人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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13.穴に埋めたい三人組 ◇

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 涙ながらの懺悔は、本当に毎朝日課のように行われた。
 こんなに毎日見続けさせられると、赦す赦さないの問題じゃなく、もう見飽きたわ! と思えてきて。
 リーデルも言ってたけど、そんなに後悔したのなら、どうして不倫なんてしたのよ? と問い詰めたくなる。

 一種の気の迷い? それでも、あんなに仲睦まじい姿を頻繁に見せられ、白昼堂々の口付けを見てしまい、挙句に二人、あの人の部屋で最後まで……。


(……私は深く傷付いたんだから。もうずっと泣いて後悔して懺悔していなさいよ。フンだ)



 そんなある日、リオーシュが一匹の小さなぬいぐるみを持ってきた。
 それは私の髪の色と同じ薄紫色の、何の動物か分からない独特な形のぬいぐるみで。


「……ロア。君の友人に、友達を連れてきたんだ。あの子に友達を作ってあげなきゃ、と言っていただろう? 私も君を真似て縫ってみたんだが……やはり、君みたいに上手く出来なかった。それでも、独りよりはいいだろう?」


 どうやらそれは、彼の手作りらしく。
 リオーシュは立ち上がると、ベッドの脇に置いてある棚に近付く。その棚の上には、リーエちゃんがいるのだ。
 リオーシュは何故かフッと顔を綻ばせると、リーエちゃんのすぐ隣に、正直上手とは言えない薄紫色のぬいぐるみを置いた。


「一応、猫なんだが……全く可愛くないな……。君が猫が好きだと言っていたから、頑張って作ってはみたんだが……はは、笑ってやってくれ」


 間近で見るリオーシュの両目の下には、濃い隈が出来ていた。その目を細めて苦笑すると、リオーシュは本体の私に視線を戻した。


「……公務に行ってくる。君は、ゆっくりと休んでいてくれ……ロア」


 リオーシュは本体の私の頭を撫で、グッと唇を噛み締めた後、踵を返すと静かに部屋を出て行った。
 私は、隣のぬいぐるみに目を移す。


(これが、猫……? ――フフッ、リオって何でも出来ると思っていたけど、手先は不器用なのね。けど、私がこうなってしまって、王妃の必要最低限の公務も一緒にこなしているだろうに、私の為にこれを作って……。目の下の隈が酷かったわ……。絶対睡眠が足りてないじゃない……美形が台無しよ。役立たずの私なんか捨てて、カトレーダなり他の令嬢なり王妃を娶ればいいのに……。本当に……私の事を愛しているのなら、何で不貞なんかしたのよ……)


 リオーシュがぬいぐるみを置いた時に少し傾いてしまったのか、リーエちゃんがバランスを崩し、隣のぬいぐるみにコテンと寄り掛かってしまった。
 そのぬいぐるみは、見た目よりフワフワとしていて肌触りが良くて。


(ふふ、気持ちいい……)


 その感触を楽しんでいると、扉が開き、再びリオーシュが姿を現した。


(あら? 何か忘れ物でもしたのかしら?)


 リオーシュは棚から書物を数冊取り出すと、ふとその上にあったリーエちゃんとぬいぐるみに目を向けた。
 寄り添い合っている二人にリオーシュは目を瞠ると、黄金色の瞳を細めてクスリと微笑む。

 それは見惚れるくらい、本当に優しい微笑みで。

 そしてリオーシュは、リーエちゃんとぬいぐるみを、顔を綻ばせながら眺めていた。
 その視線に、リーエちゃんの中にいる私は何となく居た堪れない気持ちになってくる。


 その時、扉がノックされて入ってきたのは、この国の宰相であり、私の友人であるミュールの父親の、レテウス・フォアレゼン公爵だった。
 赤茶色の長い髪と同じ色の瞳を持ち、スラリとした長身で眼鏡を掛けている彼は、見た目通りの聡明で知的な人だ。


