35 / 44
35 王都のデイジー アンドレ目線
しおりを挟む
気がつけば、わたしは週に一日は彼女のそばにいた。
デイジーさんの店は、驚くほどの速さで人気店になった。
たった一人でここまでやるとは、誰が予想しただろう。
いや、予想していた。わたしは最初から彼女の腕を信じていた。
ただ、想像以上だっただけだ。
店を開けば、ハンカチも小物も売れる。
それだけでなく、仕立て直しの依頼も増えていた。
王都の婦人たちは目が肥えている。中途半端な仕立て直しなど通らない。
だが彼女の手は、古い布を、蘇らせるのがうまい。
「あなたの針、魔法みたいね」
そう言われているのを何度も見た。
デイジーさんはいつも驚いた顔をして、
「そんなただ丁寧に縫っているだけです」
と首を振った。
丁寧ね。
確かに彼女は丁寧だ。だが、それだけじゃない。
ひと針ひと針に、彼女自身の何かが宿る。
それが、見る側の心を掴むのだと思う。
しかし、人気が出るというのは、同時に忙しくなるということでもあった。
品物がどんどん売れるので、彼女は寝る間も惜しんで縫い物をしていた。
ある朝、店の前で彼女を見つけた。
疲れ切った顔で、袖をまくり、庭の鉢に水をやっている。
「昨日も遅くまで刺繍してたんじゃないですか?」
「うん……ちょっと夢中になってしまって」
無理している。明らかに無理をしている。
王都で人気店になるのは良いことだ。でも、それ以上に彼女自身が大事だ。
わたしは少し強めの声で言った。
「休みを決めませんか? 毎日これじゃ体を壊します」
「休む?」と驚いた声が返って来た。
「週三日でいいでしょう。週末だけ開けて、あとの四日はあなたの時間にしてください。もちろん、縫い物もしていいですよ」
「四日も……休んでいいんでしょうか」
「休むんじゃなくて準備をするんですよ。あなたは刺繍を続けられる。古着を探せる。庭もいじれる。息もつける」
言いながら、わたし自身驚いていた。
中途半端な商売人なら、毎日店を開けろと言っただろう。
でも彼女の場合、それは違う。
彼女は作品を作っている。それには、息をつく時間が必要だ。
「この店の開店前に、たくさん作ったでしょ。それと同じです」
しばらくして、彼女は小さく微笑み、
「……はい。そうします」
とうなずいた。
その笑顔が見たくて言ったわけではないのに、
見た瞬間、胸が熱くなった。
ああ、やっぱりだ。わたしはこの人が好きだ。
四日のうち、一日は古着屋を回る。帰りは布袋を抱えて市場を歩く。
わたしはほぼ毎回、荷物持ちとして同行していた。
「そんな、持たせてばかりで悪いですよ」
彼女はそう言うが、
「持たせてください。これが楽しいのです」
と返すと、首を傾げながらいう通りにしてくれた。
彼女の小さい歩幅に合わせて、ゆっくりと大通りを歩くのは、とても楽しい。
「アンドレさん、あそこの古着屋さんに行きましょう」
「いいですね」
古着屋に入ると、彼女は布の触り心地や刺繍の跡を確かめる。真剣そのものだ。
今回は大漁だった。彼女はニコニコして服を持参の布に包んだ。
わたしはそれを大事に持って彼女について歩いた。
妹のマリアも時々やってきて、デイジーさんに刺繍を依頼していた。
新しい服に花を散らしたり、袖口に銀糸を縫い込んだり。
「アンドレ従兄さま、これ、素敵になるわよね?」
「ああ、デイジーさんなら何でも素敵にしますよ」
間違いなく。
マリアは気づいている。
わたしが彼女に心を寄せていることに。
「デイジーさんはいい人ですね。安心して歩けるように守ってあげてくださいね」
その言葉は、妙に胸に残った。
荷物を持ち、歩幅を合わせ、彼女が安心して歩くための場所を確保する。
今はまだ、ただそれだけでいい。
週末の三日間、店は相変わらず大盛況だった。
婦人たちが訪れ、刺繍入りのハンカチや小物を買っていく。
店の様子を見に、ついそちらに散歩をしてしまう。全くこのアンドレ様が情けないことだ。
デイジーさんの店は、驚くほどの速さで人気店になった。
たった一人でここまでやるとは、誰が予想しただろう。
いや、予想していた。わたしは最初から彼女の腕を信じていた。
ただ、想像以上だっただけだ。
店を開けば、ハンカチも小物も売れる。
それだけでなく、仕立て直しの依頼も増えていた。
王都の婦人たちは目が肥えている。中途半端な仕立て直しなど通らない。
だが彼女の手は、古い布を、蘇らせるのがうまい。
「あなたの針、魔法みたいね」
そう言われているのを何度も見た。
デイジーさんはいつも驚いた顔をして、
「そんなただ丁寧に縫っているだけです」
と首を振った。
丁寧ね。
確かに彼女は丁寧だ。だが、それだけじゃない。
ひと針ひと針に、彼女自身の何かが宿る。
それが、見る側の心を掴むのだと思う。
しかし、人気が出るというのは、同時に忙しくなるということでもあった。
品物がどんどん売れるので、彼女は寝る間も惜しんで縫い物をしていた。
ある朝、店の前で彼女を見つけた。
疲れ切った顔で、袖をまくり、庭の鉢に水をやっている。
「昨日も遅くまで刺繍してたんじゃないですか?」
「うん……ちょっと夢中になってしまって」
無理している。明らかに無理をしている。
王都で人気店になるのは良いことだ。でも、それ以上に彼女自身が大事だ。
わたしは少し強めの声で言った。
「休みを決めませんか? 毎日これじゃ体を壊します」
「休む?」と驚いた声が返って来た。
「週三日でいいでしょう。週末だけ開けて、あとの四日はあなたの時間にしてください。もちろん、縫い物もしていいですよ」
「四日も……休んでいいんでしょうか」
