最愛の番に殺された獣王妃

望月 或

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33.一つの終結




『わたし、必死に王子を説得した。愛してる人がいるから結婚出来ないって。けど駄目だった。国王も王子の味方で聞く耳を持たなかった。お腹は少しずつ大きくなっていったけれど、ゆったりめの服で誤魔化して隠したわ。別の男の子供を身籠っていると知ったら、“番”に異常な執着を持つ王子に、お腹のあなたと共に殺されると思ったから。勿論、王子とは別々の部屋で寝たよ。あなたとはまだ結婚していないと言ってね。王子と国王が長期の視察で城を空けている間、あなたを極秘で産んだの。今思えば、本当に絶好の好機に恵まれたわ。お城の人達も協力してくれてね。あなたを無事に産むよう、神様がお導きしてくれたのかな? ふふっ』


 【呪術具】の中のティールさんは、可愛らしく笑う。
 クローザムさんは両目を強く瞑り、必死に涙を堪えているようだった。


『産まれてきたあなたは、瞳はお父さん、髪と顔はわたし似でね。本当に可愛くて可愛くて。目に入れても痛くないほどにね。産後、身体の調子を崩してしまって動けなかったけれど、ベッドの中であなたのお世話をしたよ。ご機嫌ナナメで激しく泣いてるあなたも、わたしの隣でスヤスヤと眠っているあなたも、わたしのお乳を美味しそうに飲んでいるあなたも、どれもとても可愛かったな。動けるようになったら、あなたと一緒にお父さんに会いに行こうと思ってた。そして遥か遠い国に逃げて、三人で暮らそうって提案しようと思ってたんだ。お父さんなら絶対に頷いてくれるって』
「ティール……っ」


 クローザムさんは堪え切れず、固く閉ざされた瞳からポロポロと涙を零す。


『でも、予定より早く王子と国王が帰って来る事が分かって、まだ動けないわたしは、信頼出来る侍女のエマにあなたを託したの。王子に見つからないようにこの国を出て、あなたを大切に育てて欲しいって。エマは泣きながらも頷いてくれた。二つ隣の国にある町に親戚がいるからそこに行くって教えてくれて、動けるようになったらお父さんと一緒に来て欲しいって言ってくれて。本当にエマには感謝しているよ。エマに伝えてね、ありがとう、大好きって』
「……エマおばさん、これを聞いて大泣きしてたよ」


 フィーシルさんが瞳を潤ませながら、クスリと微笑んで言う。
 その時のエマさんの様子を思い出しているのだろう。


『きっと王子はベッドから動けないわたしを見て、誰かに無理矢理事情を聞くと思うんだ。話さなきゃ殺すとか言いそうだから、話した人には罪はないよ。だからその人を恨まないでね。聞き出した王子は、あなたを殺す為、わたしにあなたの居場所を聞いてくるはず。同じく無理矢理にね。けど、わたしは絶対に言わない。『催眠の術』とか使って強制的に口を割らせようとしたら、わたしは自ら“毒”を飲むから。死んでも言うもんか』


 そうハッキリと言い切ったティールさんの口調には、頑とした強い意志があった。


『……フィーシル、わたしの可愛い愛する娘。あなたは幸せに生きて欲しい。そしてもしクロムに……お父さんに会えたら伝えて。いつまでも愛してるって。そしてお父さんとエマと一緒に仲良く暮らしてね。それがお母さんの願いよ。じゃあ……元気でね、フィーシル。身体には十分気を付けてね。あなた達の事、ずっと……ずーっと見守ってるからね』


 ……そして、静寂が訪れる。
 音声はそこで終わっていた。


「ティール……ティール、ティール……ッ!」


 クローザムさんはガクンと両膝を地面につき、泣き崩れてしまった。
 フィーシルさんは、そんなクローザムさんを背中から包み込むように抱きしめる。


「お父さん、今からでも遅くないよ。罪を償って、一緒に暮らそう? お母さんの願いを叶えようよ」
「……フィーシル……」


 クローザムさんは、涙に濡れた顔でフィーシルさんを見上げると、小さく首を左右に振った。


「ごめん……ごめんよ、フィーシル……。それは叶えられない」
「え……? 何で……?」


 フィーシルさんが聞き返したその時、クローザムさんの身体が淡く黄金色に光り出した。


「お父さん……っ!?」
「行く末を渡り歩く【呪術具】を使い続けた“代償”だよ。僕の身体は塵となって消える。もう限界だったんだ。遅かれ早かれ、僕の“復讐”は途中で潰えていたんだ。でも……もういい。もういいんだ。ティールの想いを聞けたから。君に――彼女と僕の娘に会えたから……」
「お父さん……」


