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42 カイルの負傷
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秋が深まる頃、リバータウンは朝晩の冷え込みがひどくなっていた。冬の前触れのような風が吹き抜けるたびに、人々は家の薪の残りを数え、商会の薪が少ないのを気にしていた。少ないから今のうちに買い込もうと思っても、まとまった金額はすぐに用意できない。人々は口に出さないものの、不安を抱えていた。
そんなある朝、リーフ商会の会長の元へ、薪屋の使いがやってきた。もう何度目だろうか?何度も同じ引取り要請の使いだったが、今日は違う。
「まだですか? 本当に困っていまして……それに保管料をいただきたくお知らせに参りました」
「保管料だと?」
会長の眉が跳ね上がった。
「ええ、本来はすぐ運び出すはずのものを置いておくと、他のものが入れられません。ですから、一日いくらと……」
最後まで聞く前に、会長の怒気が爆ぜた。
「ふざけるな! 長年の付き合いに保管料だと!?」
会長は昨夜の怒りに囚われたままで冷静さを欠いていた。
彼は家で妻と娘を相手に荒れていた。
「許せない!運送屋がうちを馬鹿にしている」
妻はワインを傾けながら、まるでどうでもよいかのように言った。
「でも、うちほどの商会ならどこでもお願いできるでしょう? 少し待ってもらえばいいだけじゃないの?」
娘のパトリシアまで軽い口調で言い添えた。
「そうよ、お父様。運送会社なんてたくさんありますもの」
会長はグッと拳を握りしめた。
「……おまえたちは、本当に何もわかっていない!」
怒鳴り声が部屋に反響し、二人は驚いたように目を見開いた。
「薪がなければリバータウンの冬は越せないんだ!噂を聞いた王都の商店が動き始めている」
妻と娘は互いの顔を見合わせたが、肩をすくめただけだった。
その表情に、会長の苛立ちは頂点を超えた。
翌日、その感情のまま、使いのものと対面した。
使いは困り果てた顔で何度も頭を下げたが、会長は冷静になれなかった。
怒りが収まらないまま、勢いのまま、吐き捨てるように言った。
「そんなやつらの薪など、もういらん! 保管料だと? ならば捨ててくれと言っておけ!」
使いは、もう一度頭を下げて、
「承知しました」と言うと帰って行った。
会長は引き止めろと。誰か、使いを引き止めろと願ったが、使いは去って行った。
リバータウン中がざわめきに包まれ始めた。
「薪が足りないらしい」
「今年は早めに買っておかないと危険だ」
「リーフ商会の倉庫も止まっているって話だ」
誰が言い出したのか?噂は一日で商店街の端から端まで、それから町中に広まった。
人々がリーフ商会へ薪を買いに行ったが、希望の数は買えなかった。不安が町中に広まった。
ある朝、町の大通りの角に、一台の荷馬車が止まっていた。
荷台には薪が山のように積まれ、売り子が声を張っていた。そして衛兵が交通整理をしていた。
「薪ですよー! 今朝入ったばかりの良い薪!」
人々は驚き、そして殺到した。
「薪を売ってる! やっと見つかった!」
「家にまだ残ってるが、この機会に買っておこう!」
アンドレは詰め所の所長に話を通していた。事態を重く見ていた所長は衛兵を動かしてくれたのだ。
薪は、あの荷車が。この町でお馴染みの荷車が配達もした。配達の荷車がまた宣伝になって客がやって来た。
同じ頃、会長が買い取った荷車は荷物を積んで街に戻ろうとしていた。急ごしらえの隊列は護衛の数が少なかった。馭者も護衛も慣れていなかった。それで、予定より遅れて、遅れを取り戻そうと急いでいた。
