見栄と友情

朝山みどり

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16 地域の病院

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 春の風がまだ冷たかったある朝、病院の看板を拭きながら、思った。
 ここは、わたしの病院なのだ。

 あの裁判が終わってから、まだ一年も経っていない。
 夫の裏切りも、看護師の出産も、あの法廷の冷たい空気も、すべてが昨日のことのように思えるのに、生活は着実に変わっていった。

 離婚が成立して、一番最初に取りかかったのが医師の確保だった。


 採用をかけると、すぐに何人か、応募があった。
 その中から、二人採用した。
 一人は三十代前半で、医師の家庭に生まれたと言う、おっとりした男性。
 もう一人は、五十代の経験豊かな女性。大学病院の修羅場を経験したらしい。大学病院の修羅場ってテレビを連想したが、違うみたい??
 医療の原点とか、医師を志した時のとか言っていたけど、この人になら治して貰えるって思えそうな人だった。


 二人採用したのは、診療時間を長くしたかったから。


 働く人たちが帰宅する時間、午後六時以降に診てもらえる病院は、この町には少ない。


 早番と遅番を組んで診療時間を延ばすと、すぐに変化は表れた。
 夕方、会社の制服姿のまま子供を連れて来る人。都心の職場から電車で戻ってきた会社員。
 仕事から戻って来た子供に運転して貰ってやって来る人。免許を返納しているとそうなってしまうのだ。

 午後九時の待合室が、世間話で賑わうなんて思わなかった。
「助かったわ」「こんな時間までやってくれるなんて」
 経営者として読みが当たったと、自慢したくなるし、喜んでもらえて嬉しい。

 土日診療を始めようかと医師に相談して、医師の人数を増やすことを考え始めた頃、夫の母校から電話があった。

 若手の医師を働かせて貰えないか?と。

 土日に診療を始めることを考えて医師、二人に勤務時間の希望とかを聞いている時と言うタイミングの良さだったが、どういう事情なんだろうと不思議に思った。

「それは単純にお金が欲しいのだと思います」
「え?」二人は説明してくれた。

「皆さん、奨学金の借金もあるし、実家も無理して学費を払ったり、だからアルバイトをしたいんですよ。単純です。万一に備えてわたしたちは交代で、自宅待機しますから土日診療して下さい」
「なるほど、自宅待機っていくらくらい払えば?」

 こういうことで土日も病院を開けた。

 運がいいのか悪いのか、最初の週末、地域の運動会でアキレス腱を切ったとか、挫いたとかっていう患者が、やって来て、すごく感謝された。

 息子は合格した私立の医大には行かずに一浪して国立の医大に入学した。

 入学式には、母も誘って一緒に行った。もう、手を引いて歩ける子供はいないけど、一緒に撮った写真の笑顔にあの時の笑顔が重なった。


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