 クローザムさんはゆっくりと立ち上がると、フィーシルさんに向かって両手を広げた。


「フィーシル……。ティールによく似た、僕の愛しい娘。君を抱きしめてもいいかい? 愚かな父の、最期の願いだ」


 泣き笑うクローザムさんを見上げたフィーシルさんは、コクリと頷くと、その胸にゆっくりと身を預けた。
 クローザムさんは、胸の中の自分の娘を大事そうに、愛おしそうに優しく抱きしめる。


「不甲斐ない、馬鹿で愚かな父親で本当にごめん。君の成長を見守れなくてごめん。向こうで罪を完全に償って、もしも生まれ変われるとしたら……、来世では今度こそお母さんと君と、三人で一緒に暮らそう。君はどうか幸せに生きて――」
「――わたしもいく」
「えっ?」


 フィーシルさんの言葉に、クローザムさんはキョトンとして目を瞬かせた。
 フィーシルさんのオッドアイの瞳が、真っ直ぐに目の前の父を見据える。


「わたしもお父さんと一緒にいく。指でつついただけでボロボロと崩れそうな今のお父さんを一人になんてさせられないよ」
「な……何を言ってるんだっ! 君はここで生きるんだ! エマさんが君の帰りを待っているんだろう!? だから――」
「エマおばさん、亡くなったの。高齢の所為で病気に勝てなかった。でも、安らかな最期だったよ」
「え――」


 クローザムさんは、両目に涙を浮かべるフィーシルさんを呆然として見下ろした。


「わたしがここに来たのは、観光という名の『傷心旅行』だったの。色んな所を見て回れば、この悲しみも少しはなくなってくれるかなって。――でももう、家族を失くすのはイヤ。一人はイヤ。だからお父さんと一緒にいく。ここには何の未練もないから。娘の最初で最後のワガママくらい聞いてよ」
「……フィーシル……」


 クローザムさんはきつく瞼を閉じると、ポロポロと涙を零すフィーシルさんをギュッと強く抱きしめた。
 刹那、フィーシルさんの身体も黄金色に光り始める。

 不意に、クローザムさんがユークの方に視線を向けた。


「ユーク、今まで本当にごめん。謝っても赦してもらえないのは分かってるけど……」
「いーよ。お前がティールを好き過ぎた故の暴走って事にしとく。向こうでちゃんと罪を償えよ。地獄以上に辛いだろうけど耐え抜け。そして生まれ変わったら、今度こそ二人を幸せにしろ」
「……うん、約束する。ありがとう、ユーク。兄として、これからの君の幸せを心から願うよ」
「……おぅ」


 クローザムさんは目を細めてユークに頷くと、今度は私の方を振り向き、頭を深く下げる。


「君にも酷い事をしてしまった。僕の自分勝手な想いの所為で、君を沢山傷付けてしまった……。本当にすまなかった」
「……っ」


(クローザムさん、私が『リシーファ』だって気付いてる……?)


「……これを君に。割るなり壊すなり、好きにして欲しい。それで君の気が済む事は決してないのは分かっているけれど……君に託すよ」


 そう言って手を伸ばして渡されたのは、砂時計のようなもの――行く末を渡り歩く【呪術具】だった。


「……私は……私はユークみたいに貴方を簡単に赦す事は出来ない。貴方の所為で、あの人の……ラノウィンの人生が狂ってしまったんだから。お城の人達も、私達の王国も失くなってしまった」
「……分かっている。僕は君達に取り返しのつかない事をしてしまった。赦してくれとは言わない。ただ、心から謝らせて欲しい……」
「……謝罪は受け取るけれど、赦さないわ。けど、罪を完全に償って、来世でティールさんとフィーシルさんをうんと幸せにしなきゃ、もっともっと赦さないっ!!」


 泣きそうになるのを必死に堪え、両手に固く握り拳を作り放った私の言葉に、クローザムさんは大きく目を瞠る。

 そして泣きながら唇をギュッと嚙み締め、しっかりと頷いた。
 フィーシルさんも瞳に涙を一杯溜めながら、私に深く頭を下げる。

 刹那、黄金色の光が一際強くなった。


「……フィーシル、ごめん。本当に――」
「謝らないで。これはわたしが決めた事だから。――いこう、お父さん」
「……あぁ……」


 そして父子は、お互いに強く抱きしめ合い――



 眩い黄金の光の中、二人は霧のように消えていったのだった……。



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