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4.『呪い』発動
しおりを挟む「…………」
エウロペアとリーデルは、時が止まったかのようにそこから動けなかった。
先にハッと我に返ったのは、リーデルだった。
「え、エウロペア様! きっと事情があるんですよ! わたし、ひとっ走りして二人の様子を見に行ってきます!」
「……ううん、大丈夫よ、リーデル。私は大丈夫だから……」
エウロペアの無理矢理作った微笑みを見て、リーデルはグッと唇を噛み締める。
「……さぁ、お部屋に戻りましょうか」
「……はい……」
リーデルは、ゆっくりと歩き出したエウロペアに、ただ黙ってついて行く事しか出来なかった……。
******
「国王陛下は気分が優れないとの事でしたので、夕食は召し上がらないそうです」
「……そう……。分かったわ、ありがとう。申し訳ないけれど、夕食は私の部屋に用意してくれる? 簡単なものでいいわ。面倒を掛けてごめんなさいね」
「そんな……とんでもございません。畏まりました」
言伝を伝えに来た侍女が部屋から出て行くと、エウロペアは溜め息をつき、ソファに凭れ掛かった。
「……きっとまだカトレーダと一緒にいるんだわ……。そしてあの子と――」
「エウロペア様! そんな事は絶対に有り得ません! エウロペア様を人目憚らず溺愛するあの陛下ですよ!? 御自分のお部屋にカトレーダ様を入れたのは、何か必ず事情がある筈です……!!」
「……ありがとう、リーデル」
エウロペアは弱々しく微笑むと、そっと瞳を閉じた。
「カトレーダ……あの子は昔からそうなのよ。私が気になっていた男の人の心を奪って、毎回自分の虜にするの。それが計算じゃなくて天然なのが、あの子の怖ろしい所だわ。今回も、あの人の心を奪って――」
「エウロペア様、そんな事……!」
「……人を損なう程の『呪い』……」
「え?」
ボソリと呟いたエウロペアに、リーデルは思わず訊き返してしまった。
「どちらかが“過ち”を犯した場合、相手の伴侶に人を損なう程の『呪い』が下される……司教様はそう仰っていたわ。それが本当なら、私に『呪い』が下される……。――ねぇ、リーデル。人を損なう程の『呪い』って何? 私、“人”じゃ無くなるの? ……怖い……。すごく怖いの……っ!」
「エウロペア様……っ」
両手で顔を覆うエウロペアの身体を、リーデルは強く抱きしめた。
その身体は、カタカタと小刻みに震えていて。
リーデルは唇を噛み締めながら、少しでも気持ちが落ち着くようにと、彼女の頭を優しく撫で続けた。
その時、ノックの音がした。夕食が運ばれてきたのだ。
リーデルが素早く離れ、エウロペアは急いで涙を拭うと、姿勢を正し返事をした。
夕食を運んでくれた侍女に礼を言い、彼女が出ていくと、エウロペアは微笑んでリーデルに言った。
「一緒に食べましょう、リーデル。こんなに一人では食べられないわ」
「……はい、ありがとうございます、エウロペア様……。――わぁ、とてもいい匂いですね! 食欲が唆られます!」
「……いい匂い……?」
リーデルの言葉に、エウロペアは怪訝に眉根を寄せた。
しかしすぐに元の表情に戻り、リーデルへ自分の隣に座るように促す。
「……では、戴きましょうか」
「はい、戴きます!」
リーデルは夕食を口に運ぶと、頬張りながらニコリと笑った。
「美味しいですね、エウロペア様。うーん、流石はお城のシェフ! 料理の腕は最高ですね!」
「…………」
リーデルの問い掛けに、エウロペアは反応しなかった。
口に入れた料理を無言で飲み込むと、真顔のまま固まっている。
「……エウロペア様……?」
「……あぁ、そういう――」
エウロペアは何かを小さく呟くと、テーブルにカタリとフォークを置いた。
「……リーデル、私はもういいわ。貴女は遠慮せずに食べてね」
「エウロペア様……」
「食べ終わったら片付けて貰って、すぐに湯浴みをしましょう。……身体を、綺麗にしたいの」
「……はい、分かりました。じゃあわたし、全部戴いちゃいますね?」
リーデルはエウロペアに気を遣わせないように明るく言うと、料理を全て美味しく平らげ、侍女を呼んでお皿を片付けて貰った。
そしてエウロペアの湯浴みを手伝い、少しでも気分が上がるようにと、彼女のお気に入りのネグリジェとカーディガンを着させる。
その意図に気付いたエウロペアは、リーデルに微笑んでお礼を言った。
「この肌触り……。私の好きな寝衣を着させてくれたのね。ありがとう、リーデル。申し訳ないけれど、私をベッドまで連れて行ってくれるかしら?」
「……? はい、いいですよ」
いつもは自分で歩いてベッドに行っていたエウロペアだったので、そのお願いに首を傾げつつも、リーデルは彼女の手を取ってベッドまで歩いた。
エウロペアは、ゆっくりとベッドの上に乗ると、上半身を起こした状態で、リーデルの方を向いた。
「……リーデル、落ち着いて聞いてね。私、もうすぐ“人”じゃ無くなるわ」
「えっ!?」
唐突の衝撃的な発言に、リーデルはエウロペアをまじまじと見つめてしまった。
「……っ!!」
そして、気付いた。彼女の紫の瞳に、光が一切灯っていない事に。
「……最初は嗅覚だったわ。匂いが全く分からないの。その次は味覚。味が全然しなかった。次は視覚、触覚。もうすぐ聴覚も無くなる筈だわ」
「……え、エウロペア様……」
「その後は感情、そして思考が無くなると思うの。……私、分かったの。直感というのかしら……。人を損なう『呪い』――私、“人形”になるんだって」
「えっ!?」
淡々と言葉を紡ぐエウロペアは、表情に何の感情も無くて。
「……あの人、私を裏切ったのね。カトレーダを抱いたんだわ。だから、こんな……。――悲しみと苦しみと怒りで醜い姿を皆に見せるより、“人形”になって澄ました顔でいる方がずっといい。それに、あの子の事を憎んだり恨んだりしたくないの。昔から私の事を慕ってくれていたのは確かだから……」
「え……エウロペア様……っ」
リーデルは顔をクシャクシャにし、ボロボロと涙を零す。
「……リーデル、泣いてるの? ごめんなさいね、貴女に悲しい思いをさせてしまって……」
「そ、そんな、そんなのいいんです……っ。え、エウロペア様が……っ」
「私を裏切り、リーデルにそんな思いをさせたあの人を赦さないわ。カトレーダと結ばれるあの人の幸せなんて願わない」
「エウロペア様……」
そこで、エウロペアは口を閉ざした。
「……エウロペア……様?」
「あぁ……。耳も聞こえなくなった。私、ちゃんと話せているかしら……? リーデル、ありがとう。貴女の事が大好きよ。お城の皆にもお礼を伝えて? 今までありがとうって――」
エウロペアはそこで美麗な微笑みを見せ、そのまま固まった。
「……エウロペア様……?」
……返事は、無い。
静かに微笑んだまま、リーデルの方を向いている。
感情と思考が失くなったのだ。
……彼女はもう……動かない。
「う……ああぁ……っ! エウロペア様……エウロペア様ぁ……っ!!」
それは、ファローダ王国王妃、エウロペア・ファローダが、物言わぬ“人形”となった瞬間だった――
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