「休むんじゃなくて準備をするんですよ。あなたは刺繍を続けられる。古着を探せる。庭もいじれる。息もつける」
言いながら、わたし自身驚いていた。
中途半端な商売人なら、毎日店を開けろと言っただろう。
でも彼女の場合、それは違う。
彼女は作品を作っている。それには、息をつく時間が必要だ。
「この店の開店前に、たくさん作ったでしょ。それと同じです」
しばらくして、彼女は小さく微笑み、
「……はい。そうします」
とうなずいた。
その笑顔が見たくて言ったわけではないのに、
見た瞬間、胸が熱くなった。
ああ、やっぱりだ。わたしはこの人が好きだ。
四日のうち、一日は古着屋を回る。帰りは布袋を抱えて市場を歩く。
わたしはほぼ毎回、荷物持ちとして同行していた。
「そんな、持たせてばかりで悪いですよ」
彼女はそう言うが、
「持たせてください。これが楽しいのです」
と返すと、首を傾げながらいう通りにしてくれた。
彼女の小さい歩幅に合わせて、ゆっくりと大通りを歩くのは、とても楽しい。
「アンドレさん、あそこの古着屋さんに行きましょう」
「いいですね」
古着屋に入ると、彼女は布の触り心地や刺繍の跡を確かめる。真剣そのものだ。
今回は大漁だった。彼女はニコニコして服を持参の布に包んだ。
わたしはそれを大事に持って彼女について歩いた。
妹のマリアも時々やってきて、デイジーさんに刺繍を依頼していた。
新しい服に花を散らしたり、袖口に銀糸を縫い込んだり。
「アンドレ従兄さま、これ、素敵になるわよね?」
「ああ、デイジーさんなら何でも素敵にしますよ」
間違いなく。
マリアは気づいている。
わたしが彼女に心を寄せていることに。
「デイジーさんはいい人ですね。安心して歩けるように守ってあげてくださいね」
その言葉は、妙に胸に残った。
荷物を持ち、歩幅を合わせ、彼女が安心して歩くための場所を確保する。
今はまだ、ただそれだけでいい。
週末の三日間、店は相変わらず大盛況だった。
婦人たちが訪れ、刺繍入りのハンカチや小物を買っていく。
店の様子を見に、ついそちらに散歩をしてしまう。全くこのアンドレ様が情けないことだ。
299
あなたにおすすめの小説
絵姿
金峯蓮華
恋愛
お飾りの妻になるなんて思わなかった。貴族の娘なのだから政略結婚は仕方ないと思っていた。でも、きっと、お互いに歩み寄り、母のように幸せになれると信じていた。
それなのに……。
独自の異世界の緩いお話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです
との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。
白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・
沈黙を続けていたルカが、
「新しく商会を作って、その先は?」
ーーーーーー
題名 少し改変しました
ズルいと言う妹はいませんが、「いいなー」が口ぐせの弟はいます
桧山 紗綺
恋愛
「いいなー姉さん」
そう言う弟の目はお土産のお菓子に向かっている。
定番の婚約破棄・婚約解消と仲良し姉弟がほのぼのお茶をしていたりなお話しです。
投稿が久々過ぎて色々やり方忘れてましたが誤字脱字だけは気をつけました。
楽しんでいただけたらうれしいです。
※「小説を読もう」にも投稿しています。
婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました
ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、
ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。
理由はただ一つ――
「平民出身の聖女と婚約するため」。
だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。
シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。
ただ静かに席を立っただけ。
それだけで――
王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、
王国最大の商会は資金提供を打ち切り、
王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。
一方シャウラは、何もしていない。
復讐もしない。断罪もしない。
平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。
そして王国は、
“王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、
聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。
誰かを裁くことなく、
誰かを蹴落とすことなく、
ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。
これは、
婚約破棄から始まる――
静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。
「私は何もしていませんわ」
それが、最強の勝利だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる