デイジーは歩く

朝山みどり

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37 契約打ち切り

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 拠点は五か所に増えた。場所は街のハズレ。荷馬車が二台止められる広さにこだわって決めた。
 それぞれに荷車も配置した。残念ながら全部を稼働させられない。人が足りないのだ。だが、それもすぐに解決する。
 合計十五台。王都から買い付けてきた部材を使い、木工職人たちと一緒に仕上げた荷車は、見た目も操作性もなかなかの出来栄えだ。

 季節は秋の終わり、朝晩の空気に冷えが混じるようになった。
 リバータウンの冬は寒い。薪がなければ生きられない。だから、薪の山は季節に正直で、寒くなる前にどんどん高くなる。

 リーフ商会の倉庫にも薪が積み上がっていく。この商会の稼ぎ頭だ。

 拠点にあった建物は解体してまっさらな空き地にした。準備完了だ。
 

 さて、と。
 今日の本題は別にある。

 王都からの荷馬車が一台到着した。三日遅れての到着だ。

 積んでいるのは、リーフ夫人とパトリシア嬢のドレス。

 彼らが絶対に遅れては困るもの。
 そして、商会の荷ではなく個人の品だから、遅れても良い。


 仕事の段取りを確認していると、客が来たと知らせが入った。


 来たな。

 ドアを開けたものを押し除ける勢いで、怒りを全身にまとうリーフ夫人が現れた。

 「あなたが経営者?話があるわ!」

 後ろから、令嬢パトリシアが鼻息荒く続いた。

 「どういうつもりなの!? ドレスが遅れるなんてありえないわ!」

 護衛はカイルだ。
 
 皮肉にも、デイジーさんを苦しめた噂の中心の男が、いまは夫人と令嬢を守る立場で立っている。

 わたしは落ち着いた足取りで近づき、深々と頭を下げた。

 「リーフ夫人、パトリシア様。このたびはご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」

 夫人の怒気は収まらない。

 「三日遅れよ、三日! 約束はどうなったの!?」

 「本当に、もう待てないのよ。舞踏会が間近なのに!」

 わたしは重ねて頭を下げた。

 「申し訳ございません。本来あってはならないことです。原因は調査しております。ですが……」

 わざと一拍おく。

 「……これだけのご迷惑をおかけしてしまいましたので、こちらから契約を打ち切らせていただくほかないかと」

 夫人の目に、怒りと驚きが一気に広がった。

 「な、何ですって!? 勝手に打ち切るですって!? 違反したのはそっちなのに!」

 「はい。違反したのは当方でございます。その責任として、契約続行は恐れ多いと判断いたしました」

 パトリシアが叫ぶ。

 「当然よ! こんな無責任な会社、もう使わないわ! もっといい所があるんだから!」

 夫人がさらにかぶせるように言う。

 「契約違反よ! 打ち切りよ、打ち切り! もう、うちとは仕事が出来ないのよ」

 わたしは小さくうなずいた。

 「……承知いたしました。では、打ち切りの書類をお持ちいたします」


 わたしは書類を持って戻り、夫人と令嬢の前に置いた。

 「こちらが契約終了の署名欄でございます。お手数ですが、こちらに」

 夫人はペンを奪うようにして書き込んだ。

 「こんな会社、こっちから願い下げよ! ねえ、パトリシア!」

 令嬢がそうだとうなずく。

 よし。

 俺は書類を確認し、次に皮袋を取り出した。

 「そしてこちらは……契約違反による違約金でございます」

 二人の前で袋をそっと置く。


 夫人の顔に、満足げな笑みが広がる。

 「まあ、当然よね!これは契約ですもの。甘くないわ。仕事ですもの」

 パトリシアもうなずく。

「それと違約金を受領した署名をお願いします」

 夫人はろくに読みもしないで署名した。

 「ほんと、真面目にやってればよかったのに。うちとの取引がなくなるなんて、あなたたち終わりね!」

 そう言い残し、二人は勝者のように馬車へ戻った。カイルは、複雑な表情をこちらに向ける。

 俺は軽く頭を下げた。

 「お気をつけてお帰りくださいませ」

 馬車は砂埃を巻き上げて去っていった。

 地面に残った車輪の跡が、くっきりしている。実にいい気分だ。
 彼らがどれほどの過ちを犯したか、まだ何もわかっていないだろう。



 リーフ商会は、今後、我がハンター運送を使えない。ハンター運送は仕事がなくなったから、荷馬車の大半を他の運送会社に貸す。
 
 まぁなんとかするだろう。商売だから。
 
 
  五つの拠点。それぞれに荷馬車が二台。十五台の荷車。荷馬車の一台は店になるように改造してある。
 薪と調味料とちょっとした日用品。それに荷車は街に散らばる。

 リーフ商会が自分を王だと信じている間に、街の流れは少しずつ変わっていく。

 彼らが焦って動いた時には、もう遅い。

 商売とはそういうものだ。

 わたしは空を見上げた。
 季節の変わり目の風が、薪の匂いを運んでくる。

 デイジーさんの刺繍の花を思い出した。
 風に揺れても折れない、小さな花だ。

 あの人を泣かせた連中が、今度は自分の足元から揺らぐ番だ。

 静かに、確実に。

 わたしは手をパチンと合わせると、笑った。

 
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