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27 トオルとミナ
社長が言った、あの日のことをまとめたファイルが、全員のPCに送られていた。
僕とミナが社長室から机に戻るまでの時間で全員がそれを読んでいた。
部署全員、いや、会社中だ。
ミナと二人で席に戻った時、周りの視線が一斉に僕たちに向いた。笑っている。誰も声に出さないけど、笑っているのが分かる。肩を震わせて、画面を見ながら、何かをこらえている顔だ。
ミナがモニターを見て、「なにこれ……?」と呟いた。
僕も画面を覗き込み、タイトルを見た瞬間、血の気が引いた。
──「事実確認報告書:社員カワシマ・カオリに関する虚偽申告及び名誉毀損案件」
開いた。ページをめくるようにスクロールしていく。
その中に、俺とミナの名前が、はっきりとあった。
日付、場所、時間、状況。全部書かれている。まるで監視カメラでも付けていたみたいに。
> 『当日、カワシマが自宅(正確には契約者本人のマンション)に予定より早く出張から 帰宅した際、同棲中の恋人であった社員マツダ・トオル、およびその交際相手の社員フクヤマ・ミナが性行為の最中であった。』
目を疑った。まさか、そこから書くか?
ミナが声を上げた。「なにこれ、ふざけてる! セックスのことまで……!」
その声でまた周りが笑った。
背中に視線が突き刺さる。笑いをこらえた咳払いがあちこちで起こる。
> 『家賃、光熱費、通信費、生活費の全てをカワシマが負担しており、マツダは一切の金銭的責任を果たしていなかった。責任も権利も有していない。
> カワシマが留守の間に、当該居室に無断で立ち入り、外部の女性を宿泊させた行為が確認された。』
やめてくれ。
頼むからやめてくれ。
読む手が震える。心臓が痛い。息が苦しい。
俺は家賃を払っていなかった。食費も、光熱費も。
たしかに、そうだ。払ってなかった。
だけど、それを……社内報告書みたいに書くなよ。
なんだよ、全額負担とか、同棲相手の不貞行為って。
しかも俺の名前の横に、(診断書提出あり・被害届未提出)と書かれていた。
ミナが僕の腕をつかんだ。「トオル、これどういうこと? わたしたち、こんなの……」
画面の文を読み進めると、最悪の一文があった。
> 『当該行為の発覚時、カワシマがリビングのドアを開けた際の状況を以下に記載する。
> 視認されたのは上下運動中の下半身(男性マツダ、女性フクダ)であり、当時放送中の番組「笑撃大作戦」と並行して行為が進行していた。
> カワシマが蹴りを入れたのは優勝者が発表されたその瞬間であり、結果として男性が転倒、その後カワシマは脇腹に再度蹴り。翌日、マツダは医療機関にて肋骨骨折の診断。』
……お笑い番組。
尻が並んでいたって、そういうことか。
笑撃大作戦の発表シーンと、俺の「お笑い」が重なったのか。
だから、全員笑ってる。
静かなオフィスに、笑いをこらえる小さな震え。
指先が痺れた。膝の上で拳を握りしめても、力が入らない。
社長は、これを「事実確認」として配布したのか。
俺たちを晒すために?
それとも、正義の名のもとに?
どっちでもいい。もう終わった。俺の人生が。
「これ、誰が作ったの?」ミナが言った。
「社長室だよ。名前見ろ」
最終ページに「監修:代表取締役 ジングウジ・アサト」とあった。
横に添えられた一文が目に入る。
> 『本件はすでに当事者間で決着済み。これ以上の噂拡散を禁ずる。
> なお、虚偽報告および名誉毀損に関しては、法的手続を準備中。』
準備中、ってなんだ。泥棒呼ばわりしたことがそんなに悪いのか?内緒って言ってただろう。
どこまでやる気なんだ、あの男。
あいつら、やっぱりグルだ。
拾われたって聞いてた。今じゃあの女、社長の女?
