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33 神官の話 フェルナンド目線
朝一番で、俺は神殿の奥の小さな応接間にいた。
連絡もしないで突然訪ねてきた俺を、ブラウン神官は少し驚いた顔で迎えたが、すぐに茶を淹れてくれた。
この神殿は、ルークが、いや、あの時はまだオオヤナギ・ライトと名乗っていたんだな。が召喚されて暮らし始めた場所だ。
この場所で、何が起こったのか。
召喚の場に立ち会い、その後も関わり続けた者の口から、俺はどうしても話を聞いておきたかった。
誰に頼まれたわけでもない。俺の役目だと、勝手に思っただけだ。
あいつに何が起こったのか、何をされたのか?全部を知っておきたい。
「フェルナンド様がこうしておいでとは珍しいですね。ルーク様は街へ? 三人と一緒に?」
ブラウン神官が少し冗談めかして言う。
俺がルークから片時も離れないのは、もう有名らしい。
俺は笑って返した。
「ああ。護衛はつけてある」
ルークに、何かあったら耐えられないからな。
俺はすぐに本題に入った。
「召喚の時の話を、改めて聞かせてほしい。あなたが見たままを、そのままの形でだ」
ブラウン神官は目を伏せ、記憶を辿るように息を吐いてから口を開いた。
「魔法陣の中に二人が現れました。誰もが最初に目を奪われたのはミツルギ様のほうです。
小柄で黒髪、黒い瞳。あの場にいた誰もが『神子様』だと信じました。
最初、私はオオヤナギ様に気づきませんでした。ミツルギ様が、何か足で踏みつけてる?なに?と思いましたが、一瞬でもう一人だとわかりました。
倒れている姿が見えて、あれっと思ったときには、もう立ち上がっていましたが・・・
大柄で表情は荒んでいて、何を考えているのかわからない、そんな印象でした」
俺は黙って頷く。
ブラウン神官は少し宙を見てから、ゆっくり続けた。
「見た目だけなら、とても良い男でしたよ。金茶色の髪に、濃い茶色の瞳。整った顔立ちで、足も長くて、でも、表情が。
あの時のあの顔は、とても醜いと思いました」
そうだったのか、と胸の奥が少し軋む。あの頃のルークの表情を、俺は知らない。
この神殿で、どれだけの時間をあの顔で過ごしたのか。
「関わりたくなかったが、お前が神殿に連れてきたと、記録にはあるな」
「ええ。お情けで連れてきたと記録には残してあります。それは責任の回避です。
いらない存在だが、見捨てなかったと、後で言い訳できるように。王宮が保護しないのを神殿が保護してあげた形にしました」
俺は小さく息を吐き、頷いた。
ブラウン神官は自嘲するように笑って茶に目を落とす。
「最初は、大柄で足音は響くし、ドアは力任せに閉めるし、誰もが眉を顰めていました。
でも、だんだん静かに歩くようになったんです。
最初は何もさせなかった。ただ、希望通り図書室で本を読ませておいた。
読書を好むなんて、あの姿からは想像もできなかったですからね。
何もさせなければ問題は起きないと、誰もがそう思っていたんです。
でも、噂が王宮から流れてきました」
「噂?」
「ええ。オオヤナギはミツルギ様を苛めていたと。召喚も無理やり割り込んだと。
怖いけど、ひとりぼっちのオオヤナギ様が可哀想だから、神子様はそばに置いてあげると。
皆、優しい神子様だと褒めていました。
でも実態は、座学の時間に一日中立たされて、魔法の練習の時も、そばに立たされて。
影で魔法を補助していたと聞きます。ミツルギ様の力は落ちていました。あの訓練で怪我をしましたが、魔法士は気づいていたんですよ。この調子じゃ無理だと事故が起こると。だから彼らは参加しなかった」
誰もミツルギに逆らわなかった。頭では理解できる。だが、俺の胸の奥で何かが怒りを噛み殺すように唸った。
