初夜開始早々夫からスライディング土下座されたのはこの私です―侯爵子息夫人は夫の恋の相談役―

望月 或

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4.波乱の面会 ◇

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「……成る程。貴殿の『初恋の人』と添い遂げたい為に、我が娘と離縁したい、と。それを私達に認めて欲しい……と」



 ――エルドラト子爵家の応接室にて。

 テーブルを挟んで、グラッド・サオシューアの向かいには、リファレラの両親であるエルドラト子爵と子爵夫人が座っている。
 エルドラト子爵は、リファレラと同じライトブラウンの瞳を細め、同じ色の顎髭を指で撫でている。


「はい。貴殿の御息女のリファレラ殿には、大変申し訳無いことをしたと、深い罪悪の気持ちで一杯です。エルドラト子爵家への援助は、私の私財を投げ打ってでも続けますので、薬草の提供も続けて頂けたら大変有り難く思います」


 グラッドは先程からずっと頭を下げていたが、更に深く頭を下げて謝罪の意を見せる。


「我が娘は何と?」
「リファレラ殿には了承を戴いております」
「ふふっ。うちの娘、この家が大好きだものねぇ? この結婚に最初は渋っていたけれど、家の為を想って決断してくれたのよ。結婚適齢期も過ぎているし、わたし達を安心させたいと言って。あなたのもとで生涯を終える覚悟を持って嫁いでいったのよ?」
「……本当に……本当に申し訳ございません……」


 グラッドは頭をテーブルに擦り付ける程に下げ、謝り続けるしかなかった。


「……貴殿は、考えなかったのですかな?」
「…………え?」


 エルドラト子爵のポツリと落とした問い掛けに、グラッドは思わず顔を上げて彼を見た。
 子爵の表情は、穏やかなままだ。

 
「結婚後すぐに離縁して、貴殿の方は新しい恋人と幸せになるのでしょう。では、娘の方は? 結婚したと思ったらすぐに離縁させられ、実家に戻った娘は、でしょう? 今後ののでしょう? ――貴殿は、一度もそれを考えなかったのですかな?」
「――っ!!」


 ドッと、グラッドの背中から冷や汗が流れ出た。心臓が大きく脈打ち、呼吸が乱れてくる。頭がグラグラと揺れて気持ち悪さが止まらない。


「真っ直ぐに相手を想う気持ちはとても大切なことです。私は妻と恋愛結婚でしたので、貴殿のお気持ちもよく分かります。だけど、貴殿は周りもきちんと見た方がいい。貴殿の行動一つで、誰かを不幸のどん底に落とし入れることもあるのだから」
「……あ……」


 言葉が、上手く出てこない。先程から身体の震えも止まらない。


(僕は……僕は恩人であるリファレラに何て仕打ちを……!!)


「ねぇグラッドさん? ちなみに訊くけれど、『初恋の人』っていつどこで出会ったのかしら?」


 突然、エルドラト子爵夫人がそんなことを訊いてきた。


「……あ、えっと……。二年前の、夕暮れ時の『ダードの森』で……です」
「二年前の、『ダードの森』……。夕暮れ時……」
「はい。彼女が、魔物に殺されそうになった僕を助けてくれたんです。燃えるような紅く長い髪が印象的で……。彼女は僕を助けてすぐに去って行ってしまったんですが、その凛々しく美しい姿に一目惚れしました。薄暗くて顔はよく見えなかったのですが……」
「…………」


 エルドラト子爵と夫人が、何故かポカンとした表情で顔を見合わせている。


「……あ、あの……?」
「……あぁ、申し訳ない。それで、今付き合っている御令嬢は、その紅い髪を持っている、と……?」
「は、はい。紅い髪の女性はこの帝国で滅多にいないので、彼女に間違いないと」


 そこでエルドラト子爵が額に手を当て、盛大な溜め息を吐いた。


「し、子爵……?」
「貴殿は真っ直ぐ過ぎるのが欠点でもありますな……。思い込みが激しいと申しますか……」
「あらあら、困ったものねぇ?」
「は、はい……?」


 子爵夫人がフフッと苦笑するのを、グラッドは混乱する頭でただ眺めていた。


「結論を言いましょう。離縁の許可は、今はしないでおきます。娘の為にも、――貴殿の為にも、ね」
「僕の……為……?」
「お話が済んだのでしたら、お引き取り願います。娘によろしく伝えて下さい」
「ちゃんと食べてよく寝てよく動くのよ、も伝えてね?」
「わ、分かりました……。お時間を下さり、誠にありがとうございました……」



 エルドラト子爵と夫人の面会は、グラッドに大きな波紋を残したまま幕を閉じたのだった。




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