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18.王の執念

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「もうあれから一週間も経っているんだぞッ!? イシェリアはまだ戻らないのかッ!?」


 王の部屋に、コザックの怒声が響く。


「……はぁ……ちょっとは落ち着きなさいよ。最近のアナタ、何でも物に当たって、表情もいつも怒っていて怖いって使用人達から言われているわよ。全く、折角の美形が台無しだわ」


 部屋の中を無意味に歩き回るコザックに、フカフカのソファに足を組んで座っていたメローニャは、呆れたように言葉を投げた。


「そんなの知ったことかッ! 私はイシェリアに会いたくて会いたくて仕方ないんだッ!! あの子に愛あるなぶりをして、あの子の泣き顔を一刻も早く見たいんだ!! あの子の涙と血の味をまた味わいたいんだよ……ッ!!」
「あらあら、相変わらずの変態ね。まぁ確かに、あの子が戻ってこないとアタシが王后の仕事をさせられちゃうし、すごく困るのよ。結構溜まってきてるのよねぇ」


 メローニャの他人事な台詞に、コザックは息を大きく吐いて何とか怒りを沈ませると、非難の言葉を出した。


「今は君が正式な妻だろう。イシェリアも王妃の責務を完璧にこなしていたんだ。私もちゃんと国務をやっている。あの子がやっていた分も含めて、毎日夜中まで掛けてな」
「それ、殆ど間違ったり雑な処理をしてるって話を使用人達がしてるのを聞いたわよ。そういうおマヌケなトコも好きよ、フフッ」


 メローニャの馬鹿にしているような言い草に、コザックは顔を紅潮させて怒鳴った。


「う……うるさいッ! イシェリアがいないから調子が狂ってるんだッ! あの子がいたら私も完璧にこなせるんだよ!! ――とにかく、君にもちゃんとして貰わないと困るんだ」
「えぇー? イヤよそんなの。面倒なコトは嫌いなのよね。アタシは気楽に楽しく暮らしたいの。知ってると思うけど、自由奔放なのよ、アタシ。アナタもそんな枠に囚われないアタシを好きになって、愛するようになったんでしょ?」
「……それは……そうだが……」
「それにしても、一週間も帰ってこないなんておかしいわね。『洗脳』されているのなら、一刻も早くアナタに会いたくて堪らないハズなのに。それ以前に、自らアナタと離れようとはしないハズ――」


 そこで、メローニャはハッとあることに気付き顔を上げた。


「……もしかしたら、あの子の『洗脳』が解けたのかもしれないわ」
「はあぁっ!? 何だってっ!? 『洗脳』は上位の魔導師でないと解けないと言ったのは君じゃないか!!」
「そうだけど、他に解ける何かがあったのかも……。はぁ……面倒だけど調べてみなきゃだわ」
「それは困るっ! イシェリアは私を愛していないと駄目なんだ! あの子の“全て”は私だけなのだから。そして、あの子の“全て”が私のモノなんだ。『洗脳』が解けたあの子が、他の男のもとに行くなんて決して許さない。そんなことは許されない。あの子の身体を隅々まで愛でていいのは、この私だけなんだ」


 コザックはギリッと音が鳴るくらいに奥歯を噛み締めると、執務机の引き出しから『移動ロール』を取り出した。

 これは、使用する者が行ったことのある場所なら、魔力を使ってそこへ瞬時に移動出来る、最高級品の巻物だ。
 一般人は絶対に手に入れることが出来ない高価な代物だが、コザックは王なので、緊急時用に幾つか持っているのだ。


