デイジーは歩く

朝山みどり

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41 焦燥

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 朝から胸の奥に重い石が入っているようだった。
 いや、正確に言えば昨日の昼頃から、ずっと嫌な予感がしていたのだ。

 薪の買い付け先からの使いが、また来た。
 「まだ引き取りに来ないのですか? そろそろ、あちらも一杯になってしまいます。それからこれは次の荷の請求書です」
 
 わたしは机を指で叩きながら苛立ちをごまかした。
「それが運送会社にまずいことが起きたようで、頭を下げられている所なんだ。長年のよしみで待ってやってるんだ。すまないが、もう少し協力して欲しいと言ってくれ」

「わかりました。でも、ほんとに困ってるんですよ」と言うと帰って行った。

 長年の独占取引だぞ。何を急かしてくる。

 そう思いながらも、腹の奥では違う声が響いていた。

 急かされるのも当然だ。

 
 まずい。この状況は本当にまずい。わたしは運送会社をまわり、頭を下げた。屈辱だ。だが、荷馬車がなかった。

 わたしは荷馬車を五台、買い取ることにした。だが、荷馬車だけではダメだ。馬と馭者、護衛。足りないがなんとか動かした。

 カイルに馭者と護衛をやるように言い付けた。

 薪が運べず滞っていることは、もはや商売上の損失だけではない。
 リバータウンの冬は寒い。薪が届かないことは、市民の生活そのものに関わる。
 恨まれたらどうなる?わたしはこめかみを押さえた。

 
 妻と娘は、まったく何も分かっていない。

 昨夜もそうだ。
 「うちの荷物ならどこの運送会社でも喜んで運ぶでしょ。心配ないわよ」
 妻は能天気に笑いながら言った。
 パトリシアも同じだ。
 「そうよお父様、うちほどの商会に逆らってやっていけるはずないもの。カイルはわたしの護衛をしてくれているのよ。便利に使わないでよ」

 その瞬間、思わず怒鳴っていた。
 「――何も分かってない!」

 二人は驚いた顔をしたが、わたしは続けた。
 
「もう、体裁がどうのこうの言ってる場合じゃない」

 もう会話にならなかった。

 妻と娘は、商会を当然あるものと錯覚している。何をしても揺るがないと。

 商売とは生き物だ。流れを掴めなくなれば、あっというまに転げ落ちる。
 わたしは誰よりそれを知っている。
 だが二人は理解しない。
 わたしの苛立ちは、もはや口では説明できないほど膨れ上がっていた。


 「会長! 塩の問屋から連絡が……!『そちらが運べないなら他へ回す』と!」

 「……他へ?」

 わたしは、一瞬言葉を失った。
 塩はうちの商会の柱だ。

 だが次の瞬間、奇妙な感情が湧いた。

 ――ホッとしたのだ。

 どうせ今は運べもしないのだから、勝手に別のところへ売ってくれるなら、そのほうが楽だ。

 そのほうが支払う必要がない。


 だが従業員にそれを悟らせてはならない。

 入ってくる荷物も出ていく荷物もない。
 
 焦りが胃を締めつける。
 わたしは机に両肘をつき、額を押さえた。

 何かが起きている。でもそれが何かわからない。

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