人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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6.後悔しても戻らない

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「う……」
「おっ、目ぇ覚ましたな」


 リオーシュが顔を顰めて呻いたと同時に、すぐ近くから聞き慣れた声が飛んできた。


「……ゼベク? いるのか?」
「あぁ」


 リオーシュがゆっくりと目を開けると、自分の側近であるゼベクが椅子に座り、真顔でこちらを見つめていた。
 リオーシュはのろのろと上半身を起こし、額に手を当て頭を振る。
 どうやら自分はベッドの上で寝かされていたようだ。


「私は……どうして……」
「覚えてねぇのか? お前が狂ったように叫び出したから、先生に鎮静剤を打って貰ったんだよ」


 ゼベクは、砕けた口調でリオーシュに説明をする。
 彼は幼い頃からのリオーシュの友人なのだ。伯爵の爵位を持つ親が城に勤めていて、ゼベクが時々城に遊びに来ていた時に、リオーシュと知り合ったのがキッカケだった。

 それ以来親交を結んできた二人なので、こうして二人だけの時は、対等な友人同士に戻って接していた。


「鎮静剤……」


 思い出したと同時にサーッと青褪めたリオーシュは、身体をワナワナと震わせ始めた。


「おい、もう叫ぶのは勘弁してくれよ。もう一度鎮静剤を打たれてぇのか」
「……エウロペア……ロア……。済まない、済まない、済まない済まない済まない……っ」


 クシャクシャにした顔を伏せ、涙を流し始め謝罪を繰り返すリオーシュに、ゼベクは深い息を吐き、静かに問い掛けた。


「一体何があった。本当にお前は、リーデル嬢の言う通り、エウロペア様の妹と不貞をしたのか? 俺がお前の部屋に来た時、お前は一人で毛布を被って丸まっていたが。――ゆっくりでいい。一から話してみろ」
「……私、は……」


 零れる涙はそのままに、リオーシュは焦点の合っていない目を下に向けた。


「……帰宅するカトレーダ嬢を城門まで送ろうと……廊下を歩いていたら、私の部屋の前で、突然彼女が泣き出して……。私が泣かせたと思われたら困ると、慌てて彼女の肩を押して部屋に入れて……」
「……あぁ……。それをエウロペア様とリーデル嬢に運悪く見られてしまったんだな……」


 苦虫を噛み潰したような顔をしたゼベクの横で、リオーシュが片手で顔を覆った。


「……部屋に入ったら彼女が泣き止んで、『お姉ちゃんとの初夜はどうでしたか』と訊いてきたんだ。どうしてそんな事を訊くのか分からなかったが……『上手くいかなかった』と答えて――」
「はあぁっ!? そんなんバカ正直に答えるなよっ! 素直過ぎかよっ!?」


 ゼベクはそこで思わず突っ込みを入れてしまった。
 リオーシュはしっかりしていて隙が無いように見えて、こういう抜けて天然な所があるのだ。


「駄目……だったのか? 好きな姉の事は何でも知りたいんだなと思って答えたんだが……」
「いやいや違うだろソレは……。――はぁ……もういい。それで?」
「……それを聞いた彼女が、その……突然、服を……脱いだんだ。そして笑いながら、『じゃああたしがお姉ちゃんの練習台になってあげますよ。もう失敗したくないでしょ?』と……。今度こそロアを気持ち良くさせて、最後まで満足させたかった私は、それに……ホンの……ホンの少しだけ、揺らいでしまって……。その少しの迷いの間に、だ、抱きつかれて、く……口付けをされて――」
「……マジかよ……」


 ゼベクが片手を額に当て、盛大な溜め息をつきながら天井を仰ぐ。


「お前さぁ……。エウロペア様の妹を練習台にして上手くなって、それでエウロペア様が喜ぶと思うか?」
「お、思わない! 思うものか!! ……けど、その時は彼女の『もう失敗したくないでしょ』の言葉が頭を占めていて……。でもすぐに正気に戻って、彼女に服を着るように言おうとしたんだが……」
「不意を突かれてキスされてしまった、と」
「……」


 震える身体で微かに頷くリオーシュに視線を戻すと、ゼベクは単刀直入に訊いた。



「それで? 最後までヤッちまったのか?」
「う……。わ、分からない……分からないんだ……。そこからが頭がボンヤリして……。靄が掛かったように思い出せないんだ……」
「分からない……?」


