36 / 39
33 神官の話 フェルナンド目線
しおりを挟む
朝一番で、俺は神殿の奥の小さな応接間にいた。
連絡もしないで突然訪ねてきた俺を、ブラウン神官は少し驚いた顔で迎えたが、すぐに茶を淹れてくれた。
この神殿は、ルークが、いや、あの時はまだオオヤナギ・ライトと名乗っていたんだな。が召喚されて暮らし始めた場所だ。
この場所で、何が起こったのか。
召喚の場に立ち会い、その後も関わり続けた者の口から、俺はどうしても話を聞いておきたかった。
誰に頼まれたわけでもない。俺の役目だと、勝手に思っただけだ。
あいつに何が起こったのか、何をされたのか?全部を知っておきたい。
「フェルナンド様がこうしておいでとは珍しいですね。ルーク様は街へ? 三人と一緒に?」
ブラウン神官が少し冗談めかして言う。
俺がルークから片時も離れないのは、もう有名らしい。
俺は笑って返した。
「ああ。護衛はつけてある」
ルークに、何かあったら耐えられないからな。
俺はすぐに本題に入った。
「召喚の時の話を、改めて聞かせてほしい。あなたが見たままを、そのままの形でだ」
ブラウン神官は目を伏せ、記憶を辿るように息を吐いてから口を開いた。
「魔法陣の中に二人が現れました。誰もが最初に目を奪われたのはミツルギ様のほうです。
小柄で黒髪、黒い瞳。あの場にいた誰もが『神子様』だと信じました。
最初、私はオオヤナギ様に気づきませんでした。ミツルギ様が、何か足で踏みつけてる?なに?と思いましたが、一瞬でもう一人だとわかりました。
倒れている姿が見えて、あれっと思ったときには、もう立ち上がっていましたが・・・
大柄で表情は荒んでいて、何を考えているのかわからない、そんな印象でした」
俺は黙って頷く。
ブラウン神官は少し宙を見てから、ゆっくり続けた。
「見た目だけなら、とても良い男でしたよ。金茶色の髪に、濃い茶色の瞳。整った顔立ちで、足も長くて、でも、表情が。
あの時のあの顔は、とても醜いと思いました」
そうだったのか、と胸の奥が少し軋む。あの頃のルークの表情を、俺は知らない。
この神殿で、どれだけの時間をあの顔で過ごしたのか。
「関わりたくなかったが、お前が神殿に連れてきたと、記録にはあるな」
「ええ。お情けで連れてきたと記録には残してあります。それは責任の回避です。
いらない存在だが、見捨てなかったと、後で言い訳できるように。王宮が保護しないのを神殿が保護してあげた形にしました」
俺は小さく息を吐き、頷いた。
ブラウン神官は自嘲するように笑って茶に目を落とす。
「最初は、大柄で足音は響くし、ドアは力任せに閉めるし、誰もが眉を顰めていました。
でも、だんだん静かに歩くようになったんです。
最初は何もさせなかった。ただ、希望通り図書室で本を読ませておいた。
読書を好むなんて、あの姿からは想像もできなかったですからね。
何もさせなければ問題は起きないと、誰もがそう思っていたんです。
でも、噂が王宮から流れてきました」
「噂?」
「ええ。オオヤナギはミツルギ様を苛めていたと。召喚も無理やり割り込んだと。
怖いけど、ひとりぼっちのオオヤナギ様が可哀想だから、神子様はそばに置いてあげると。
皆、優しい神子様だと褒めていました。
でも実態は、座学の時間に一日中立たされて、魔法の練習の時も、そばに立たされて。
影で魔法を補助していたと聞きます。ミツルギ様の力は落ちていました。あの訓練で怪我をしましたが、魔法士は気づいていたんですよ。この調子じゃ無理だと事故が起こると。だから彼らは参加しなかった」
誰もミツルギに逆らわなかった。頭では理解できる。だが、俺の胸の奥で何かが怒りを噛み殺すように唸った。
その時、扉が静かに開いて、マイル神官が顔を出した。
「来てくれたね。フェルナンド様がいらしてる。広間の掃除のことを話してくれないか」
「ああ」