笑わせる。そうやって上手く転がり込んで、俺とミナだけを地獄に落とした。
ミナが泣き出した。
「ひどいよ。みんな、わたしを笑ってる。最低なのはあの女なのに」
俺は何も言えなかった。
カオリの部屋で浮気をして、靴を黙って履いた。あれ?ミナの靴はどこに行ったんだ?
それに、服をいじった形跡があったから気持ち悪くて服を全部捨てただと!
それくらい、いいじゃないか?たくさんあるんだから、ミナはさすがのセンスだと褒めていたんだぞ!
どんな言葉をかけても、説得力なんかない。
俺だって泣きたい。叫びたい。
画面を閉じても、文字は頭から離れない。
尻、上下運動、ビール、クロックス……全部、細かく書かれていた。
あの日の出来事を、まるで脚本のように。
あれを誰かが書いた。カオリだ。当事者だ。
あの女が社長に送ったんだ。自分を正当化するために。
正当化じゃない。事実を述べたのだ。ミナが泥棒呼ばわりしなかったら、俺は内緒だって言ったのに。
俺がミナに本当のことをちゃんと言っていれば・・・だけど内緒だって何度も。やめとけって何度も。
俺はモニターを閉じた。
周りの空気が重たい。笑いが消えて、代わりに哀れみみたいな視線が突き刺さる。
哀れみより、軽蔑のほうがまだマシだ。
「トオル……どうしよう」ミナが泣きそうな顔で見上げてくる。
俺は答えられなかった。
どうもしようがない。
もう、何もできない。
昼休み、食堂に行く気になれず、非常階段でコンビニのパンを齧った。
誰も話しかけてこない。
あれだけ同情してくれていた女の子たちが、今では目も合わせない。
まるで疫病みたいに避けられている。
ミナはトイレで泣いていると聞いた。けど、慰めに行く気になれなかった。
社内チャットに
「この問題はカワシマが真相がわかれば、それでいいと考えているため、これで終了する」と送られて来た。
情けをかけられたのか?
席に戻ると、ミナの机が綺麗に片付いていた。
僕とミナが社長室から机に戻るまでの時間で全員がそれを読んでいた。
部署全員、いや、会社中だ。
ミナと二人で席に戻った時、周りの視線が一斉に僕たちに向いた。笑っている。誰も声に出さないけど、笑っているのが分かる。肩を震わせて、画面を見ながら、何かをこらえている顔だ。
ミナがモニターを見て、「なにこれ……?」と呟いた。
僕も画面を覗き込み、タイトルを見た瞬間、血の気が引いた。
──「事実確認報告書:社員カワシマ・カオリに関する虚偽申告及び名誉毀損案件」
開いた。ページをめくるようにスクロールしていく。
その中に、俺とミナの名前が、はっきりとあった。
日付、場所、時間、状況。全部書かれている。まるで監視カメラでも付けていたみたいに。
> 『当日、カワシマが自宅(正確には契約者本人のマンション)に予定より早く出張から 帰宅した際、同棲中の恋人であった社員マツダ・トオル、およびその交際相手の社員フクヤマ・ミナが性行為の最中であった。』
目を疑った。まさか、そこから書くか?