 顔を覆う指の隙間から、呻くような声を洩らすリオーシュ。


(分からないってのが妙だな……。妹の裸とキスに興奮し過ぎちまって記憶が飛んだのか? 何にせよ、エウロペア様があぁなっちまったんだ。きっとヤッちまったんだろうな……)


 ゼベクは内心大きく息を吐くと、窘める口調で言葉を出した。


「誘ってきたエウロペア様の妹も悪いが、お前も十分悪いぜ、リオーシュ。まず、未婚の令嬢をどんな理由であれ自分の部屋に入れるな。誰が見てるか分からないし、良くない噂なんてすぐに広まっちまう」
「……う……」
「それにお前、最近ずっとエウロペア様の妹と一緒にいたそうだな。俺はお前に頼まれた魔物退治で遠征していて事情を知らなかったが、今日帰ってきたら城のヤツらが不安気に教えてくれたよ。そんなお前達を見て、エウロペア様が何も感じないと思ったのか? 城の連中に、お前と王妃様の妹が親密な関係になってるって、あらぬ誤解を招いても良かったのか?」
「なっ!?」


 リオーシュはゼベクの言葉に思わず顔から手を離し、目を剥いて叫ぶ。


「私はカトレーダ嬢をそんな目で見た事は一度もないっ! 私はただ、ロアが大切にしている妹だから、私も彼女を大切にしようとしただけで、そんな……!!」
「お前がそう思っていても、二人で仲睦まじく話す姿を見て、エウロペア様や周りはそう思ってくれねぇよ。それをエウロペア様に説明したか? 彼女が最近元気が無かった事、お前は気付いていなかったのか? 城のヤツらは気付いてたぞ。お前には直接言えないからって、俺に勇気を出して話してくれたよ。エウロペア様の事心配してたぜ。彼女は城の連中に慕われてるからな」
「……っ!!」


 ガタガタと大きく震え出したリオーシュは、それは見事なほど深い絶望に陥った表情をしていた。


「あ……ああぁ……っ。私は……私は何て馬鹿な……愚かな事を……っ」
「嘆く暇があったら、エウロペア様を元に戻す方法を調べろよ。俺も勿論手伝うからさ。城の過去の文献を調べたら、きっと見つかる筈だ。それで元に戻ったエウロペア様にちゃんと説明して、誠心誠意謝り倒すなり土下座するなり何でもすればいいさ」
「う……うぅ……っ。ロア、ロア……っ。済まない……済まない済まない……っ」


 再び泣き始めたリオーシュに、ゼベクは幾度目かの溜め息を吐いた。


(公務や仕事は優秀なのに、色恋沙汰になるとてんでダメ男になるなコイツ……)


「……それと、エウロペア様の両親には流石に隠しておく事は出来ないから、近い内に彼女の状況を伝えなくちゃいけない。罵倒はまだいいとして、思いっ切り殴られるかもな。それは覚悟しておけよ」
「……あぁ……」


 ゼベクの言葉に、リオーシュは弱々しく頷いた。
 その時、リオーシュの袖の部分が赤く染まっている事にゼベクは気が付く。


「おい……何だよこれ!? 腕に傷がついてるじゃねぇかっ!? 袖が血塗れだぞ!?」
「ん……? あぁ、本当だ……。何時ついたんだろうな……。もう血は止まっているみたいだ……」
「ったく……。さっき半狂乱になった時、どこかの角にぶつけちまったのか? 結構深い傷みたいだし、念の為先生に診て貰えよ。雑菌が入ったら大変だからな」
「あぁ、そうするよ……」


 リオーシュはフラリと立ち上がると、覚束ない足取りで自分の部屋から出て行った。
 「コケるなよ」とリオーシュの背中に声を掛けたゼベクは、ふと顎に手を当て独りごちる。


「……エウロペア様の妹……確かカトレーダとか言ったか。あの女、泣き出したのはわざとだな。リオーシュの部屋に入る為か。初夜が失敗したにしろ成功したにしろ、理由をつけてアイツを誘惑していただろうな。――何故アイツを誘った? 姉の旦那だと分かっているのに……。二人を離婚させて、王妃の座を狙っていた……か? あの女も調べてみなきゃだな……」




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