その時、扉が静かに開いて、マイル神官が顔を出した。
「来てくれたね。フェルナンド様がいらしてる。広間の掃除のことを話してくれないか」
「ああ」
マイル神官は俺に一礼すると、ゆっくりと語り始めた。
「広間の掃除は、本来、見習いが何人かで分担するものです。けれど、オオヤナギ様だけに押し付けられていました。
他の見習いたちは水をぶちまけて、彼を笑ったんです。
でも、あの方は一人になると、魔法で水を集めて窓から捨てて、掃除道具も全部、どこかに収納して、手ぶらで納戸へ向かいました」
「能力を隠してらした」
ブラウン神官が小さく付け加えた。
「それを見て、ようやく私たちは気づきました。無能ではなく、隠しているのだと。隠す方がいい。そう判断させる扱いをしていました。
ただ、私たちは、気づきましたから、注意して見守るようにしましたが、神殿、王宮とも、オオヤナギが邪魔だと思っていましたから・・・神子様はミツルギ様だと信じていましたから・・・あの逃亡事件。
給金を盗んだと近衛隊が包囲した件は、二人の力ではどうしようもありませんでした。王子と神子には太刀打ちできません。
結果、私たちは、真の神子様を追い出してしまったのです」
俺はしばらく二人を見ていた。
「ルークの顔が、あのミツルギの最初の頃の表情に似ているとか?」
「同じ顔でも、顔つきは人柄を映すものですね」
ブラウン神官が呟くように言った。
応接間には、風の音だけが微かに届く。
冷めた茶を口に含んで、俺は深く息を吐いた。
「ありがとう。話してくれて感謝する」
二人は静かに頭を下げた。
俺は立ち上がり、扉へ向かう。
神殿の外に出て、空を仰いだ。
今頃ルークは、街で笑っているだろう。「お土産買ってくるね」と手を振って出かけた。
俺はルークが戻ってきたら、笑顔で迎える。それだけだ。
何があっても、ルークの笑顔を曇らせるわけにはいかない。
胸を張って、俺は歩き出した。
連絡もしないで突然訪ねてきた俺を、ブラウン神官は少し驚いた顔で迎えたが、すぐに茶を淹れてくれた。
この神殿は、ルークが、いや、あの時はまだオオヤナギ・ライトと名乗っていたんだな。が召喚されて暮らし始めた場所だ。
この場所で、何が起こったのか。
召喚の場に立ち会い、その後も関わり続けた者の口から、俺はどうしても話を聞いておきたかった。
誰に頼まれたわけでもない。俺の役目だと、勝手に思っただけだ。
あいつに何が起こったのか、何をされたのか?全部を知っておきたい。
「フェルナンド様がこうしておいでとは珍しいですね。ルーク様は街へ? 三人と一緒に?」
ブラウン神官が少し冗談めかして言う。
俺がルークから片時も離れないのは、もう有名らしい。
俺は笑って返した。
「ああ。護衛はつけてある」
ルークに、何かあったら耐えられないからな。
俺はすぐに本題に入った。
「召喚の時の話を、改めて聞かせてほしい。あなたが見たままを、そのままの形でだ」
ブラウン神官は目を伏せ、記憶を辿るように息を吐いてから口を開いた。
「魔法陣の中に二人が現れました。誰もが最初に目を奪われたのはミツルギ様のほうです。
小柄で黒髪、黒い瞳。あの場にいた誰もが『神子様』だと信じました。
最初、私はオオヤナギ様に気づきませんでした。ミツルギ様が、何か足で踏みつけてる?なに?と思いましたが、一瞬でもう一人だとわかりました。
倒れている姿が見えて、あれっと思ったときには、もう立ち上がっていましたが・・・
大柄で表情は荒んでいて、何を考えているのかわからない、そんな印象でした」
俺は黙って頷く。
ブラウン神官は少し宙を見てから、ゆっくり続けた。
「見た目だけなら、とても良い男でしたよ。金茶色の髪に、濃い茶色の瞳。整った顔立ちで、足も長くて、でも、表情が。
