最愛の番に殺された獣王妃

望月 或

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15.公爵帰宅




「おい、落ちるから早く頭を戻せ」
「あ、ごめんなさい」


 頭に小さな手足でしがみつくユークの声に、私は急いで顔を真っ直ぐに戻す。


「ったく……。“毒”の事だけどな。また何かあった時用に、どっちかが隠し持ってるかもしれねぇぞ。“毒”の入手は裏ルートを使わなきゃ買えねぇし、しかも高価でそう簡単に手に入る物じゃねぇ。高給取りならまだしも、あの二人はそんな代物をそう安々と捨てる事はしねぇはずだ」
「……っ! なるほど、確かにそうね!」


 私はユークの自説に大きく頷くと、顎に手を添え思考する。


「そうなると、証拠を掴む為には――」
「ちょい待ち、考えるのは後だ。急がなくていいのかよ」
「あっ、そうだったわね! まぁ今日も何してもご飯抜きになるんだろうけど、仕事はちゃんとやらなきゃね」
「……まぁ、程々に……な」
「あら、心配してくれてるの? ふふっ、ありがとう」
「…………」


 黙ってしまったユークに私はクスリと笑うと、仁王立ちで『ドドン!』の文字を背後にくっつけて待っているであろうメイド長のもとに急いだのだった。



*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。



 今日は、ウラン・エレスチャル公爵が屋敷に帰ってくる日だ。
 メイド長を筆頭にメイド達が一列に並び、玄関ホールで公爵の帰りを待つ。

 そして、扉を開けてエレスチャル公爵が姿を見せた。
 背がスラリと高く、少し白髪は混じっているが、深緑色の髪と同じ瞳の色が彼を若々しく見せている。
 顔つきは穏やかで、優しそうな雰囲気を醸し出している紳士だった。


「おかえりなさいませ、御主人様」
「あぁ。留守をありがとう」


 一斉に頭を下げるメイド長とメイド達に、声も穏やかに返す公爵へ、私は足音を立てて駆け寄った。


「ウラン様、お会いしたかったです! 私、寂しくて寂しくて……。ウラン様がお戻りになるこの日を今か今かと指折り数えて待っていました!」


 そう涙声で言いながら、私はガバッと公爵に抱きつく。
 リシィの日記で、公爵の事を『御主人様』ではなく『ウラン様』呼びをしていたから、彼にとっては違和感はないはずだ。

 私の奇抜な行動に、メイド達が驚きで目と口を真ん丸くさせ、メイド長の額にピキリと青筋が立ったのを横目で見ながら、公爵の胸に顔を埋めた。

 公爵は目を瞠って私を受け止めると、深緑色の瞳を細めて笑った。


「おやおや……ふふっ。皆の前で君が甘えるなんて珍しいね。頭の上のウサギのぬいぐるみはどうしたんだい? 可愛いね」
「町で買った『幸運のウサギ』です。最近私、色々と辛い事や悲しい事があって、少しでも幸運に恵まれればと思って……」
「……あぁ、そうだね。すまないね、リシィ。なかなか傍にいてあげられなくて……」
「いいんです。戻られた時、こうやってウラン様に抱きしめてもらえれば……」
「ははっ、そうかそうか。そんな事なら、いくらでもしてあげるよ」


 公爵は嬉しそうに微笑うと、私を優しく抱きしめ返してくれた。
 メイド長の背後からドス黒い炎が轟々と燃え上がっているけれど、そんなの知ったこっちゃない。



 それから私は、事あるごとにウラン様のもとへ行き、くっついて歩いた。
 日記を読むに、リシィはウラン様の事を父親のように想っていたようだし、ウラン様と接していると、彼も彼女の事を実の娘のように想っている事が伝わってくる。


(ユーディアさんが生きていたら、素敵な親子になれただろうに……)


 私は胸にチクチクと切なさを感じながら、リシィがウラン様にしたかったであろう甘える事を、積極的にしていったのだった。



*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。



「ちょっとリシィ、貴女御主人様に纏わり過ぎですわ。御主人様は貴女に構っている暇はないのだから、少しは自重しなさい。あのお方も迷惑に思っているに違いありませんわ」


 そんなある日、メイド長が腰に手を当て怒り顔でそう言ってきた。
 勿論、ウラン様がいない時に。

 ウラン様が戻られてから、メイド長は流石に私に対しご飯抜きや理不尽な仕事の量を押し付けるわけにもいかず、普通に三食食事が取れて、仕事も本来の内容に戻り、平和な日々を過ごしている。
 ユークの分の食事は、夜にコッソリ厨房を借りて作っているので安心して欲しい。

 自分の思い通りに出来ず悶々としているところに私がウラン様に甘えて、彼も嬉しそうに応対しているから、メイド長はイライラ度が最大値まで上がっているだろう。


「え? そんな事ありませんよ。ウラン様も私と一緒にいられて嬉しいと笑顔で仰ってくれています。私もウラン様のお傍にいられる事がとても嬉しいです。だって私、あの方の事大好きだから……」
「はっ!? 何ですってぇ!?」
「私、ウラン様からずっと離れません。ずっとお傍にいます。あの方の隣は私一人で十分です」
「……っ!!」


 メイド長の顔が瞬時に般若の顔に変わったけれど、私は頬を染めながら、ウラン様の素敵な点をウットリと並べていく。


「……そんなわけで、私、ウラン様の事が大好き大好きで堪りません。――あっ、あの方のところに行かなきゃ! もう今日の分の仕事は終わったのでいいですよね? それでは失礼します」


 私は真っ赤な顔でワナワナと震えているメイド長に頭を下げると、ニコニコ顔でウラン様のもとへと駆けて行ったのだった。



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