人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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12.“人形”になった私 ◇??視点

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 真っ暗闇が、私の視界を覆っていた。


(……ん、ここ……は……? 見渡す限り、真っ暗――あ、目を瞑ってるからかしら。瞼を……開けなきゃ――)


 私はゆっくりと目を開けて――瞬時に飛び込んできた眩しさに、思わずまた両目を閉じる。
 もう一度そろそろと瞳を開け、改めて周りを見回すと、すぐにここが王妃じぶんの部屋である事に気が付いた。
 眩しい光は、閉じたカーテンの隙間から差し込まれた日の光だった。

 けれど、視野がおかしい。高い位置から部屋を見下ろしているようだ。


(あら? 私、どうしたんだっけ? 確か――)


 必死に思い出していると、視界の隅で短く呻く声と共に何かが動いた。
 そちらに目を向けるとベッドがあり、のろのろと上半身を起こしたのはリオーシュだった。


(リオッ!?)


 私は思わず叫んでしまったが……何故か声が出ない。
 私が戸惑っている中、リオーシュは頭を軽く振ると、隣に目を向け優しく微笑んだ。


「……おはよう、ロア。よく眠れたか?」


(えっ、私っ!?)


 思わずドキッとしてしまったが、リオーシュはこちらを向いておらず、彼の隣を見て言っている。
 ここからだと、彼の隣がよく見えない……。しかも何故か動けない。
 リオーシュは誰かを抱き起こしたようだ。そこで漸く、その姿を見る事が出来たのだけれど――に私は酷く驚いてしまった。


(えぇっ!? 『私』っ!?)


 無表情で、虚ろな瞳の私がそこにいたのだ。
 その顔を見て、私は『全て』を思い出した。


(――あぁ、そうだ。私は“人形”になってしまったんだ……)



 ――あの時。
 次々と五感が失われていくのに、私は“人形”になるんだと、何故かハッキリと感じて。
 嫉妬に狂った姿をあの人に見せるくらいなら、物言わぬ“人形”になった方がいいと、それを素直に受け入れて。

 そして私は、感情と思考をも失って――


(……ちょっと待って? じゃあ、今の私は何……?)


 私は瞳を動かして自分の姿を確認し――またまた大きく驚いてしまった。


(ええぇっ!? 私、正真正銘の“人形”になってる!? リーエちゃんの中にいるぅっ!?)


 どういう訳か私は、自分が作った人形――リーエちゃんの中に入ってしまっているようだった。


(落ち着け、落ち着いて、私。――考える事が出来るから、思考がある。感情もある。物が見えるし、匂いも分かるし、音も聞こえる……。座っている感覚は……分かる。喋る事と動く事は……出来ないみたいね……。五感がある……という事は、私の本体から抜けてしまったそれらが、リーエちゃんの中に入った、って事かしら……?)


「――ロア、朝御飯がきたよ。戴こうか」


 不意にリオーシュの声が聞こえ、私はハッと深い思考から抜け出した。
 いつの間にかカーテンが開けられ、ベッドの脇にある小さなテーブルの上に、温かなスープとサンドイッチが置かれていた。

 リオーシュは椅子に座るとスプーンを手に持った。スープを掬うと、本体の私の口に運ぶ。
 すると私の口が自然と開き、スプーンを口に含んでスープを飲み込んだ。


(えっ、勝手に食べてくれるの? いつもの習慣で反射的に反応してしまうのかしら……。――あっ、そうか。『本能』だわ。食欲があるから、自然と身体が食事を欲しがるのね)


「うん、偉いな、ロア。満足するまで食べてくれ。栄養をちゃんと摂らなきゃな」


 リオーシュは嬉しそうに微笑みながら、今度はサンドイッチを食べ易いように小さく千切り、私の口元に差し出す。
 私はそこで漸く、違和感と疑問を感じた。


(ちょっと……ちょっと待って……? 私がこうなってしまったのって、この人がカトレーダと不貞したのが原因じゃない! 何で私の世話を焼いているの? あの子はどうしたのよ?)


「……もう満足したのか? よく頑張って食べたな。偉いぞ、ロア」


 口を開かなくなった私の頭を優しく撫でたリオーシュは、その手を下に降ろすと私の頬をそっと触る。


「……温かい……」


 ポツリと呟いたリオーシュは、顔を下に向けると、何とポロポロと涙を零し始めた。


(えっ!?)


「済まない、ロア……。済まない、済まない……っ」


 何度も謝罪の言葉を出し、泣き続けるリオーシュ。


(……それは、“何”に対しての謝罪なの……?)


 ……私は、涙を流す彼を複雑な思いで見ていた。
 その時、扉からノックの音が聞こえ、私の専属侍女のリーデルが中に入ってきた。


「おはようございます、お食事は終わり――はぁ……また泣いていたんですか……。泣いても喚いても、エウロペア様は元には戻らないんですよ。いい加減分かって下さい」


 リーデルはやれやれと言った感じでリオーシュに言葉を投げた。


(えっ!? 一国の王様にそんな不躾な口調で発言していいの、リーデルッ!?)


「……あぁ……済まない」


 けれどそれを咎める事なく、リオーシュは涙を拭って立ち上がる。
 どうやらリオーシュが泣くのは、これが初めてではないようだ。


「ロア、私は公務に行ってくる。君はゆっくりと休んでくれ」


 リオーシュは、涙の溜まった瞳のまま小さく笑うと私の頭を撫で、扉に向かって歩き出した。
 途中、リーエちゃんにチラリと視線を向けられ、私はドキッとする。
 リオーシュは一瞬苦しそうな表情を浮かべたけれど、何も言わず部屋を出て行った。


「全く……。あんなに毎日泣いて後悔するんなら、不倫なんてしなきゃ良かったのに。男の考える事なんてサッパリ分からないわ」


 リーデルが朝御飯を片付けながらブツブツとぼやく。


(毎日泣いてる……? リオーシュが……? どうして……? ――うぅっ、色々訊きたいのに喋れないこの身体が憎いっ。でもまぁ、人形がいきなり喋り出したら大騒ぎで質問どころじゃ無くなるわよね……)


 ――そして、一日経って分かった事は、このリーエちゃんの身体では眠たくならないし、食欲も湧かない。やはり、『本能』は全部本体の私に置いてきたようだ。

 夜になると、本体の私は自然と眠ってくれるようだった。
 そして真夜中、リオーシュが私の部屋に入ってきた。フラフラと危なっかしい足取りでベッドまで行くと、本体の私の隣で横になって毛布を被る。
 そして、リオーシュは本体の私の方を向いて目を閉じた。


「ロア、愛している……。愛しているんだ……」


 低く切ない囁き声が、私の聴覚を擽る。
 暫くすると、小さな寝息が聞こえてきた。

 私の心は、戸惑いと混乱で埋め尽くされていた。


(……私と離婚してカトレーダと一緒になると思っていたのに……。私を愛してる、って……? あんなにあの子と仲良かったじゃない。中庭で口付けなんてしてたじゃない。それに……二人で部屋に入った時、あの子を抱いたんでしょう? それなのに、一体どういう事……?)


 私の疑問に答えてくれる人は、勿論誰もいなくて……。


 ――それから毎日、私はリーエちゃんの中で、リオーシュの涙ながらの懺悔と後悔を見続ける羽目になるのだった……。




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