その責任を一身に背負ったのが、カイルだった。
薪を積んだ荷馬車三台と、調味料を詰めた荷馬車二台。
計五台の隊列を守る護衛は、カイル一人。馭者も兼ねていた。
「……嫌な予感がする」
宿場とすぐそこだ。もう少し、カイルは手綱を握りながら、遠くの林を睨んだ。
秋の終わりの森は薄暗く、道は枯葉で滑りやすい。
その時だった。
――ガサッ。
茂みが揺れた。
次の瞬間、矢が一斉に飛んできた。
「伏せろ!」
カイルの叫びと同時に、馬が驚いていななく。
荷馬車がよろめき、薪がガラガラと転がり落ちた。
盗賊だ。六人。剣を抜いて迫ってきた。落ち着いている。
恐らく、以前から隊列を監視していたのだろう。
カイルはすぐに剣を抜き、不利を承知で馬車から飛び降りた。
「全員、逃げろ! 馬を走らせろ!」
馭者たちは恐慌状態のまま馬を走らせようとしたが、馬は怯えて止まってしまった。
「護衛ひとりか。いいカモだな」
「怪我させない程度にやれ、後で身ぐるみ剥ぐぞ!」
嘲笑が響き、盗賊たちが一斉に襲いかかる。
カイルは剣の柄を握り直した。
「なんとかするぞ」
思考する暇はなかった。
金属のぶつかる音が響き、カイルの剣は二度、三度と盗賊の刃を受け止めた。
二人が傷口を押さえて下がって行った。
しかし、一人で対処できる相手ではなかった。
一人がカイルの利き腕をうまく切りつけた。
「ぐっ……!」
血が飛び散り、腕がしびれて力が抜ける。
剣が地面に落ち、乾いた音を立てた。
倒れこむカイルを取り囲み、盗賊たちは勝利を確信したように笑った。
「終わりだな、坊ちゃん護衛」
そう言うと、彼らは荷馬車に乗り込むと去って行った。
「カイルが怪我をしたそうだ」
それを聞いた、詰め所の衛兵は驚き、心配した。
デイジーのことがあったが、カイルはいい仲間だった。
彼らはカイルのためにできることがあるのではないかと考えた。
所長はすぐにリーフ商会へ事情を聞きに行った。
王都のアンドレにもその報はもたらされた。
「カイルが……?」
彼の瞳の奥で一瞬だけ暗い影が揺れた。
だがその表情はすぐに平静に戻った。
そんなある朝、リーフ商会の会長の元へ、薪屋の使いがやってきた。もう何度目だろうか?何度も同じ引取り要請の使いだったが、今日は違う。
「まだですか? 本当に困っていまして……それに保管料をいただきたくお知らせに参りました」
「保管料だと?」
会長の眉が跳ね上がった。
「ええ、本来はすぐ運び出すはずのものを置いておくと、他のものが入れられません。ですから、一日いくらと……」
最後まで聞く前に、会長の怒気が爆ぜた。
「ふざけるな! 長年の付き合いに保管料だと!?」
会長は昨夜の怒りに囚われたままで冷静さを欠いていた。
彼は家で妻と娘を相手に荒れていた。
「許せない!運送屋がうちを馬鹿にしている」
妻はワインを傾けながら、まるでどうでもよいかのように言った。
「でも、うちほどの商会ならどこでもお願いできるでしょう? 少し待ってもらえばいいだけじゃないの?」
娘のパトリシアまで軽い口調で言い添えた。
「そうよ、お父様。運送会社なんてたくさんありますもの」
会長はグッと拳を握りしめた。
「……おまえたちは、本当に何もわかっていない!」
怒鳴り声が部屋に反響し、二人は驚いたように目を見開いた。
「薪がなければリバータウンの冬は越せないんだ!噂を聞いた王都の商店が動き始めている」
妻と娘は互いの顔を見合わせたが、肩をすくめただけだった。
その表情に、会長の苛立ちは頂点を超えた。
翌日、その感情のまま、使いのものと対面した。
使いは困り果てた顔で何度も頭を下げたが、会長は冷静になれなかった。
怒りが収まらないまま、勢いのまま、吐き捨てるように言った。