「今からロウバーツ侯爵家に行く。君も付いてきてくれ」
「あら、いいわよ。気分転換にどこかに出掛けたかったのよね」
「…………」


 メローニャの呑気さに、コザックは小さく舌打ちをしたが、怒鳴る時間が勿体無い。
 二人は『移動ロール』を使い、すぐにロウバーツ侯爵家に飛んだ。




**********




「こ、これはこれは国王陛下と王后陛下! わざわざお越し下さりありがとうございます……!」


 応接間に通されたコザックとメローニャは、ペコペコと薄い頭を下げるロウバーツ侯爵を冷たく一瞥した。


「挨拶はいい。単刀直入に聞く。イシェリアはどこだ」
「……は? 私の娘……、ですか?」
「そうだ。あの子は『二番目』となったが、私の妻であることに変わりはない。王妃の位もそのままだ。何故あの子は私のもとへ帰ってこない? 貴殿がこの屋敷に留めているのか?」


 コザックのその言葉に、ロウバーツ侯爵は酷く狼狽え始める。


「は? え……? あの娘は国王陛下と離縁されたのですよね? だからここに戻って――」
「離縁はしたが、形式上は私の妻だ!! 愛する私のイシェリアはどこだッ!! あの子を今すぐに出さないと、貴殿の立場がどうなるか――」
「ヒッ……そっ、それだけはお許しを!! そ、その、イシェリアは、国王陛下と離縁して出来た心の傷を癒やしに旅行に出掛け、その先で運悪く賊に殺られてしまい……」


 コザックは、ロウバーツ侯爵のしどろもどろの説明に、はち切れんばかりに碧色の瞳を見開かせた。


「イシェリアが……殺された、だと? 賊に……?」
「は、はい……。その情報は確かなもので……。証拠もありまして――」
「ふざけるなッ!! そんなわけあるかッッ!! イシェリアが私を置いて二度と会えない場所にいく筈がないッ!! そんなのはデタラメだッ!! その証拠とやらをさっさと見せてみろッッ!!」
「ひ、ヒイィッ! はっ、はいぃ! いい今すぐに……っ」


 コザックの激昂にロウバーツ侯爵はしきりに恐縮し、転がるように自分の部屋に走っていった。そしてすぐに袋を手に持ち戻ってくる。


「こ、この中にあの子の髪と血が……。現場にはこれしか残っていなかったようで……」


 コザックは袋を受け取り、中から血の付いたイシェリアの髪を取り出す。
 そして髪を鼻に近付け匂いを嗅ぐと、露骨に顔を顰め、すぐさま袋に投げ捨てるように戻した。


「違う……これはイシェリアの血では絶対に無いッ!! 髪はあの子のもので間違いは無いがな……」
「は……? それはどういう――」
「あの子の血は、こんなに臭くて汚くない。あの子の血は時間が経っても綺麗なままで、匂いも芳しくとても美味なんだ。いつまでも味わっていたいくらいにな……。本当に……貪りたいくらいに……。――もう一度言う。この血はあの子のものじゃ決して無い。これは偽造だ。誰かがあの子をんだ」
「は、はぁ……?」


 コザックの台詞の中に情報量とツッコミどころが多過ぎて、ロウバーツ侯爵はついていけない。


「あの子は生きている……ちゃんと生きているんだッ!! ――ロウバーツ侯爵、貴殿はもう一度情報を再確認しろ。誰がこんな偽造をしたのかを正確に洗い出せ。私の可愛いイシェリアを止めずに黙って旅に行かせた罪はかなり重いぞ」
「はっ、はいぃっ! 畏まりました……っ!!」
「メローニャ、今すぐ城に戻るぞ。秘密裏で至急捜索隊を出す。一週間しか経っていないから、この国からは出ていない筈だ。必ずあの子を捜し出して、私のもとに連れ帰る。その時にまた『アレ』を頼む。今度は二度と一生解けないよう強めに掛けてくれ」
「えぇ、分かったわ。『アレ』は二度目だとより強力に掛かるから問題無いと思うわよ」


 冷や汗が絶賛身体全体に垂れ流し中のロウバーツ侯爵を残して、二人は再び城へと飛んだ。



「イシェリア……。君は永遠に私の傍にいるんだ。君の頭の先から爪先まで、全てが私のモノなんだ。待っていてくれ、私の可愛い愛しのイシェリア。絶対に見つけ出してあげるから――」 



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