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17.募る一抹の不安
しおりを挟む「何かしたいことはありますか?」
着替え終わり、ユーリが用意してくれた朝食を美味しく食べている時だった。
不意に彼からそんなことを訊かれ、イシェリアは思わずキョトンとしてしまった。
「え……?」
「折角“自由”になれたのなら、好きなことをしていいんですよ。『衣食住』は僕が提供しますから。貴女のしたいことをお聞かせ下さい」
「したい、こと……?」
城で王妃をやっていた頃は、国務や王妃の責務で一杯一杯だった。それに『洗脳』されていたから、そんなことを考える余裕なんて持っていなかった。
私がしたいこと――
「……お菓子を……作りたい、です。実家の料理長が作ってくれたお菓子がとても美味しかったから、そんなお菓子を私も作ってみたいです……」
「おや? 花を育てるんじゃなくて?」
「え、お花? どうしてですか?」
「――あ。いえ、その……。貴女の耳のピアスが花型だから、花が好きなのかな……と思いまして」
イシェリアの問い掛けに、ユーリは何故か少し慌てた風に返してきた。
「あぁ、このピアスですか? 髪が長かった時は隠れて見えなかったから、今は見えるようになったんですね」
「……その、花のピアスはいつから……?」
「えっと……。あまり覚えていないのですが、昔……大切な人から戴いた気がするんです。本当に、すごく大切な人だったような――」
……そう。
その人は、口が悪くて。
ガラも悪くて。
私をからかうのが好きで。
太陽のような笑顔が眩しくて。
茶色の髪と、明るい茶色の瞳で――
あの人は、“夢の中の人”ではなかった……?
私は確かにあの人に会っている――
――あれ? 口が悪い……って、アーテルのアルジさんと同じ……?
偶然? それとも――
「……そうですか」
向かいから聞こえてきたその声音がとても優しかったので、イシェリアは思考を中断しユーリを見上げると、小さく口の端を持ち上げて微笑んでいた。
その微笑みがどことなく寂しそうに見えたのは、イシェリアの気の所為だろうか――
「……では、今日は必要なものを買い揃えて、お菓子の材料も買いましょうか。最初は簡単に作れるクッキーが無難かもですね。一緒に作りましょう」
「あ――はい、ありがとうございます! ――あ、私、違う名前を名乗った方が良いでしょうか? 元王妃だってことを隠した方が良いですよね?」
「あぁ、そこは心配いりませんよ。この小さな町は自分達の生活で一杯一杯で、王族には全く興味を持っていませんから、王と王妃の姿や名前も分からない人が多いです。もし分かったとしても、こんな田舎の町に元王妃がいるなんて夢にも思いませんよ。同じ名前の別人だと捉えるでしょう」
「それは良かったです……」
そう言うイシェリアの顔がまだ晴れなかったので、ユーリは首を傾げて彼女に尋ねた。
「まだ何か心配事でも?」
「あ、はい……。その、父からの追手は本当に来ませんでしょうか……?」
「あぁ、なるほど。昨日、ロウバーツ侯爵家宛に例の物を送りましたから大丈夫でしょう。……第三者が介入しない限りは」
「第三者……?」
「例えば、――王とか」
「……っ!!」
コザックの、自分に執着する執拗な言葉を思い出し、イシェリアの身体がブルリと震えた。
彼女の様子に気付いたユーリは、静かにおもむろに立ち上がった。
「……ではちょっとそこまで行ってきますね」
「え? そこまで? どちらまでですか?」
「あのクズ王を“暗殺”しに、そこまで」
「ご近所にお買い物に行く軽い感覚で物騒なコトをしに行かないで下さいッ!?」
「貴女を辛い目に遭わせた恨みもありますから。それに……貴女を脅かす者は、誰であろうと――例え神であろうと容赦しませんよ」
「わぁ、すごくトキメクお言葉ありがとうございます!? でも“暗殺”は止めて下さいねっ!? ――だ、大丈夫ですよ! きっと王后になったメローニャさんと仲良く暮らしていますよ! 私のことなんか忘れて!」
「……そうですね……」
ユーリの中で嫌な予感が拭えない。彼のそういう直感は当たるのだ。
しかし今は、イシェリアを不安にさせることを言ってはいけない。
ようやく彼女は“自由”になれて、“本当の笑顔”を取り戻したのだから――
ユーリはフラリとイシェリアの側に立つと、顔を近付け彼女の口元に付いていたジャムをペロリと舐めた。
「おっと失礼、ジャムが付いていたもので」
「っ!!?」
椅子をガタンッと後ろに引き、舐められた場所に手を当てみるみる真っ赤になっていくイシェリアの顔を見て、ユーリは堪らず「ふはっ」と笑う。
(――本当に、“幸せ”な時だ……)
気休めにしかならないが、王がこのまま何もしないことをユーリは祈るのだった――
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