初夜開始早々夫からスライディング土下座されたのはこの私です―侯爵子息夫人は夫の恋の相談役―

望月 或

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5.乱入してきた女

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 ――お昼過ぎ、サオシューア侯爵子息夫人の部屋にて。

 私はテーブルに向かい、書類の整理をしていた。


「好きに過ごしてもいいと言われているのに、ちゃんと毎日お仕事をしているのは流石ですね」
「だって、タダ飯食らいって何か後ろめたいじゃない? 気持ち良く美味しくご飯を戴きたいじゃない! これはその為にやっているようなものよ!」
「ふふっ、そういう真面目なところも大好きですよ」
「あ……あらそう? ありがと、ウフフッ」


 いつも皮肉めいた口を叩いているシルヴィにそう素直に言われると、何だか照れちゃうわ……。


「旦那様、今頃うちの親と面会している頃かしら。無事に離縁を勝ち取ってくれればいいけれど」
「ルイス様とエステア様は、リファレラ様をとても大切に想ってらっしゃるから、恐らく拒否すると思いますよ」


 私はシルヴィの発言に驚いて彼女を見返した。


「えっ、どうして? 大切に想ってくれてるならすぐに離縁を承諾するでしょ? 娘が浮気されてるのよ?」
「グラッド様とリファレラ様は良いかもしれませんが、周りからの印象が問題です。結婚したばかりなのに、すぐに離縁してしまったら――」
「……! あぁ――」


 私はそこで、ようやくシルヴィの言いたいことが理解出来た。


「悪い方の、様々な噂が飛び交っちゃうわね……。社交界は尚更――」
「そういうことです」


 シルヴィがコクリと頷くのを見て、私はテーブルに上半身を突っ伏した。


「そうなると、噂が落ち着くまで暫く家に籠もってなきゃいけなくなるわよね……。それは私的にキツイわ……。――あーぁ、実家に戻るのは暫くお預けかしら……。その間、旦那様の恋の相談役をずっとしなきゃいけないのね……。私だって経験が無いんだから、これ以上は無理よ……」
「『プレゼントは僕を丸ごとあげるよ、ハニー☆ 史上最高のプレゼントだろ? ハハハッ☆』は史上最高に良いアドバイスだと思いましたよ……プフッ」
「ちょっと、何で笑うのよ!? これを言えばお相手だって即イチコロだと思わない!?」
「双方ともに色んな意味で即イチコロですね……ブフフッ」
「どういう意味よ!? 傑作だと思ったのに……」
「色んな意味で傑作――」
「もういいからっ!!」


 その時だ。廊下が何やら騒がしくなり、ドタドタと足音が聞こえてくる。

「お待ち下さい!!」
「止まって下さい!!」

 と、使用人達が次々と叫んでいるようだ。


「どうしたのかしら……?」
「何事でしょう? 私が様子を見に――」
「駄目よ! 貴女に何かあったらどうするの! 私が――」


 シルヴィが扉に向かうのを椅子から立ち上がり止めようとした刹那、扉がバンッと開かれ、一人の女性が姿を現した。
 その女性は般若のように憤怒の顔つきをしていて、髪は血のような真っ赤な色で――真っ赤!?

 この女性、もしかして……!


「アンタがグラッド様と結婚した女ね!? あの人に余計なコト吹き込んだでしょ!? 何が『物じゃなくて僕を見てくれ』よ! キモい……キモ過ぎだわあの髭もじゃブサ男! フザけんじゃないわよ!!」

 
 やはりこの女、『エリーサ』ね!
 そう言えば旦那様、昨晩「エリーサに少し会った後、君の家に行ってくる」って言ってたわね……。その時に二番目のアドバイスの台詞を言ったのね。

 でも、どうやらお気に召さなかったみたい……。
 ふぅ、やっぱりね……。


 私は隣に立つシルヴィにコソコソと耳打ちした。


(ほら、見なさいシルヴィ! やっぱり最初の『プレゼントは僕を丸ごとあげるよ、ハニー☆ 僕の全てをア・ゲ・ル☆ さぁ、遠慮せず受け取ってオ・ク・レ☆ 愛しのマイ・ベリーベリー・スウィート・ハニー☆』の方が良かったのよ!)