「そんなやつらの薪など、もういらん! 保管料だと? ならば捨ててくれと言っておけ!」
使いは、もう一度頭を下げて、
「承知しました」と言うと帰って行った。
会長は引き止めろと。誰か、使いを引き止めろと願ったが、使いは去って行った。
リバータウン中がざわめきに包まれ始めた。
「薪が足りないらしい」
「今年は早めに買っておかないと危険だ」
「リーフ商会の倉庫も止まっているって話だ」
誰が言い出したのか?噂は一日で商店街の端から端まで、それから町中に広まった。
人々がリーフ商会へ薪を買いに行ったが、希望の数は買えなかった。不安が町中に広まった。
ある朝、町の大通りの角に、一台の荷馬車が止まっていた。
荷台には薪が山のように積まれ、売り子が声を張っていた。そして衛兵が交通整理をしていた。
「薪ですよー! 今朝入ったばかりの良い薪!」
人々は驚き、そして殺到した。
「薪を売ってる! やっと見つかった!」
「家にまだ残ってるが、この機会に買っておこう!」
アンドレは詰め所の所長に話を通していた。事態を重く見ていた所長は衛兵を動かしてくれたのだ。
薪は、あの荷車が。この町でお馴染みの荷車が配達もした。配達の荷車がまた宣伝になって客がやって来た。
同じ頃、会長が買い取った荷車は荷物を積んで街に戻ろうとしていた。急ごしらえの隊列は護衛の数が少なかった。馭者も護衛も慣れていなかった。それで、予定より遅れて、遅れを取り戻そうと急いでいた。
その責任を一身に背負ったのが、カイルだった。
薪を積んだ荷馬車三台と、調味料を詰めた荷馬車二台。
計五台の隊列を守る護衛は、カイル一人。馭者も兼ねていた。
「……嫌な予感がする」
宿場とすぐそこだ。もう少し、カイルは手綱を握りながら、遠くの林を睨んだ。
秋の終わりの森は薄暗く、道は枯葉で滑りやすい。
その時だった。
――ガサッ。
茂みが揺れた。
次の瞬間、矢が一斉に飛んできた。
「伏せろ!」
カイルの叫びと同時に、馬が驚いていななく。
荷馬車がよろめき、薪がガラガラと転がり落ちた。
盗賊だ。六人。剣を抜いて迫ってきた。落ち着いている。
恐らく、以前から隊列を監視していたのだろう。
カイルはすぐに剣を抜き、不利を承知で馬車から飛び降りた。
「全員、逃げろ! 馬を走らせろ!」
馭者たちは恐慌状態のまま馬を走らせようとしたが、馬は怯えて止まってしまった。
「護衛ひとりか。いいカモだな」
「怪我させない程度にやれ、後で身ぐるみ剥ぐぞ!」
嘲笑が響き、盗賊たちが一斉に襲いかかる。
カイルは剣の柄を握り直した。
「なんとかするぞ」
思考する暇はなかった。
金属のぶつかる音が響き、カイルの剣は二度、三度と盗賊の刃を受け止めた。
二人が傷口を押さえて下がって行った。
しかし、一人で対処できる相手ではなかった。
一人がカイルの利き腕をうまく切りつけた。
「ぐっ……!」
血が飛び散り、腕がしびれて力が抜ける。
剣が地面に落ち、乾いた音を立てた。
倒れこむカイルを取り囲み、盗賊たちは勝利を確信したように笑った。
「終わりだな、坊ちゃん護衛」
そう言うと、彼らは荷馬車に乗り込むと去って行った。
「カイルが怪我をしたそうだ」
それを聞いた、詰め所の衛兵は驚き、心配した。
デイジーのことがあったが、カイルはいい仲間だった。
彼らはカイルのためにできることがあるのではないかと考えた。
所長はすぐにリーフ商会へ事情を聞きに行った。
王都のアンドレにもその報はもたらされた。
「カイルが……?」
彼の瞳の奥で一瞬だけ暗い影が揺れた。
だがその表情はすぐに平静に戻った。
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