人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

文字の大きさ
4 / 44

3.綻び

しおりを挟む



 若くして王となり、色々と不慣れなリオーシュを、エウロペアは献身的に支えた。
 そんな一生懸命な彼女をリオーシュも積極的に助け、二人で行動する時は常に寄り添い仲睦まじく歩く姿に、城の者達や国民達は若き夫婦を心温かな思いで見守っていた。

 二人共、自分の公務で夜まで忙しく、『初夜』の日以来夜を一緒に出来ずにいて、リオーシュの中で、寂しさともどかしさが日に日に大きくなっていった。



 そんなある日、エウロペアの妹であるカトレーダが登城し、突然彼女を訪ねてきた。


「お姉ちゃん、遊びに来たよ!」


 王妃の部屋で事務作業をしていたエウロペアは、騎士が連れてきた妹の来訪に驚き思わず立ち上がった。


「カトレーダ!? 何の連絡も無しにいきなり来るなんて――」
「遊びに来てもいいって言ったじゃない! 会いたかったよ、お姉ちゃん!」


 カトレーダは満面の笑顔でそう言うと、エウロペアに抱きつく。
 エウロペアはそんな彼女を抱き留めると、困ったように苦笑した。


「言ったけど、一応連絡は寄越してね? 私がお城にいない事もあるから」
「はーい……。ごめんなさい」
「ふふっ。私も会えて嬉しいわ、カトレーダ」


 姉に窘められ、しょんぼりしている妹の頭をエウロペアは優しく撫でると、カトレーダは目を細めて嬉しそうに笑う。


「ね、お姉ちゃん。王様は?」
「陛下? 今は執務室でお仕事をされているわ」


 突然リオーシュの事を訊かれ、エウロペアは小首を傾げつつも答えた。


「お姉ちゃんがお世話になってるし、あたし挨拶に行ってくる!」
「あ、ちょっ……カトレーダ!? 待ちなさい!」


 カトレーダは、エウロペアの制止も聞かず部屋を飛び出していった。


「……もう! あの子ったら!」


 彼女は昔から人の言う事を聞かず猪突猛進な所があるのだ。
 急いで追い掛けると、カトレーダは既に執務室に入り、リオーシュと会話を交わしていた。


「……陛下! 申し訳ございません、妹が突然お邪魔してしまって――」
「エウロペア」


 息を切らしながら自分のもとへ駆けてきたエウロペアに、リオーシュは嬉しそうに微笑むと、首を横に振った。


「いや、構わない。カトレーダ嬢は君の妹、私にとっても妹みたいなものだ。気にしないでくれ」
「ほら! 王様もこう言ってるんだし、お喋りしてもいいでしょ、お姉ちゃんっ」
「すみません、陛下……御心遣いありがとうございます。――ほら、カトレーダ。陛下はお忙しい方なのだから、今日はもう帰りなさい」
「もう、分かってるって! じゃあ王様、またね!」
「あぁ、気を付けて帰ってくれ」


 カトレーダは二人に向かって笑顔で手を振ると、執務室から出て行った。


「本当にもう、あの子ったら……」
「無邪気で明るい子だな。笑顔の彼女と話していると、こちらまで元気になってくるよ」


 微笑みながらそう言うリオーシュに、エウロペアの胸がツキリと痛む。
 そう。カトレーダは誰に対しても天真爛漫で、その上薄茶色のフワフワした髪と、くりんとした同じ色の瞳が愛らしく、昔から男子の人気が高かったのだ。


(リオも、カトレーダのような女性が好みなのかしら……)


 自分には、妹のような振る舞いは頑張っても出来ない。甘える事も出来ず、男性を喜ばせる事も出来ない、つまらない女だ……。

 ツキツキと痛む胸を押さえながら、エウロペアはリオーシュの方を窺い見ると、彼はジッとこちらを見つめていた。


「……陛下?」
「ロア。今は二人きりだ」
「……リオ」
「あぁ」


 リオーシュが微笑みながら手招きをするので、エウロペアは両目を瞬かせながら彼のすぐ近くまで寄ると、突然後頭部に手を添えられ、下に押されたと思ったら唇を奪われた。
 そのまま引き寄せられ、椅子に座るリオーシュの膝上に乗る形で抱きしめられる。
 静かな部屋に、互いの乱れた呼吸音と深い口付けの淫らな音が響く。

