユーシアに夢中だったから多分気付いてなかったと思うけど』
「うぐっ……。その時は頭の中がもう訳分からなくなってたから……。ごめん、気を付けるね」
『……うん、ジークが悪いね。ユーシアは全く悪くないから謝らないで』
「あ、あはは……」
私は苦笑し、気怠い身体を何とか起こすと、部屋に付いているシャワーをお借りしてサッと浴びた。
ちなみにここはウルグレイン伯爵の部屋だ。何故か昨晩から一緒に眠ることになったのだ。
「夫婦は一緒に寝るのが当たり前だからな」と彼は断言していたけど、そういうものなのかな?
そこら辺知識が無いから分からないけど、彼がそう言うのだから間違いは無いのだろう。
今まで誰も部屋に入って来ないところを見ると、ウルグレイン伯爵――あ、もう旦那様になったんだ――が、皆に「もう少し寝かせてやってくれ」と伝えたのかもしれない。
そうだとすると、昨晩のことを皆が知っている――?
私はまた変な悲鳴を上げて頭を大きくブンブンと振った。
『どうしたの? ユーシア』
「いや、皆がどんな視線で見てくるのかが想像出来て……うぅっ」
溜息をつくと、私は昨晩着ていたネグリジェとカーディガンを身に着けて、恐る恐る部屋から出たのだった……。
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