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04 妊娠
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わたしは二十五歳になった。
気がつくと、遊ぶ友達がいなくなっていた。
結婚した人、子供が生まれた人、遠くへ引っ越した人。スマホの連絡帳には名前が並んでいるけれど、誰にメッセージを送っても、既読はついても「また今度ね」で終わる。
夜、食卓でひとりコーヒーを飲みながら、「わたしもいつの間にか大人になったんだな」と思った。
美和子ちゃんが結婚したと聞いたのは、母の電話からだった。
「美和子ちゃん、春野市で結婚式したんだって。お相手ね、昔ちょっと噂になってた不良の男の子だって」
受話器の向こうの母は、親切そうで、呆れたって感じが隠せていなかった。
不良の彼と? わたしは驚いた。あのころの噂が、本当だったなんて。
しかも、今は二人で自動車整備の会社を立ち上げたという。
「すごいね」と言いながら、胸の奥がざわついた。
あの美和子ちゃんが、油の匂いのする作業服を着て、手を汚して働いているなんて。
でも、きっと似合っている。彼女は昔から、自分の選んだ道をまっすぐ歩く人だった。
それに比べて、わたしの毎日は、決まりきった手順で終わる。病院の事務を覚えなきゃと事務室に行くが、叔母ちゃんが紹介してくれた事務員さんが、
「わたしがやりますから、奥様はゆっくりしていてください」と言うのに甘えて雑誌を読んで過ごす。
二日に一度は実家に帰る。父の姿はない。いつの頃からか、別の家庭を持っているようだ。
「また、川東のおじさんがあんたの子供のことを言っていたよ」と母が愚痴をこぼすが、これは母が言いたいことでもあるようだ。
「跡取りは大事だからね」とチラリと本音を漏らしてくる。だから実家に行くと憂鬱なのだが、つい足が向いてしまう。
そんなある日、いきなり吐いた。実家でお茶を飲んでいる時のことだ。
慌てて、洗面台に駆け込んだ。
「こんな時こそ、医者の旦那さんよ」と母に言われて病院に言った。
夫はわたしの話を聞くと検査をして間違いないと言った。
「よかったな。ちょっと自分が不甲斐ないような気がしていた」と夫は言った。
看護婦の貼り付けたような笑顔の
「おめでとうございます」が気になった。
病院は夫の紹介で、春野市で一番人気の産婦人科を予約した。
すでに予約がいっぱいだったけれど、夫の伝手で、なんとか枠を確保してもらえた。
わたしはその話を聞いて、少しだけ誇らしい気持ちになった。
「さすがうちの人」と思った。
それからというもの、わたしの生活は一変した。
雑誌を買いあさり、妊婦の栄養や胎教、出産後の教育方針まで勉強した。
「子どもは三歳までが勝負」という言葉に、赤ペンで線を引いた。
ベビー用品のカタログを眺めて、部屋の間取りを考え直すのが日課になった。
それまで飾っていたアロマの瓶や観葉植物は、すぐに片付けた。
赤ちゃんの安全のために、角のない家具に買い替えた。
夫は笑って、「気が早いな」と言ったけど、わたしは真剣だった。
この子には、最高の環境を与える。最高の教育を受けさせる。
生まれてくる前から、そう誓った。
ある日、病院の駐車場ですごい車を見た。外車で、長くて派手だった。そして待合室で美和子ちゃんに会った。
聞くと予定日も近い。嫌な気分になったが、闘志が湧いて来た。
次の検診の時、迷ったが、性別を教えて貰った。男の子だった。少しがっかりしたが、ママ大好きな子に育てようと思うと楽しみになった。
気がつくと、遊ぶ友達がいなくなっていた。
結婚した人、子供が生まれた人、遠くへ引っ越した人。スマホの連絡帳には名前が並んでいるけれど、誰にメッセージを送っても、既読はついても「また今度ね」で終わる。
夜、食卓でひとりコーヒーを飲みながら、「わたしもいつの間にか大人になったんだな」と思った。
美和子ちゃんが結婚したと聞いたのは、母の電話からだった。
「美和子ちゃん、春野市で結婚式したんだって。お相手ね、昔ちょっと噂になってた不良の男の子だって」
受話器の向こうの母は、親切そうで、呆れたって感じが隠せていなかった。
不良の彼と? わたしは驚いた。あのころの噂が、本当だったなんて。
しかも、今は二人で自動車整備の会社を立ち上げたという。
「すごいね」と言いながら、胸の奥がざわついた。
あの美和子ちゃんが、油の匂いのする作業服を着て、手を汚して働いているなんて。
でも、きっと似合っている。彼女は昔から、自分の選んだ道をまっすぐ歩く人だった。
それに比べて、わたしの毎日は、決まりきった手順で終わる。病院の事務を覚えなきゃと事務室に行くが、叔母ちゃんが紹介してくれた事務員さんが、
「わたしがやりますから、奥様はゆっくりしていてください」と言うのに甘えて雑誌を読んで過ごす。
二日に一度は実家に帰る。父の姿はない。いつの頃からか、別の家庭を持っているようだ。
「また、川東のおじさんがあんたの子供のことを言っていたよ」と母が愚痴をこぼすが、これは母が言いたいことでもあるようだ。
「跡取りは大事だからね」とチラリと本音を漏らしてくる。だから実家に行くと憂鬱なのだが、つい足が向いてしまう。
そんなある日、いきなり吐いた。実家でお茶を飲んでいる時のことだ。
慌てて、洗面台に駆け込んだ。
「こんな時こそ、医者の旦那さんよ」と母に言われて病院に言った。
夫はわたしの話を聞くと検査をして間違いないと言った。
「よかったな。ちょっと自分が不甲斐ないような気がしていた」と夫は言った。
看護婦の貼り付けたような笑顔の
「おめでとうございます」が気になった。
病院は夫の紹介で、春野市で一番人気の産婦人科を予約した。
すでに予約がいっぱいだったけれど、夫の伝手で、なんとか枠を確保してもらえた。
わたしはその話を聞いて、少しだけ誇らしい気持ちになった。
「さすがうちの人」と思った。
それからというもの、わたしの生活は一変した。
雑誌を買いあさり、妊婦の栄養や胎教、出産後の教育方針まで勉強した。
「子どもは三歳までが勝負」という言葉に、赤ペンで線を引いた。
ベビー用品のカタログを眺めて、部屋の間取りを考え直すのが日課になった。
それまで飾っていたアロマの瓶や観葉植物は、すぐに片付けた。
赤ちゃんの安全のために、角のない家具に買い替えた。
夫は笑って、「気が早いな」と言ったけど、わたしは真剣だった。
この子には、最高の環境を与える。最高の教育を受けさせる。
生まれてくる前から、そう誓った。
ある日、病院の駐車場ですごい車を見た。外車で、長くて派手だった。そして待合室で美和子ちゃんに会った。
聞くと予定日も近い。嫌な気分になったが、闘志が湧いて来た。
次の検診の時、迷ったが、性別を教えて貰った。男の子だった。少しがっかりしたが、ママ大好きな子に育てようと思うと楽しみになった。
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