私から何でも奪い取る妹は、夫でさえも奪い取る ―妹の身代わり嫁の私、離縁させて頂きます―

望月 或

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38.おやすみなさい

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 ふ……と目が覚めると、一番に天井が見えた。
 見覚えのある、何だか懐かしく感じる天井――あぁ、ここはルバロ子爵夫人の部屋だ。


「フィンリーッ!? 起きたのかっ!?」


 ガタンッと大きく椅子を引く音がし、すぐ近くで愛しい人の声が聞こえた。


「……レクサール、さん……」


 声がガラガラだ。どのくらい声を発してなかったんだろう……。


「無理して喋るな。待っててくれ、今水を用意する」


 レクサールさんは、ベッドの脇にあるテーブルに置かれたコップを手に取ると、水差しから水を注ぐ。そして私の肩に腕を通し、上半身を起こしてくれた。
 レクサールさんは私の肩を抱いたまま、持っているコップをゆっくりと私の口元に近付け、水を飲ませてくれる。
 お蔭で喉が潤い、声も大分出せるようになった。


「……ありがとうございます、レクサールさん。ご心配をお掛けしまして……」
「そんなことはいい。それよりも、君を護れなくて本当にすまなかった……。奴の弟に誓ったばかりなのに、俺はそれを不様にも破ってしまった……。君にも彼にも、面目次第も無い……」


 絞り出すような声で言葉を紡ぎ、唇を噛み締め下を向くレクサールさんに、私は慌てて首を左右に振った。


「謝らないで下さい! 私の方こそ、レクサールさんだったら避けられたと思うのに、勝手に庇ってしまって――」
「いや、そんなことはない。あのままだったら俺は刺されていた。庇ってくれてありがとう、フィンリー。――ただ、もう二度とあんなことは止めてくれ。君が俺のもとからいなくなると考えただけで、全身が冷水を浴びたかのように冷え、身体の震えが止まらず生きた心地がしなかった。俺も君が、とても――俺の命よりも大切なんだ……。……もう……あんな思いはさせないでくれ……」


 私をギュッと抱きしめてくるレクサールさんの身体が、小刻みにカタカタと震えている。


「……ごめんなさい、レクサールさん……。私も、もう刺されたくないです。でも、私だって貴方のことはもっと大切なんです。二度とやるなと言われても、また勝手に身体が動いてしまうかもしれません。だから――」
「……君は……本当に……。――ははっ、これじゃ押し問答だ。なら、俺がそれより早く動こう。今以上に鍛錬しなければな」


 ふ、と苦笑した気配がし、私を抱きしめる力が強くなった。


「レクサールさん、あれからどれくらい時間が経ちましたか?」
「二日経っている。逃げたあの男はまだ見つかってはいない。一体どこにいるのか……」
「ふっ、二日もっ!?」


 どおりで声がガラガラになっているはずだ……!


「君の傷は深かったが、医者が駆けつけて診る頃にはいつの間にか塞がっていて、今は傷跡も何もない状態だ。本当に不思議なことがあるものだな……」


 アーシアさんの言った通りだ……! ありがとう、アーシアさん……。

 ――そうだ! 勘違いしているレクサールさんの誤解を解かなきゃ!


「レクサールさん、驚かずに聞いて下さい。実は、私の中に貴方のお母様の半分の魂が住んでらっしゃいます。『ブラックコア』の中にずっと入っていて、私が『コア』を吸収したから、お母様も私の心の中に入ってきました。目にも鮮やかなお花畑を作って、気持ち良さそうなハンモックもあって、七色の空も湖も綺麗で、小鳥達の鳴き声が素敵で、可愛い猫ちゃん達もいて、作ってくれた美味しいケーキが最高で。可愛らしい少女の姿で快適な生活を送っています。お腹の傷を治してくれたのもお母様です」
「は……?」


 うん……そうだよね。こんな説明、「は?」って言いたくなるよね……。でも全部本当のことなの……。


「もう半分は、国王陛下の持つ『レッドコア』の中にいらっしゃいます。お母様とお話出来たのですが、レクサールさんのこと、全く恨んでいませんよ。『わたしはあなたを産めて本当に幸せ』、『あなたを愛している』と微笑みながら仰っていました。これは本当のお話なんです。信じて下さい」


 私が真剣にレクサールさんに告げると、彼は見開いていた目を細め、静かに微笑んだ。


「君のことは最初から信じている。母上の本当の気持ちが知れて良かった……。ありがとう、フィンリー。わだかまりを綺麗に取ってくれて」
「いえ、そんな……」
「母上とはいつでも話せるのか?」
「いえ、『ブラックコア』と私の身体がまだ馴染んでいないので、今はいつでもは難しいです。馴染んだら、夢の中でお話出来るそうです」
「そうか。夢で母上に会ったら、是非その話を聞かせてくれ」
「勿論、喜んで!」


 私とレクサールさんは、顔を見合わせフフッと笑い合う。


「……そうだ、ガーロッドさんにも会わないと。お母様からの言伝があるんです」
「そうなのか。だが、旅立つのは少し休んでからにしよう。二日間眠っていて、体力も落ちているはずだ。飯もちゃんと食べられるようになってからだ」
「それを言うなら、レクサールさんも休んで下さい。目の下に酷い隈が出来ていますよ? ずっと寝ずに付き添っていてくれたのですね……。すごく嬉しいのですが、本当に無理はしないで下さい……」
「大丈夫だ、今寝る」


 レクサールさんはそう言うと、スルリと私の布団の中に潜り込んできて、私は彼の腕の中に閉じ込められてしまった。
 顔中にキスの雨を降らせ、最後に触れるだけの口付けをされる。


「……ちょっ、レクサールさん――」
「あぁ、温かい……。フィンリーの温もりと……匂い……だ……。すごく……安ら……ぐ――」


 程なくして、スースーと寝息が聞こえてきた。
 こんなにすぐ眠るなんて、やっぱり限界だったんだ……。


「ありがとう、レクサールさん。おやすみなさい……」


 私はレクサールさんの胸に顔を埋め、そっと目を閉じた。





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