見栄と友情

朝山みどり

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11 産まれたね

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 浮気相手の出産は、ちょっと大変だったみたいだけど、無事に終わったと聞いた。
 やめた彼女の代わりに入った看護師もようやく慣れてきた。
 わたしは、夫も事務員もいない休診日の午後、ひとりで病院の事務を洗い直していた。

 診療報酬の明細、給与台帳、領収書。
 遠回りしたけど、無駄じゃなかった。
 大きな病院で事務をしていた経験が、今こうして役に立っている。
 経理の流れも、帳簿の癖も、目を通せば誰が何をしているか一目でわかる。
 書類の束をめくるたび、紙の匂いとインクの匂いの中に、夫の裏切りの跡がまだ潜んでいる気がした。

 浮気相手の出産から一月後、わたしは戸籍と住民票を取った。
 静かにファイルに挟んで、弁護士の事務所へ向かった。
 厚い扉の向こうに入ると、弁護士は目でわたしの決意を察したようだった。
「確認しました。ご主人、出生届の父欄に署名されていますね」
「ええ、認知しています」
「その子は嫡出子として、あなたの子どもになりました」
「嫌ですね」
 口の中が乾いた。
「こんな子を産んだ覚えはありません」

 弁護士は笑って、
「やりましょう。必ず勝てます。単なる調停です」


 診療時間が終わった頃、わたしは夫のいる病院へ行った。
 夫の診察室のドアを開けると、彼は電話をしていた。
「待っててね、行くから」っと慌てて電話を切って
「どうしたんだ、こんな時間に」
「話があるの」
「話?」
「知らない子が、わたしの子になっているの」
 彼の表情が凍った。
「裁判で、あなたの認知を外さないといけないわ」
「何を言ってる?」
 わたしは戸籍謄本を見せた、
「ね?わたしはね、産んで無いのに、子供が増えてるの」
 夫は立ち上がり、机の縁をつかんだ。
「そんな馬鹿な・・・俺は、父親だと署名しただけだ」
「そうね。だけど、あなたは、わたしの夫。だから、その子は子供になったの」
「・・・」
「残念ね。知識不足。あなたが浮気して作った子が、わたしの子として記録された。法律って厄介ね。外したいのよね。その子わたしの相続人になるのよ。図々しい」

 彼は唇を噛んだまま、何も言えなかった。白衣の袖口から、震える手が見えた。
「すぐに外す。そして離婚してくれ」
 ようやく出た声は掠れていた。
「離婚するけど、その子わたしから外したいのよ。外すのは裁判所に言わないとね。離婚はそれから。慰謝料とか色々手続きしないとね」
「わかった」

 そう言うと光一さんはキーを持つと出て行った。


 弁護士から電話があった。
「相手方に通知を出しました。ご主人の代理人は、すでに連絡を取ってきています」
「そうですか」
「ただ、ご主人は『勘違いして認知した』と主張しています」
「勘違い?」
 思わず笑ってしまった。
「彼は、認知すれば母親が自動的に浮気相手になると思ってたそうです」
「そうね。普通そう考えるよね」わたしもそう思っていたもの」
「ですが、その主張がまかり通るわけではありません。ご安心ください」
「もし、彼が認知を取り消したら、子供の母親は誰になるんですか?」
「一時的に、父母の記載が空白になります。その後、実母が改めて出生届を出すことになります」
「じゃあ、彼女が母になるわけですね」
「そうです。正しい形に戻るだけです」

 調停はもちろん不成立。予定通り裁判となった。

 
 裁判の日、弁護士と並んで法廷に入った。
 相手席には夫と、あの女。彼女は赤ん坊を抱いていた。
 小さな手。あの子は、何も知らない。
 書記官が名前を読み上げる間、夫は一度もわたしを見なかった。
「嫡出否認」が認められた。
 わたしは、あの子の母ではなくなった。

 ふと振り返ると、彼女が夫の腕に支えられながら廊下を歩いていた。
 彼女の頬を伝う涙が光った。
 それが何の涙か、もう知る必要はなかった。

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