人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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5.君は“人形”になった

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「エウロペアッ!!」


 リオーシュが話を聞きつけ、エウロペアの部屋に駆けつけた時、そこには城の主治医と、ベッドの側の椅子に座っている彼女の専属侍女のリーデル、そしてベッドの上で上半身を起こしているエウロペアの姿があった。


「エウロペアッ!?」


 リオーシュが急いでエウロペアの傍に寄り、彼女の顔を覗き見――驚愕の表情を浮かばせる。
 彼女の神秘的な紫の瞳には一切の光が無く、その美しい顔は、無表情のまま動かなかった。


「……五感を失い、感情と思考も失くなっております。全く反応が無いのです。その他は正常ですが。分かり易く言えば、『生きている“人形”になった』と……そんな感じですな」
「そ……そんな……。え、エウロペア……」


 リオーシュが愕然としながら戦慄くのを、リーデルは憎しみに燃える瞳でキッと睨みつけた。


「……そんな猿芝居は止めて下さい……陛下。誰の所為でエウロペア様はこうなったと思ってるんですか? 貴方ですよ! 全部、全部全部貴方の所為っ! 貴方がエウロペア様の妹と不貞をするからっ! わたし達、見てたんですよ!? 貴方とカトレーダ様が一緒に貴方の部屋に入る所を! カトレーダ様の肩を抱きながらっ!」
「……っ!!」


 ガタン! と椅子から勢い良く立ち上がり、リーデルは涙をボロボロと流しながらリオーシュに向かって泣き叫ぶ。


「エウロペア様、『大丈夫だから』って言って……! でも、とても傷付いた顔をしていて……! エウロペア様、泣いていたんですよ!? 『人を損なう程の“呪い”って何? “人”じゃ無くなるの? 怖い、怖い』って!! あの滅多に泣かないエウロペア様がっ! エウロペア様が深く傷付いて怖くて泣いている時、貴方はカトレーダ様と親密な関係になっていたんですよね? エウロペア様、貴方を赦さないって言ってました。わたしも、貴方の事絶対の絶対に赦せません!! よりによってエウロペア様の妹とだなんて、本当、超最ッ低……!!」
「――そこまでだ、リーデル嬢。それ以上は王族への不敬として、君を捕えなくてはいけなくなる。気持ちは分かるが、言葉を慎んでくれないか」


 その時、静かな低音の声がリーデルの言葉を遮った。
 無造作に軽く跳ねた珍しい漆黒の髪と、同じ色の切れ長の瞳を持つ青年――リオーシュと一緒に入ってきた、彼の側近のゼベク・オディロン伯爵子息だ。


「……っ!」


 リーデルは悔しそうに唇を強く噛み締めると、俯き口を噤んだ。


「……ち、ちがう……違う違う違う……っ。え……エウロペア、……ロア……ッ。わ、私は……私は……っ。そ、そんな……違う……そんな……。――う……うわあああぁぁぁッッ!!」


 下を向き、唇をきつく引き結びリーデルの怒りの言葉を聞いていたリオーシュが、突然半狂乱で絶叫した。
 頭を抱え、髪を搔き回し、両目をはち切れんばかりに見開き、大声で叫び続けるリオーシュに、ゼベクが慌てて近寄ると両肩を掴んで強く揺さぶる。


「陛下、落ち着いて下さいっ! 陛下っ!! ――くそっ、聞こえてねぇ! 正気を失ってやがる……! 先生っ! 鎮静剤だ! 強いものを頼むっ! 早くっ!!」
「お、おぉっ!? ありゃありゃ、こりゃ大変だっ!」


 主治医が、鞄から鎮静剤が入っている注射を慌てて取り出す。
 そして叫喚するリオーシュの腕をゼベクの力を借りて抑え込み、素早く袖を捲ってそこに突き刺した。


「……っ」


 いつの間にか止めどなく涙を流していたリオーシュは、フッと力が抜け、床にドサリと倒れ込んだ。
 その様子を目を瞠り、口に両手を当て見ていたリーデルは、訳が分からないといった感じでフルフルと首を振る。


「……何で……。どうして……? 不貞をしたのは陛下じゃない……。何でそんな――」
「……エウロペア様がそうなってしまったという事は、君の言う通り、陛下が“過ち”を犯してしまった事は間違いないだろう。事情は陛下が起きて落ち着いてから訊く事にする。リーデル嬢、済まないがこの事は誰にも言わないで欲しい。城の者達や国民に余計な混乱を招きたくない。これは極秘事項だ。先生も頼む」
「……分かりました」
「了解しましたよ」


 リーデルと主治医は同時に頷いた。 


「リーデル嬢、エウロペア様の身の回りの世話を頼む。先生もリーデル嬢を助けてやってくれ。俺は陛下を部屋に連れて寝かせてくる」
「……あ、あの、カトレーダ様は……?」


 恐る恐る問い掛けるリーデルに、ゼベクが首を横に振る。


「俺が陛下の部屋に行った時は一人だった。だからもう家に帰ったんだろう」
「そう、ですか……」
「……気を落とすな、リーデル嬢。きっとエウロペア様を元に戻す方法がある筈だ。俺はそれを探してみるから」
「……はい。エウロペア様のお世話は任せて下さい」
「あぁ、頼む」


 ゼベクは意識の無いリオーシュを担ぎ上げると深く息をつき、部屋から出て行った。
 リーデルは扉が閉まった後、主治医に向き直る。


「……先生、エウロペア様はお食事は出来るのですか? それに、その……お手洗いは――」
「王妃様は五感と感情、思考を失ってはいるが、『本能』は残っている。だから、いつもの時間に食事をさせれば、食欲が表れて自然と口を開けて食べてくれるだろうさ。排泄は、定期的に手洗いに連れて行けば、こっちも自然と排出してくれる筈だ。夜になれば睡眠欲が出て、こっちが何もせずとも眠ってくれるだろう」
「そうですか、良かった……。ありがとうございます、先生」
「いやいや。お前さんも大変だろうが、何かあればいつでも訊いておくれ」


 主治医はそう言って優しく微笑むと、エウロペアに礼をして退室して行った。
 リーデルは主治医を見送った後再び椅子に座ると、エウロペアの冷たい手をギュッと握り締める。
 閉じた瞳から、ポロポロと涙を零しながら。


「エウロペア様……。エウロペア様がいつもの貴女に戻るまで、誠心誠意お世話させて頂きます。エウロペア様は、何も心配しなくて大丈夫ですよ? 辛い事も、悲しい事も……何も……。……だからどうか、安心して休んで下さいね……エウロペア様――」




 
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