マイル神官は俺に一礼すると、ゆっくりと語り始めた。
「広間の掃除は、本来、見習いが何人かで分担するものです。けれど、オオヤナギ様だけに押し付けられていました。
他の見習いたちは水をぶちまけて、彼を笑ったんです。
でも、あの方は一人になると、魔法で水を集めて窓から捨てて、掃除道具も全部、どこかに収納して、手ぶらで納戸へ向かいました」
「能力を隠してらした」
ブラウン神官が小さく付け加えた。
「それを見て、ようやく私たちは気づきました。無能ではなく、隠しているのだと。隠す方がいい。そう判断させる扱いをしていました。
ただ、私たちは、気づきましたから、注意して見守るようにしましたが、神殿、王宮とも、オオヤナギが邪魔だと思っていましたから・・・神子様はミツルギ様だと信じていましたから・・・あの逃亡事件。
給金を盗んだと近衛隊が包囲した件は、二人の力ではどうしようもありませんでした。王子と神子には太刀打ちできません。
結果、私たちは、真の神子様を追い出してしまったのです」
俺はしばらく二人を見ていた。
「ルークの顔が、あのミツルギの最初の頃の表情に似ているとか?」
「同じ顔でも、顔つきは人柄を映すものですね」
ブラウン神官が呟くように言った。
応接間には、風の音だけが微かに届く。
冷めた茶を口に含んで、俺は深く息を吐いた。
「ありがとう。話してくれて感謝する」
二人は静かに頭を下げた。
俺は立ち上がり、扉へ向かう。
神殿の外に出て、空を仰いだ。
今頃ルークは、街で笑っているだろう。「お土産買ってくるね」と手を振って出かけた。
俺はルークが戻ってきたら、笑顔で迎える。それだけだ。
何があっても、ルークの笑顔を曇らせるわけにはいかない。
胸を張って、俺は歩き出した。
連絡もしないで突然訪ねてきた俺を、ブラウン神官は少し驚いた顔で迎えたが、すぐに茶を淹れてくれた。
この神殿は、ルークが、いや、あの時はまだオオヤナギ・ライトと名乗っていたんだな。が召喚されて暮らし始めた場所だ。
この場所で、何が起こったのか。
召喚の場に立ち会い、その後も関わり続けた者の口から、俺はどうしても話を聞いておきたかった。
誰に頼まれたわけでもない。俺の役目だと、勝手に思っただけだ。
あいつに何が起こったのか、何をされたのか?全部を知っておきたい。
「フェルナンド様がこうしておいでとは珍しいですね。ルーク様は街へ? 三人と一緒に?」
ブラウン神官が少し冗談めかして言う。
俺がルークから片時も離れないのは、もう有名らしい。
俺は笑って返した。
「ああ。護衛はつけてある」
ルークに、何かあったら耐えられないからな。
俺はすぐに本題に入った。
「召喚の時の話を、改めて聞かせてほしい。あなたが見たままを、そのままの形でだ」
ブラウン神官は目を伏せ、記憶を辿るように息を吐いてから口を開いた。
「魔法陣の中に二人が現れました。誰もが最初に目を奪われたのはミツルギ様のほうです。
小柄で黒髪、黒い瞳。あの場にいた誰もが『神子様』だと信じました。
最初、私はオオヤナギ様に気づきませんでした。ミツルギ様が、何か足で踏みつけてる?なに?と思いましたが、一瞬でもう一人だとわかりました。
倒れている姿が見えて、あれっと思ったときには、もう立ち上がっていましたが・・・
大柄で表情は荒んでいて、何を考えているのかわからない、そんな印象でした」
俺は黙って頷く。
ブラウン神官は少し宙を見てから、ゆっくり続けた。
「見た目だけなら、とても良い男でしたよ。金茶色の髪に、濃い茶色の瞳。整った顔立ちで、足も長くて、でも、表情が。
あの時のあの顔は、とても醜いと思いました」
そうだったのか、と胸の奥が少し軋む。あの頃のルークの表情を、俺は知らない。
この神殿で、どれだけの時間をあの顔で過ごしたのか。
「関わりたくなかったが、お前が神殿に連れてきたと、記録にはあるな」