「……っ」
  
 漸く唇が離れ、エウロペアの顔は真っ赤に熟され、湯気が出そうな程になっていた。


「ははっ。すごく可愛い、ロア。堪らないな」
「り、リオ……っ! こ、こんな所で……っ」
「君にずっと触れず、私の中で君が不足していたんだ。これでまた仕事を頑張れるよ」
「……もう……」


 エウロペアの至近距離で悪びれもなく笑うリオーシュに、彼女も思わず笑ってしまった。


(リオなら大丈夫よね? 心変わりなんてしないわよね……?)


 ――エウロペアの心配をよそに、カトレーダはその日から頻繁に登城し、姉への挨拶もそこそこに、すぐにリオーシュのもとへと向かっていった。
 彼は自分の所へ来た彼女を、毎回嫌な顔をせずに受け入れて。

 楽しそうに妹と話すリオーシュの姿を、エウロペアは遠目から複雑な思いで見ていたのだった。



******



 そんな日が続いたある日、エウロペアは、中庭に通じる廊下を進んでいた。
 ふと中庭に気配を感じ視線を向けると、ベンチにリオーシュとカトレーダが並んで座って談笑している姿が目に入ってきた。
 優しい微笑みを浮かべながら口を動かしているリオーシュに、エウロペアの胸がズキリと強く痛む。

 その時、リオーシュが微笑のままカトレーダの方を向いた。同時に、カトレーダが彼の顔に自分の顔を寄せ――二人のそれが重なった。


「……!!」


 エウロペアはすぐに踵を返し、そこから逃げるように走り出していた。
 自分の部屋に駆け込み、何度も息を吸って吐きながら、ズルズルと床にへたり込む。


「……口付け、したの……?」


 遠くてハッキリとは見えなかったが、あの顔の近さはきっと――


「……ううん。違うわ。ただ……たまたま顔が寄っただけよ。きっと……違う……」


 そう思おうとするけれど、エウロペアの心はグチャグチャのままで、気付けばポロポロと大粒の涙を零していた。


(……私……。いつの間にか、こんなにリオの事好きになっていたのね……)


 心がすごく痛い。痛くて痛くてはち切れそうだ。


「……でも……でも私は、二人を……リオを信じたい。二人は何でもないって。只の気が合う、友人同士なんだって――」


 ――そのエウロペアの切実な想いは、無惨にも打ち砕かれる事になる――



******



 ――数日後。
 エウロペアは、彼女の専属侍女であるリーデルと一緒に廊下を歩いていた。
 リーデルは、エウロペアを心配してシルヴィス侯爵家から付いてきた、焦げ茶色の毛先が跳ねた髪と同じ色の瞳の、彼女より二歳年上の女性だ。

 最近、リオーシュとカトレーダが仲睦まじく話す姿に心を痛めている主を見て、リーデルもまた心を痛めていたのであった。


 なるべく明るい話題を選びながら、リーデルがエウロペアと談笑していると、二人の行く先にリオーシュとカトレーダの姿を見つけた。
 彼らはこちらに気付いていないようだった。


「……っ!!」


 そして二人は、リオーシュが俯くカトレーダの肩を抱きながら、忙しない足取りで彼の部屋に入っていく所を、しっかりと見てしまったのだった……。




しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

どうぞお好きになさってください

みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。 婚約者の第一王子殿下は言った。 「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」 公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。 「好きになさればよろしいわ」

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

【完結】私が貴方の元を去ったわけ

なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」  国の英雄であるレイクス。  彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。  離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。  妻であった彼女が突然去っていった理由を……   レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。      ◇◇◇  プロローグ、エピローグを入れて全13話  完結まで執筆済みです。    久しぶりのショートショート。  懺悔をテーマに書いた作品です。  もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

処理中です...