ミナが声を上げた。「なにこれ、ふざけてる! セックスのことまで……!」
その声でまた周りが笑った。
背中に視線が突き刺さる。笑いをこらえた咳払いがあちこちで起こる。
> 『家賃、光熱費、通信費、生活費の全てをカワシマが負担しており、マツダは一切の金銭的責任を果たしていなかった。責任も権利も有していない。
> カワシマが留守の間に、当該居室に無断で立ち入り、外部の女性を宿泊させた行為が確認された。』
やめてくれ。
頼むからやめてくれ。
読む手が震える。心臓が痛い。息が苦しい。
俺は家賃を払っていなかった。食費も、光熱費も。
たしかに、そうだ。払ってなかった。
だけど、それを……社内報告書みたいに書くなよ。
なんだよ、全額負担とか、同棲相手の不貞行為って。
しかも俺の名前の横に、(診断書提出あり・被害届未提出)と書かれていた。
ミナが僕の腕をつかんだ。「トオル、これどういうこと? わたしたち、こんなの……」
画面の文を読み進めると、最悪の一文があった。
> 『当該行為の発覚時、カワシマがリビングのドアを開けた際の状況を以下に記載する。
> 視認されたのは上下運動中の下半身(男性マツダ、女性フクダ)であり、当時放送中の番組「笑撃大作戦」と並行して行為が進行していた。
> カワシマが蹴りを入れたのは優勝者が発表されたその瞬間であり、結果として男性が転倒、その後カワシマは脇腹に再度蹴り。翌日、マツダは医療機関にて肋骨骨折の診断。』
……お笑い番組。
尻が並んでいたって、そういうことか。
笑撃大作戦の発表シーンと、俺の「お笑い」が重なったのか。
だから、全員笑ってる。
静かなオフィスに、笑いをこらえる小さな震え。
指先が痺れた。膝の上で拳を握りしめても、力が入らない。
社長は、これを「事実確認」として配布したのか。
俺たちを晒すために?
それとも、正義の名のもとに?
どっちでもいい。もう終わった。俺の人生が。
「これ、誰が作ったの?」ミナが言った。
「社長室だよ。名前見ろ」
最終ページに「監修:代表取締役 ジングウジ・アサト」とあった。
横に添えられた一文が目に入る。
> 『本件はすでに当事者間で決着済み。これ以上の噂拡散を禁ずる。
> なお、虚偽報告および名誉毀損に関しては、法的手続を準備中。』
準備中、ってなんだ。泥棒呼ばわりしたことがそんなに悪いのか?内緒って言ってただろう。
どこまでやる気なんだ、あの男。
あいつら、やっぱりグルだ。
拾われたって聞いてた。今じゃあの女、社長の女?
笑わせる。そうやって上手く転がり込んで、俺とミナだけを地獄に落とした。
ミナが泣き出した。
「ひどいよ。みんな、わたしを笑ってる。最低なのはあの女なのに」
俺は何も言えなかった。
カオリの部屋で浮気をして、靴を黙って履いた。あれ?ミナの靴はどこに行ったんだ?
それに、服をいじった形跡があったから気持ち悪くて服を全部捨てただと!
それくらい、いいじゃないか?たくさんあるんだから、ミナはさすがのセンスだと褒めていたんだぞ!
どんな言葉をかけても、説得力なんかない。
俺だって泣きたい。叫びたい。
画面を閉じても、文字は頭から離れない。
尻、上下運動、ビール、クロックス……全部、細かく書かれていた。
あの日の出来事を、まるで脚本のように。
あれを誰かが書いた。カオリだ。当事者だ。
あの女が社長に送ったんだ。自分を正当化するために。
正当化じゃない。事実を述べたのだ。ミナが泥棒呼ばわりしなかったら、俺は内緒だって言ったのに。
俺がミナに本当のことをちゃんと言っていれば・・・だけど内緒だって何度も。やめとけって何度も。
俺はモニターを閉じた。
周りの空気が重たい。笑いが消えて、代わりに哀れみみたいな視線が突き刺さる。
哀れみより、軽蔑のほうがまだマシだ。
「トオル……どうしよう」ミナが泣きそうな顔で見上げてくる。
俺は答えられなかった。
どうもしようがない。
もう、何もできない。
昼休み、食堂に行く気になれず、非常階段でコンビニのパンを齧った。
誰も話しかけてこない。
あれだけ同情してくれていた女の子たちが、今では目も合わせない。
まるで疫病みたいに避けられている。
ミナはトイレで泣いていると聞いた。けど、慰めに行く気になれなかった。
社内チャットに
「この問題はカワシマが真相がわかれば、それでいいと考えているため、これで終了する」と送られて来た。
情けをかけられたのか?
席に戻ると、ミナの机が綺麗に片付いていた。
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