イージスの盾

櫃間 武士

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第5章「ジョニー、ブログを立ち上げる」

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「パパ、困ったことになりましたねぇ」

 ガレキの下敷きになった俺の頭の中に、セレベラムの声だけが聞こえてきた。

「このままビルが倒壊して、埋まっちまったら俺たちはどうなる?」

「即死はしませんが、長期間、栄養を補給できないとさすがに餓死します」

「もしかして、ピンチなのか?」

「絶体絶命の大ピンチです」

「トレビノはどうしてる?監視用ドローンで屋上のヘリポートを見てくれ」

「――――マンテル大尉と一緒に、金塊をヘリコプターに積み込んでいます」

「あれだけ資金が残っていたら、またすぐに麻薬売買を再開できるだろうな」

「あの金塊も取り上げるべきでしたね」

「詰めが甘かったな………」

「そうですね」

「どんだけ防御力が高くても、拘束されたら手も足もでねぇな」

「私、もっと、思慮深く、慎重な人の体内で生まれたかったです」

 セラベラムの愚痴のようなつぶやきが、小さく俺の頭の中に響いた。

 俺はムッとして、思わずセラベラムを怒鳴りつけてしまった。

「勝手に人の身体に寄生しておきながら、その言い草は何だ!嫌なら出て行け!」

「私達はパパの体内から出たら、長くは生きられません………」

 セラベラムの声は少し哀愁を帯びていた。

 大人げなくセラベラムに八つ当たりをしてしまった。
 
 俺は深呼吸をして、冷静さを取り戻した。

「――まあ、何だ!ケンカしる場合じゃねぇな。トレビノを追いかけるぞ!」

「どうやってですか?」

「今、俺の右手は、しっかりとザックを握りしめているんだぜ!」

 俺は得意満面で言うと、ガレキの下で右手だけで手探りでザックを引き寄せた。

「こうして……少しずつ……指を動かして………。ザックの口を開いて……中に手を突っ込む!」

 俺の右手が、レモンのような形をした金属の塊を掴んだ。

 M26手榴弾だ。

「よし!手榴弾を掴んだぞ!」

「手榴弾ぐらいじゃ、こんな大きなコンクリート片、びくともしませんよ」

「俺のザックの中には、プラスティック爆薬が入っているのを忘れたのか?」

「テレビに仕掛けられていたC4爆薬ですか!確かに手榴弾でプラスティック爆薬を起爆したら、大爆発が起こります。ガレキの山も吹き飛びます」

「よし!手榴弾を爆発させるぜ!」

「待ってください。爆発でこの建物が倒壊する恐れがあります」

「そん時はそん時だ!やるぜ!!」

 俺は片手でM26手榴弾の安全ピンとジャングルクリップを抜いて、レバーを解放した。

「私、もっと、思慮深く――――」

 凄まじい大音響が四方に響き渡った。

 フロアーのガラスというガラスが残らず砕け落ち、窓だった穴からは爆風でおびただしい粉塵が吹き出した。

「――――慎重な人の体内で生まれたかったです」

 俺の上に山積みになっていたガレキはきれいさっぱり吹き飛んだ。

 しかし、フロアーを支えていた柱もへし折れ、壁に亀裂が走った。

 床が大きく斜めに傾き、俺は滑り台のようになった床の上を転がり、建物の外に飛び出してしまった。

 俺は無数のコンクリート片を引き連れて、吸い込まれるように地面に向かって落下した。

 十六階の高さから数秒で俺は地表に到達した。

 着地の瞬間、ビルの前に停車したパトカーの傍らに立つペドロ刑事と目が合った。

 ペドロ刑事の方も俺に気づいたようで、目を見開きて驚愕の表情をしていた。

「ガレキが落ちてくるぞ!離れろ!」

 ペドロ刑事に向かった俺は叫んだが、果たして耳に届いただろうか。

 俺は着地の瞬間、膝を大きく曲げ、反動をつけて大ジャンプをした。

 木っ端微塵に砕け散ったビルの破片が降り注ぐ中、俺の身体は重力など存在しないかのように猛スピードで上昇した。

 フィフス・ストリートのアジトだったビルは、大きな音を立て、砂の土の塔のように脆くも崩れていく。

 俺の眼前にトレビノ達の乗ったヘリコプターが近づいてきた。

 シングルローター式汎用ヘリコプター、ベル407って機種だ。

 崩壊する建物が吹き上げる爆風に煽られ、ヘリコプターはフラフラと空中に停止している。

「もうちょい!」

 俺は右手を懸命に伸ばし、最後には大きな鳥のように両手を翼を羽ばたかせ、ヘリコプターのスキッドと呼ばれる脚部にしがみついた。

 懸垂の要領で体を持ち上げると、俺はスキッドの上にまたがった。

 顔を向けられないほどの風が激しく吹き荒び、今にも吹き落とされそうだ。

「ハッ!何と言うぶっ飛んだヤツだ!!」

 マンテル大尉が感無量な面持ちで感嘆の声を放った。

 スキッドに必死にしがみついていた俺は、驚いて顔を上げた。

 なんと、マンテル大尉がヘリの扉を開き、命綱もなしで外に出て来ると、スキッドの上に立ったのだ。

「それはこっちのセリフだ。あんたも相当キテるぜ」

「執念深いヤツだ!落ちろ!」

 マンテル大尉は片手でヘリの扉に捕まりながら、俺を突き落そうと何度も何度も足で蹴飛ばした。

 蹴られても痛くも痒くもなかったが、俺は立ち上がることができず、身動きできなかった。

 スキッドを掴む手が疲れて痺れてきた。

 もう、ダメだ!振り落とされてしまう。
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