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3.綻び
しおりを挟む若くして王となり、色々と不慣れなリオーシュを、エウロペアは献身的に支えた。
そんな一生懸命な彼女をリオーシュも積極的に助け、二人で行動する時は常に寄り添い仲睦まじく歩く姿に、城の者達や国民達は若き夫婦を心温かな思いで見守っていた。
二人共、自分の公務で夜まで忙しく、『初夜』の日以来夜を一緒に出来ずにいて、リオーシュの中で、寂しさともどかしさが日に日に大きくなっていった。
そんなある日、エウロペアの妹であるカトレーダが登城し、突然彼女を訪ねてきた。
「お姉ちゃん、遊びに来たよ!」
王妃の部屋で事務作業をしていたエウロペアは、騎士が連れてきた妹の来訪に驚き思わず立ち上がった。
「カトレーダ!? 何の連絡も無しにいきなり来るなんて――」
「遊びに来てもいいって言ったじゃない! 会いたかったよ、お姉ちゃん!」
カトレーダは満面の笑顔でそう言うと、エウロペアに抱きつく。
エウロペアはそんな彼女を抱き留めると、困ったように苦笑した。
「言ったけど、一応連絡は寄越してね? 私がお城にいない事もあるから」
「はーい……。ごめんなさい」
「ふふっ。私も会えて嬉しいわ、カトレーダ」
姉に窘められ、しょんぼりしている妹の頭をエウロペアは優しく撫でると、カトレーダは目を細めて嬉しそうに笑う。
「ね、お姉ちゃん。王様は?」
「陛下? 今は執務室でお仕事をされているわ」
突然リオーシュの事を訊かれ、エウロペアは小首を傾げつつも答えた。
「お姉ちゃんがお世話になってるし、あたし挨拶に行ってくる!」
「あ、ちょっ……カトレーダ!? 待ちなさい!」
カトレーダは、エウロペアの制止も聞かず部屋を飛び出していった。
「……もう! あの子ったら!」
彼女は昔から人の言う事を聞かず猪突猛進な所があるのだ。
急いで追い掛けると、カトレーダは既に執務室に入り、リオーシュと会話を交わしていた。
「……陛下! 申し訳ございません、妹が突然お邪魔してしまって――」
「エウロペア」
息を切らしながら自分のもとへ駆けてきたエウロペアに、リオーシュは嬉しそうに微笑むと、首を横に振った。
「いや、構わない。カトレーダ嬢は君の妹、私にとっても妹みたいなものだ。気にしないでくれ」
「ほら! 王様もこう言ってるんだし、お喋りしてもいいでしょ、お姉ちゃんっ」
「すみません、陛下……御心遣いありがとうございます。――ほら、カトレーダ。陛下はお忙しい方なのだから、今日はもう帰りなさい」
「もう、分かってるって! じゃあ王様、またね!」
「あぁ、気を付けて帰ってくれ」
カトレーダは二人に向かって笑顔で手を振ると、執務室から出て行った。
「本当にもう、あの子ったら……」
「無邪気で明るい子だな。笑顔の彼女と話していると、こちらまで元気になってくるよ」
微笑みながらそう言うリオーシュに、エウロペアの胸がツキリと痛む。
そう。カトレーダは誰に対しても天真爛漫で、その上薄茶色のフワフワした髪と、くりんとした同じ色の瞳が愛らしく、昔から男子の人気が高かったのだ。
(リオも、カトレーダのような女性が好みなのかしら……)
自分には、妹のような振る舞いは頑張っても出来ない。甘える事も出来ず、男性を喜ばせる事も出来ない、つまらない女だ……。
ツキツキと痛む胸を押さえながら、エウロペアはリオーシュの方を窺い見ると、彼はジッとこちらを見つめていた。
「……陛下?」
「ロア。今は二人きりだ」
「……リオ」
「あぁ」
リオーシュが微笑みながら手招きをするので、エウロペアは両目を瞬かせながら彼のすぐ近くまで寄ると、突然後頭部に手を添えられ、下に押されたと思ったら唇を奪われた。
そのまま引き寄せられ、椅子に座るリオーシュの膝上に乗る形で抱きしめられる。
静かな部屋に、互いの乱れた呼吸音と深い口付けの淫らな音が響く。
「……っ」
漸く唇が離れ、エウロペアの顔は真っ赤に熟され、湯気が出そうな程になっていた。
「ははっ。すごく可愛い、ロア。堪らないな」
「り、リオ……っ! こ、こんな所で……っ」
「君にずっと触れず、私の中で君が不足していたんだ。これでまた仕事を頑張れるよ」
「……もう……」
エウロペアの至近距離で悪びれもなく笑うリオーシュに、彼女も思わず笑ってしまった。
(リオなら大丈夫よね? 心変わりなんてしないわよね……?)
――エウロペアの心配をよそに、カトレーダはその日から頻繁に登城し、姉への挨拶もそこそこに、すぐにリオーシュのもとへと向かっていった。
彼は自分の所へ来た彼女を、毎回嫌な顔をせずに受け入れて。
楽しそうに妹と話すリオーシュの姿を、エウロペアは遠目から複雑な思いで見ていたのだった。
******
そんな日が続いたある日、エウロペアは、中庭に通じる廊下を進んでいた。
ふと中庭に気配を感じ視線を向けると、ベンチにリオーシュとカトレーダが並んで座って談笑している姿が目に入ってきた。
優しい微笑みを浮かべながら口を動かしているリオーシュに、エウロペアの胸がズキリと強く痛む。
その時、リオーシュが微笑のままカトレーダの方を向いた。同時に、カトレーダが彼の顔に自分の顔を寄せ――二人のそれが重なった。
「……!!」
エウロペアはすぐに踵を返し、そこから逃げるように走り出していた。
自分の部屋に駆け込み、何度も息を吸って吐きながら、ズルズルと床にへたり込む。
「……口付け、したの……?」
遠くてハッキリとは見えなかったが、あの顔の近さはきっと――
「……ううん。違うわ。ただ……たまたま顔が寄っただけよ。きっと……違う……」
そう思おうとするけれど、エウロペアの心はグチャグチャのままで、気付けばポロポロと大粒の涙を零していた。
(……私……。いつの間にか、こんなにリオの事好きになっていたのね……)
心がすごく痛い。痛くて痛くてはち切れそうだ。
「……でも……でも私は、二人を……リオを信じたい。二人は何でもないって。只の気が合う、友人同士なんだって――」
――そのエウロペアの切実な想いは、無惨にも打ち砕かれる事になる――
******
――数日後。
エウロペアは、彼女の専属侍女であるリーデルと一緒に廊下を歩いていた。
リーデルは、エウロペアを心配してシルヴィス侯爵家から付いてきた、焦げ茶色の毛先が跳ねた髪と同じ色の瞳の、彼女より二歳年上の女性だ。
最近、リオーシュとカトレーダが仲睦まじく話す姿に心を痛めている主を見て、リーデルもまた心を痛めていたのであった。
なるべく明るい話題を選びながら、リーデルがエウロペアと談笑していると、二人の行く先にリオーシュとカトレーダの姿を見つけた。
彼らはこちらに気付いていないようだった。
「……っ!!」
そして二人は、リオーシュが俯くカトレーダの肩を抱きながら、忙しない足取りで彼の部屋に入っていく所を、しっかりと見てしまったのだった……。
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