あの時のあの顔は、とても醜いと思いました」
そうだったのか、と胸の奥が少し軋む。あの頃のルークの表情を、俺は知らない。
この神殿で、どれだけの時間をあの顔で過ごしたのか。
「関わりたくなかったが、お前が神殿に連れてきたと、記録にはあるな」
「ええ。お情けで連れてきたと記録には残してあります。それは責任の回避です。
いらない存在だが、見捨てなかったと、後で言い訳できるように。王宮が保護しないのを神殿が保護してあげた形にしました」
俺は小さく息を吐き、頷いた。
ブラウン神官は自嘲するように笑って茶に目を落とす。
「最初は、大柄で足音は響くし、ドアは力任せに閉めるし、誰もが眉を顰めていました。
でも、だんだん静かに歩くようになったんです。
最初は何もさせなかった。ただ、希望通り図書室で本を読ませておいた。
読書を好むなんて、あの姿からは想像もできなかったですからね。
何もさせなければ問題は起きないと、誰もがそう思っていたんです。
でも、噂が王宮から流れてきました」
「噂?」
「ええ。オオヤナギはミツルギ様を苛めていたと。召喚も無理やり割り込んだと。
怖いけど、ひとりぼっちのオオヤナギ様が可哀想だから、神子様はそばに置いてあげると。
皆、優しい神子様だと褒めていました。
でも実態は、座学の時間に一日中立たされて、魔法の練習の時も、そばに立たされて。
影で魔法を補助していたと聞きます。ミツルギ様の力は落ちていました。あの訓練で怪我をしましたが、魔法士は気づいていたんですよ。この調子じゃ無理だと事故が起こると。だから彼らは参加しなかった」
誰もミツルギに逆らわなかった。頭では理解できる。だが、俺の胸の奥で何かが怒りを噛み殺すように唸った。
その時、扉が静かに開いて、マイル神官が顔を出した。
「来てくれたね。フェルナンド様がいらしてる。広間の掃除のことを話してくれないか」
「ああ」
マイル神官は俺に一礼すると、ゆっくりと語り始めた。
「広間の掃除は、本来、見習いが何人かで分担するものです。けれど、オオヤナギ様だけに押し付けられていました。
他の見習いたちは水をぶちまけて、彼を笑ったんです。
でも、あの方は一人になると、魔法で水を集めて窓から捨てて、掃除道具も全部、どこかに収納して、手ぶらで納戸へ向かいました」
「能力を隠してらした」
ブラウン神官が小さく付け加えた。
「それを見て、ようやく私たちは気づきました。無能ではなく、隠しているのだと。隠す方がいい。そう判断させる扱いをしていました。
ただ、私たちは、気づきましたから、注意して見守るようにしましたが、神殿、王宮とも、オオヤナギが邪魔だと思っていましたから・・・神子様はミツルギ様だと信じていましたから・・・あの逃亡事件。
給金を盗んだと近衛隊が包囲した件は、二人の力ではどうしようもありませんでした。王子と神子には太刀打ちできません。
結果、私たちは、真の神子様を追い出してしまったのです」
俺はしばらく二人を見ていた。
「ルークの顔が、あのミツルギの最初の頃の表情に似ているとか?」
「同じ顔でも、顔つきは人柄を映すものですね」
ブラウン神官が呟くように言った。
応接間には、風の音だけが微かに届く。
冷めた茶を口に含んで、俺は深く息を吐いた。
「ありがとう。話してくれて感謝する」
二人は静かに頭を下げた。
俺は立ち上がり、扉へ向かう。
神殿の外に出て、空を仰いだ。
今頃ルークは、街で笑っているだろう。「お土産買ってくるね」と手を振って出かけた。
俺はルークが戻ってきたら、笑顔で迎える。それだけだ。
何があっても、ルークの笑顔を曇らせるわけにはいかない。
胸を張って、俺は歩き出した。
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