デイジーは歩く

朝山みどり

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20 敵意の町

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 「ワイズ古着店」にワンピースを二枚持って行った。
 ひとつは淡いピンクの布地に細かい刺繍を散らしたもの、もう一枚は地味な茶色のワンピース。どちらも手をかけた。
 縫っている間だけは、何も考えずにいられるから、いつもより刺繍が多い。

 けれど、店の奥から出てきたワイズ夫人は、困ったように眉をひそめた。
 「うーん。残念ながら、これは買い取れないね」
 「……そうですか」
 わたしの声は、自分でも驚くほど小さかった。
 夫人は少し落ち着かない様子で、店の奥を気にしている。
 「どうかしましたか?」と尋ねても、「あ、いや、ちょっとね」と曖昧に笑っただけだった。
 何か言いたいことがあるような、でも言えないような顔だった。
 気まずい沈黙が流れた。
 わたしは軽く頭を下げて、店を出た。

 外の風が、針の穴を通る糸みたいに細く冷たく頬をなでた。
 縫い物をしていない時の風は、どうしてこんなに痛いんだろう。
 何か縫うものを探そうと、次に「古着屋ニュージー」へ向かった。

 ガラス戸を押して中に入った瞬間、視線を感じた。
 店の奥にいた客が、こちらをちらりと見て、すぐ隣のオーナーに耳打ちした。
 二人でくすくす笑う声が聞こえる。
 何の話をしているのかは、聞かなくても分かった。
 「あの人が、あのデイジーよ
 もう身を引いたのに。
 カイルを奪ったわけでも、恨み言を言ったわけでもない。
 だけど、わたしは悪者だと噂された。終わったことなのにまだ噂されるんだ。

 外の光が、やけに眩しかった。
 石畳の上を見つめながら、とぼとぼ歩いた。
 パン屋が、いい香り。この包みを置いたら買いに行こう。
 女将さんの笑顔を見たい。

 今日は、ハンカチの納品。ハンカチの刺繍も盛りだくさん。自信を持って納められる。
 ハンカチを包む布も新作。これも刺繍を入れてある。

 ちょうど、オーナーが店にいて帳簿をめくっていた。
 「納品に来ました」
 そう言って包みを差し出すと、彼は面倒くさそうに目を上げた。
 「……ああ、これね。そこに置いといて」
 ハンカチをひとつも広げることなく、彼は財布から銀貨を数枚取り出して、テーブルに置いた。放り出さんばかりだった。
 硬貨が乾いた音を立てた。
 「なんだか、雑になったね。しばらく発注は出来ないね、様子を見てまた頼むね」
 見たら、デイジーの刺繍の棚がなくなっていた。
 「……はい」
 それだけ言って、ハンカチを包んでいた布をたたんだ。
 布の手触りだけが、わたしを落ち着かせてくれた。

 外に出ると、明るい陽気な天気だった。
 すれ違う人がわたしを見て、何か囁いた。
 聞き取れない言葉。でも笑い声だけが、やけにくっきり耳に残った。
 背筋を伸ばして歩いた。
 でも、視線の棘が背中に刺さる。

 「もう泣かない」
 口の中でそう呟く。
 涙なんか、もうあげるものか。
 
 店には布と糸が待っていた。

 布を押さえる指先が、少し震える。
 でも、針が進むたびに心が静まっていく。
 
 
 ふと、窓の外を見ると、通りに人影が動いた。
 衛兵の巡回かもしれない。
 影の形が、一瞬、カイルに見えて、心臓が跳ねた。

 いつになったら、カイルはわたしの心から、出ていくのだろう。

 そうだ。明日一人で展望台に行ってみよう。わたしの思いをあの場所に埋葬するのだ。
 
 そしたら、忘れられるかも知れない。

 
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