「ブハァッ!!」


 私の言葉に、シルヴィが思いっ切り盛大に吹き出した。
 あら? 台詞間違っていたかしら? でも確かこんな感じだったわよね? 最初より長くなった気がするけど、更にもっと良くなったと自負するわ!


「は!? ちょっと!! 何笑ってんのよそこのダサブサメガネ女!!」


 ……コイツ!! シルヴィに向かってなんて口を……っ!!


 怒りで無意識に飛び掛かろうとした私の腕を、シルヴィが掴んで止めた。
 そして、口に手を当て、私の最高傑作の台詞に感動してブルブル打ち震えながらも、首を左右に振る。


 ――あ、そうか……。
 ここには私達だけじゃなく、この騒ぎで殆どの使用人さん達が集まって心配そうに見ている。

 私が乱闘を起こして更に騒ぎになったら、この家全体の問題になってしまう……。下手すればそれ以上に……。
 そんなことになったら、留守にしている旦那様のお父様とお母様に面目が立たないわ。

 ここは我慢よ、我慢……。冷静に冷静に……。


 でも、後でシルヴィのお兄さんに告げ口してやりますからね!!


「アンタね、もう一切口出しするのは止めてくれない!? アンタのお蔭で、アタシの欲しいモノを全然買ってくれなくなるじゃない!!」


 ……この、台詞……。
 あぁ、『嫌な考えほど当たる』って言うけど、本当に当たって欲しくなかったわ……。
 それよりも、彼女……確かストラン男爵家の娘だったはず。

 侯爵家に無断で乗り込んでくるなんて、どれだけ非常識なの!?


「今すぐにお引き取り頂けますか、ストラン男爵令嬢。面会の約束も無しに、無断で格上の貴族の屋敷に入るなんて、非常識にも程がありますよ」
「うるさいわね!! アンタがあの人に何も言わなければ、アタシだって何も言わないわよ!! アンタ、もうすぐ離婚するんでしょ!? ならあの人に余計なこと言わないでよッ!!」
「あら? 一体何のことでしょう? 私と旦那様はそれもうラーブラブで四六時中愛し合っておりますのよ? 昨晩も旦那様の方からくっついてきて、私の手を優しく引いてベッドに……ぽっ」


 前半は大ウソだけど、後半は嘘を全く言っていないわ。相殺すると何も問題なしっ!


「はぁっ!? デタラメ言わないでよこのドブスッ!!」
「あら、事実ですわよ? ――あ、衛兵が来たようですわ。不法侵入で貴女を捕まえ――」
「おっ、覚えてなさいよ……ッ!!」


 私の言葉を聞いて、エリーサは慌てて部屋から駆け出していった。
 勿論、衛兵が来たなんてウソだ。ああいう輩は、『衛兵』の言葉を使えばすぐに逃げるものだ。

 心配そうに見守っていた使用人達に微笑みながら大丈夫だと告げ、持ち場に帰らせた私は、扉を閉め大きく息を吐いた。


「アレが旦那様の『初恋の人』? 超ヤバイ女じゃないの!? しかも悪い懸念点が当たってしまったわ……。絶対に金品目当てじゃないの……」
「はぁ……笑いを堪え過ぎて呼吸困難になるところでしたよ。それにしても嵐のような女でしたね。リファレラ様はやはり『何か』を持っていますね。次々と面白いことが舞い込んできます。いやぁ、羨ましいですねぇ」
「そんな傍迷惑な『何か』なんていらないわよ……」


 私が眉尻を下げ大きく息をつくと、ふとエリーサの“ある言葉”を思い出した。


「……あの女、シルヴィに暴言吐いた上、よりによって私を『ドブス』と言ったわよね!? くっ、人が気にしていることを……っ!!」
「いやいや、リファレラ様は誰が見たってお綺麗ですよ。あの女の僻みです、僻み。気にしなくていいですよ」
「ありがとう!! それでも腹立つの!! シルヴィ、これからギルドに行って来てもいいかしら!? これはもう暴れないと気が済まないわ!!」
「全く……止めても行くんでしょう? いいですよ、でもあまり遅くならないで下さいね? 夕ご飯までには帰ってくるんですよ」
「私のお母さんかしら、シルヴィは。可愛いお母さんで鼻が高いわ。ともかくありがとう! ちょっと行ってくるわね!」


 私はそう言うと、勢いのまま部屋を飛び出したのだった。




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