「ここにいらっしゃいましたか、陛下。なかなか捕まらないから捜すのに苦労しましたよ」
「済まない、色々と忙しくてな。何か用か、宰相」


 フォアレゼン公爵は本体の私をチラリと見ると、すぐにリオーシュの方へ視線を戻した。


「陛下。王妃陛下を治す方法は見つかりましたか?」
「……いや、まだだ。調べてはいるが難航している……」
「これだけ探しても情報が無いとなると、見つかる可能性は低いかと。王妃陛下がこのような状態になられてから、既に二ヶ月以上経っております。国民には病気と伝えておりますが、これ以上の王妃の不在は、疑惑と猜疑心を招くでしょう」
「…………」
「国民の不要な混乱を招かない為に、王妃陛下とは離縁し、新しい伴侶を迎えるのが得策と考えます。自然の脅威からこの国を守る『神の加護』を再度得る事も早急に必要ですし、世継ぎの事も考えますと、益々早い方が宜しいかと」


 リオーシュはフォアレゼン公爵の提案に、ギロリとその黄金色の瞳を鋭く向けた。


「何度も言っているが、私はエウロペア以外の妻を娶る気は毛頭無い。私の妻は生涯、彼女ただ一人だ。自然の脅威については、魔導士達が頑張ってくれているが、彼らに負担が掛からないよう他の策も具体的に練っているところだ」


 私はリオーシュが言った事に、自分の耳を疑った。


(……え……リオ……? それって……。どうして――)


「なら、世継ぎはどうするのです。王妃陛下がこのままだった場合、ずっと作らないおつもりですか?」
「そ、それは――」


 リオーシュが言い淀み、唇を噛み締め俯いた時、


「世継ぎ、作れますよ」


 と、扉の方から声がし、二人が振り向くと、城の主治医である先生が、曲がった腰の後ろに両手を回した姿で立っていた。


「いやぁ……すみませんね、王妃様の様子を見に伺ったら、扉が開いていて話が聞こえてしまいました」
「先生、『世継ぎが作れる』って――」
「えぇ、王妃様は生殖機能が無くなった訳ではないので、陛下の子種を王妃様の子宮内に注げば普通に作れますよ。お互いに生殖機能の問題が無ければ、世継ぎの心配は無用ですな。けどまぁ、産むのは王妃様ですし、彼女の許可無く作られてはいけませんので、それは本当に最終手段になりますが」


(せっ、先生っ!? もっと薄紙に包んで言ってーー!?)


「そう……なのか……」
「もしかしたらですが、性交時の特別な刺激や、性交する事によって、神様が二人の仲が戻ったと認識されて、五感と感情と思考がヒョッコリと戻ってくるかもしれませんぞ? 性交しても王妃様に悪い影響は出ないですし、早速今夜試してみては? 何がキッカケで治るかはやってみないと分かりませんしな。避妊薬はすぐに処方出来ますぞ」


(だから薄紙に包んで――って……今夜ぁっ!? 何言ってるのよっ、性急じゃない!? ちょっと先生っ、そのニヤニヤ顔は何よっ!?)


「分かった。エウロペアが元に戻る可能性が少しでもあるのなら試したい」


(えぇっ!? リオも即答ぉっ!? それこそ私の許可無く勝手に決めないでよっ!)


「お言葉ですが、陛下。物も言わない感じない、無表情のままの王妃陛下に勃つのですか? 自分は失敗する可能性が非常に高いと思いますが」


(はっ!? ちょっ!? 公爵もツンと澄ました顔して何言ってるのっ!?)


「それは全く問題無い。私はエウロペアの裸を見ただけで勃つ。心配無用だ」


(きゃあぁーっ!? リオまで何言ってるのっ!? しかもすごいキリッとした顔で!? 何が「心配無用だ」よ!? ――ちょっ……先生、ニヤニヤし過ぎーーっ!!)


 目の前で繰り広げられる、とんでもない会話の数々に、私はリーエちゃんの中でブルブルと震え続けていた。



(――もう、もうもうもう……っ! 誰か地面に穴を深く掘って埋めて頂戴っ! この破廉恥三人組をーーっ!!)




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