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16.夫の弁解
しおりを挟む私は真っ青になっているであろう顔で、カタカタと震えながら横に立つレクサールさんを見上げると、彼は少し驚いた表情でこちらを見下ろしていた。
私はその顔が見ていられなくて、慌てて頭を下げる。
「……っ。ご……ごめんなさいレクサールさんっ!! 私が受け止められなかったから、わ……割れちゃって……。謝って済むことじゃないけれど……。だ、“大事なモノ”なのに……。ほ、本当にごめんな――うっ……」
「フィンリー。いい、泣くな。大丈夫だ、問題ない。俺は……すごく嬉しいから。アレが当たった部分、痛くなかったか?」
「……え? あ……だ、大丈夫、です……」
「良かった」
恐る恐る見上げると、いつの間にか、レクサールさんは穏やかに微笑んでいた。見惚れるほど綺麗な微笑で、私を見つめている。
「レクサール……さん……?」
「……何よ……何よレクサール様……。あたしにはそんな顔全然見せたことないのに……。何でお姉ちゃんなんかに……っ」
妹が憎々しげに私を睨みつける。私はその視線に怯むことなく真っ直ぐと見据えた。
この子は今、やってはいけないことをしたのだ。
「……プリヴィ。レクサールさんの“大事なモノ”を投げつけるなんて、貴女――」
「うるさいうるさいうるさいっ!! あたしは悪くないっ!! 悪くないもんっ!! お義兄様を奪い取ってお姉ちゃんの泣いて悔しがる顔を見たかっただけなのにっ!! 何であたしがこんなに悔しがらなきゃいけないのっ!! そんなのおかしい!! 絶対におかしいっ!! あたしは少しも悪くないんだからぁっ!!」
プリヴィは癇癪を起こしたように叫ぶと、身体を服で隠したまま扉をバンッと開け、部屋を飛び出していった。
えっ!? あの子、その格好で外に出るつもり!?
私が急いで追い掛けようとすると、レクサールさんが手を掴んで止めてきた。
「大丈夫だ。そこまで馬鹿じゃないだろうし、どこか空いている部屋で服を着るだろう」
「……そう、ですね……。すみません、レクサールさん……。後で必ず妹に謝らせますので……。お詫びの品も――」
「そんなものはいい。俺は全く気にしていない。そのお蔭で俺は、君と――」
「え……?」
最後まで言わずに唇を閉じ、美麗な微笑みを浮かべているレクサールさんを見上げた時、背後から声が飛んできた。
「フィンリー……。どうしてここに……いるんだ……?」
それはエンディニオ様だった。いつの間にか服を着て、ベッドから立ち上がっている。
――しまった、妹のとんでもない行動でこの人の存在忘れるところだった……!
「……エンディニオ様が一週間経ってもお戻りにならなかったので、心配になり休暇を戴いてこちらまで伺いました」
「そう、だったのか……。ボクの為に……。悪かったな……」
「いえ」
エンディニオ様は無表情の私の返答に下を向くと、戸惑いがちに話し始めた。
「その……。さっき、プリヴィが言った通り、ボクにはそういう“性癖”があって、彼女にその解消を手伝って貰ってたんだ。だから、その……決して『不倫』ではなくて――」
「でも妹を抱いていたんですよね? 妹を愛しているんですよね? だから毎日抱け――」
「ちっ、違う!! それだけは絶対に違うっ!! ボクが愛しているのはお前だけだっ!! お前の子供しか欲しくないっ!!」
必死に叫ぶエンディニオ様に、私は冷たい視線を返す。
「……では、何故妹にその“秘密”を打ち明けたのですか? 妻の私ではなくて?」
「……っ」
その問いに彼は勢いを無くし、また下を向いた。
「そ、それは……彼女に酒を飲まされて、ひどく酔ってその勢いで……。それに、そんなカッコ悪い“性癖”、妻のお前には絶対に言えないじゃないか……。お前は『男らしい』ボクを愛しているんだろ? それを知られて幻滅されたくなかったんだ……」
「誰が『男らしい』貴方を愛していると仰ったのですか?」
「へ?」
エンディニオ様が顔を上げて私を見てきたので、私も真っ直ぐに彼を見返した。
心做しか彼の顔が赤くなった気がしたけれど、どうでも良かった。
彼の妻の座という『居場所』は捨てると決めたのだから。
最後に私は、彼に言いたいことを全て言う。
……そう、決めたんだ。
「私はそんなこと、一言も申していません。貴方の“秘密”だって打ち明けてくれたなら、解決方法を一緒に考えたと思います。流石に私は鞭で打てませんから、違う方法で……。勝手に私のことを推測して勝手に決め付けないで下さい」
「……え、う……」
「それに、妹を愛していないと仰いましたが、日中仲睦まじくデートをされていましたね? 肩を抱いたり、腕を組んで寄り添いながら高級衣料店に入って、妹に服を買ってあげて。エンディニオ様も楽しそうに微笑みながら妹を見つめていて」
「み、見てた……のか……?」
エンディニオ様が驚きの表情を浮かべる。私はそれに、わざと溜め息をついてみせた。
「あんなに堂々とくっつきながら大通りを歩いていれば嫌でも分かります」
「う……。そ……それは……む、向こうがくっついてきたんだ!! だから仕方なくボクも……。服を買ってあげたのは、“性癖”の解消に付き合って貰った礼で! ぼ、ボクが笑っていたのは、お前のことを考えていたから……!!」
「……一緒に外出してデートをしてお店を見てご飯を食べて……。妻の私には一度もそんなことしてくれませんでしたよね?」
「いっ、言ってくれれば幾らだってした!! 服や物だって幾らでも買ってあげた!! お前の行きたい所に幾らでも!! そうだ、お前が言ってさえくれればボクは……っ!!」
力強く言い放ったエンディニオ様の言葉に、私はニッコリと微笑んだ。
「……エンディニオ様、最初の夜、私に仰いましたよね? 『ボクの邪魔だけはするなよ? ワガママも口答えも許さない。ボクに従順で大人しくしてろよ』、と。私はその“約束”を、ずっと……ずーっと守ってきました」
「……あ……」
エンディニオ様の顔がサーッと青くなっていくのを、私は微笑みを崩さずに眺めていた。
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