イージスの盾

櫃間 武士

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第5章「ジョニー、ブログを立ち上げる」

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「――――何を言っとるのだ、お前は?」

 セラベラムと会話している俺は、他人が見たらブツブツと独り言を言ってる危ないヤツだ。

 トレビノは不思議そうに俺を見つめていた。

 隠し部屋の壁一面には、百個以上のセーフティーボックスが設置されている。
 
 俺はその中から94番と書かれたボックスを引き出し、中から6センチ×2センチ程の小型の機器を摘み出した。

「こいつを貰うぜ」

「――駄目だ!駄目だ!お前は、それが何かわかっているのか?」

「これはトークンだ!」

 俺が手にした小型機器のスイッチを押すと、小さな液晶画面に十桁の英数字の列が表示された。

「これはあんたの銀行口座にアクセスするためのワンタイムパスワードを生成する機械だ。この液晶に表示されたパスワードを打ち込めば、あんたの口座を自由に操作できる」

「お、お前は最初からそれが目当てだったのか!?いや!何故、そこにトークンを保管していることが分かったのだ!?」

 トレビノは想定外の俺の行動に、悪い夢を見ているように信じられないという表情で固まっていた。

「お前はわしの全財産を巻き上げる気か!?冗談ではない!!」

「ここであんたを殺したところで、麻薬カルテルの資金が残っている限り、別の誰かが悪事を働くからな。所詮は金儲けのためにできた組織だ。金さえなくなれば、自然消滅しちまうさ」

 トレビノはフンと馬鹿にしたように鼻を鳴らし、他人の心を冷え冷えとさせる嘲笑を浮かべた。

「15秒たったぞ。一度生成したパスワードは、15秒たったらもう無効になる。さあ、それをわしに返してくれ」

 俺は素直にトークンを放り投げ、トレビノに返してやった。

 俺は隠し部屋を出ると、床に転がったザックを拾い上げ、金属バットを中に戻した。

「さあて、用事も済んだし、帰るとするか………」

 トレビノが怪訝な面持ちで俺に尋ねた。

「金塊はいらんのか?」

「俺はあんたの口座のパスワードを知りたかったのさ。俺の娘は凄腕のハッカーなんだが、さすがに天文学的組み合わせのパスワードは解析できなかった」

「だが、今のバスワードはもう時間切れで使えんぞ?」

「自分の口座を確認してみろ」

 俺の言葉にトレビノはサッと顔を青ざめた。

 トレビノは慌てて机の上のノートパソコンを操作し、画面を食い入るように見た。

 十億ドル以上あったトレビノの口座残高が、見る見る内に減っていく。

「こ、これはどういうことだ!?お前の仕業なのか!?」

 俺は胸ポケットからスマホを取り出して、トレビノに見せた。

 スマホにはネットバンキングの画面が表示されていて、俺が操作していないのにもかかわらず、目まぐるしく画面が変わっている。

「俺の娘がお前の口座から金を振り込んでいるところだ。十ドルずつ、世界中の一億の口座にランダムに振り込んでいる。取り戻すのは不可能だろうな」

「うおおおおおおッ!!」

 トレビノは憤怒と絶望のあまり、言葉にならない喚き声を上げ、ノートパソコンの液晶画面を指でかきむしった。

 画面の表示される残高の数字は慌ただしく変化し、金額の桁数がどんどん小さくなっていく。

 ついに残高金額は、$10.00を表示し、停止した。

「金がなければ、あんたはただのハゲ散らかした醜いオッサンだ。誰も助けてくれない。誰も守ってくれない。俺が手を下さなくても、お前を恨んでいる誰かに殺されるだろうぜ」

「――――おのれ!おのれ!おのれ!!許さん!許さんぞ!!」

 怒りは激しい波の様にトレビノの全身に拡がって行き、目に狂気めいた殺気がこもっていた。

 トレビノは机の上のインターフォンのスイッチを押して言った。

「マンテル大尉、殺れッ!!」

 マンテル大尉!?

 うかつにも、トレビノの親衛隊隊長、マンテル大尉の姿が見えないことに気がついていなかった。

 階下で爆発が起き、轟然たる音響と共に建物全体が猛烈に震え出した。

 足元の絨毯が衝撃で波のようにうねった。

 俺を中心として足元の絨毯が大きな円を描いて窪み、俺の身体は吸い込まれるように沈んでいった。

 床には大きな穴が開き、下のフロアーに落下した俺は、分厚い絨毯に包み込まれた上に、幾つものコンクリート片が積み重なった。

 俺の身体はイージスの盾のおかげで傷一つついてはいなかったが、ガレキの中に閉じ込められて、到底抜け出せそうもなかった。

 ドンという鈍い衝撃が胸の上のガレキから伝わってきた。

 ボディアーマーに身を包んだマンテル大尉が、ガレキの山の上に飛び乗ったのだ。

「マンテル大尉か!油断してたぜ!」

 俺がガレキの下から叫ぶと、マンテル大尉の呆れた口調で言った。

「こいつはたまげた!これでもまだ、生きているのか!?ジョニーとやら、貴様の身体は一体どうなっているのだ?」

「ざまあみろ!身動き一つ出来まい!」

 階上からトレビノのあざけり声が聞こえてきた。

「さすがだな、マンテル大尉!」

「セメントで部屋ごと、こいつを固めてやりましょう」

「それには及ばん。口惜しいが、程なくこのビルは崩壊するだろう。このビルがそいつの巨大な墓標となるのだ!」

「しかし、部下のカタキを取らないと、私の腹の虫がおさまりません!」

「いいから、こっちに来い!わしはもう、屋上のヘリポートから脱出する。隠し金庫の金塊を積み込むから手伝え!」

 マンテル大尉は舌打ちをして、ガレキの山から飛び降りた。

 そして、靴音を響かせて部屋を出て行った。
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