「ええ。お情けで連れてきたと記録には残してあります。それは責任の回避です。
いらない存在だが、見捨てなかったと、後で言い訳できるように。王宮が保護しないのを神殿が保護してあげた形にしました」
俺は小さく息を吐き、頷いた。
ブラウン神官は自嘲するように笑って茶に目を落とす。
「最初は、大柄で足音は響くし、ドアは力任せに閉めるし、誰もが眉を顰めていました。
でも、だんだん静かに歩くようになったんです。
最初は何もさせなかった。ただ、希望通り図書室で本を読ませておいた。
読書を好むなんて、あの姿からは想像もできなかったですからね。
何もさせなければ問題は起きないと、誰もがそう思っていたんです。
でも、噂が王宮から流れてきました」
「噂?」
「ええ。オオヤナギはミツルギ様を苛めていたと。召喚も無理やり割り込んだと。
怖いけど、ひとりぼっちのオオヤナギ様が可哀想だから、神子様はそばに置いてあげると。
皆、優しい神子様だと褒めていました。
でも実態は、座学の時間に一日中立たされて、魔法の練習の時も、そばに立たされて。
影で魔法を補助していたと聞きます。ミツルギ様の力は落ちていました。あの訓練で怪我をしましたが、魔法士は気づいていたんですよ。この調子じゃ無理だと事故が起こると。だから彼らは参加しなかった」
誰もミツルギに逆らわなかった。頭では理解できる。だが、俺の胸の奥で何かが怒りを噛み殺すように唸った。
その時、扉が静かに開いて、マイル神官が顔を出した。
「来てくれたね。フェルナンド様がいらしてる。広間の掃除のことを話してくれないか」
「ああ」
マイル神官は俺に一礼すると、ゆっくりと語り始めた。
「広間の掃除は、本来、見習いが何人かで分担するものです。けれど、オオヤナギ様だけに押し付けられていました。
他の見習いたちは水をぶちまけて、彼を笑ったんです。
でも、あの方は一人になると、魔法で水を集めて窓から捨てて、掃除道具も全部、どこかに収納して、手ぶらで納戸へ向かいました」
「能力を隠してらした」
ブラウン神官が小さく付け加えた。
「それを見て、ようやく私たちは気づきました。無能ではなく、隠しているのだと。隠す方がいい。そう判断させる扱いをしていました。
ただ、私たちは、気づきましたから、注意して見守るようにしましたが、神殿、王宮とも、オオヤナギが邪魔だと思っていましたから・・・神子様はミツルギ様だと信じていましたから・・・あの逃亡事件。
給金を盗んだと近衛隊が包囲した件は、二人の力ではどうしようもありませんでした。王子と神子には太刀打ちできません。
結果、私たちは、真の神子様を追い出してしまったのです」
俺はしばらく二人を見ていた。
「ルークの顔が、あのミツルギの最初の頃の表情に似ているとか?」
「同じ顔でも、顔つきは人柄を映すものですね」
ブラウン神官が呟くように言った。
応接間には、風の音だけが微かに届く。
冷めた茶を口に含んで、俺は深く息を吐いた。
「ありがとう。話してくれて感謝する」
二人は静かに頭を下げた。
俺は立ち上がり、扉へ向かう。
神殿の外に出て、空を仰いだ。
今頃ルークは、街で笑っているだろう。「お土産買ってくるね」と手を振って出かけた。
俺はルークが戻ってきたら、笑顔で迎える。それだけだ。
何があっても、ルークの笑顔を曇らせるわけにはいかない。
胸を張って、俺は歩き出した。
606
あなたにおすすめの小説
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
出戻り王子が幸せになるまで
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。
一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる