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36 二人は お客様目線
カオリさんから、「謝罪に伺いたい」と連絡をもらったのは、三日前だった。
きちんと仕事を引き継ぐことと、後の手配を完全にしていたから、なんの支障もなかったから、挨拶にも来ないなんて言うのは言いがかりだったけどね。
それに本音を言えば、彼女に会いたかった。事情があって部署を変わったと噂を聞いた。
色々調べたら、どこかのジイサマと腕を組んでいる写真が見つかった。
こんなのを見つけたら、本人突撃に決まっているけど、本人に来て貰った。
部屋から見ていたら、車を降りて来るカオリさん。若いバカそうなのが、コバヤシとかってやつか。もう一人いるなぁ!
背が高く、落ち着いたスーツ姿で、後ろに控えている。
だけどその目が微笑んだ時、印象が一変した。あぁ、この人だ、とわかった。
二人は、出来てる。しっくり合っている。女の勘は、時に男よりよほど合理的に働く。
カオリさんは軽く頭を下げる。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
わたしは、わざと厳しい顔を作って言った。
「まぁ、入って。そちらの二人。そっちはここで待っていて」と言うと
「こちらにお茶を出してあげて」
そしてカオリさんとイケメンを従えて客間に行きかけて、わたしの部屋に向かった。
部屋に入ると彼のほうは丁寧に会釈をして、名乗った。
「ジングウジ・アサトと申します。今回は同行させていただきました」
お茶を出した事務員が下がると、
「カオリさん会いたかった。こちらとの関係を教えて」
「え?」とカオリさん。天井を見るジングウジさん。
「……カオリさん。あなた、前より綺麗になったわね。おばさんの目は誤魔化せないのよ」
カオリさんが驚いて顔を上げた。ジングウジさんが、わずかに目を細めた。
カオリさんの頬が、薄く赤くなった。
あぁ、幸せになってるんだ、この子。
わたしは芝居をやめて、ため息をついた。
「怒ったふりしたけど、本当はね……あなたに会いたかっただけ。色々聞きたかったし」
「え?」
「噂、色々聞いたのよ。大変だったんでしょう?」と言いながら、ジイサマとのツーショット写真を見せた。
「あぁ、それは」とジングウジさんが説明を始めた。
わかってみれば、笑える話だった。わたしはこの切れ者に相談することにした。
「ところでジングウジさん、ちょうどいいから相談に乗ってくださらない?」
「え?」
カオリさんが驚いたようにわたしを見る。
「実はね、うちの会社ね。いくつもある支店が全部赤字なのよ」
「……なるほど」
「もともと親戚に財産分けみたいにして持たせた店だから、勝手に手が出せないの。でも赤字続きで本社が補填してる。ずっとそうしていてね。正直もう限界」
「財産分けの支店?経営権は本社に?」
「形式的にはね。でも動かすのは親戚とその息がかかったごろつき。口を挟むと角が立つ。それで手が出せないの。親戚の息子や娘も、なまじ知恵がついて来てね。大したものね」
アサトさんの目が細くなった。
一瞬、空気が変わった。
有能な男が仕事の顔になる瞬間だと分かった。
彼の視線がわたしに戻る。
「整理を希望されますか?」
「えぇ。全部。いらないのよ、もう」
「わかりました」
「え?」
わたしは思わず聞き返した。即答なの?
「やりますよ。外部の敵より、内部のしがらみのほうが始末は簡単です」
この内容を、なんて爽やかに言うの、この人。
カオリさんが不安そうに彼を見る。
「アサトさん、本当に?」
「君のところの関係者なら、なおさら」
静かに微笑んで、続けた。
「整理整頓は好きです」
その声に、わたしは鳥肌が立った。カオリさんが、こんな男に守られている。
なんて安心なんだろう。なんて誇らしいんだろう。
玄関まで見送りながら、わたしは正直に言った。
「カオリさん、あなたね。この人ね。離しちゃダメよ」
「え?」
「おばさんの意見を忘れないで」
カオリさんは少し照れて、うつむいた。
その横でジングウジさんが、彼女を支えるように立っている。
触れもしないのに、彼の存在が彼女の背中を支えていた。
わたしは微笑んで言った。
「よかった。本当に、よかった。あなたは……幸せになっていい子よ」
カオリさんは、唇をかすかに震わせた。
「ありがとうございます……」
わたしは最後にジングウジさんに向き直った。
「赤字の支店、よろしくお願いしますね」
「もちろんです。お任せください」
わたしは長い間、頼りになる取引先として、話し相手としてしかカオリさんを見てこなかった。
でも今日、初めて一人の人間として彼女を見た。
あの子はもう大丈夫だ。仕事でも、人生でも。
これからわたしの会社も救われる。わたしの人生もスッキリする。
赤字支店の整理は、ジングウジさんがきっと完璧にやるだろう。
わたしは深く息を吐いた。こんな日が来るとは思わなかった。
怒ったふりをして呼びつけた自分に、感謝した。
あの子の幸せを、見届けられたのだから。
きちんと仕事を引き継ぐことと、後の手配を完全にしていたから、なんの支障もなかったから、挨拶にも来ないなんて言うのは言いがかりだったけどね。
それに本音を言えば、彼女に会いたかった。事情があって部署を変わったと噂を聞いた。
色々調べたら、どこかのジイサマと腕を組んでいる写真が見つかった。
こんなのを見つけたら、本人突撃に決まっているけど、本人に来て貰った。
部屋から見ていたら、車を降りて来るカオリさん。若いバカそうなのが、コバヤシとかってやつか。もう一人いるなぁ!
背が高く、落ち着いたスーツ姿で、後ろに控えている。
だけどその目が微笑んだ時、印象が一変した。あぁ、この人だ、とわかった。
二人は、出来てる。しっくり合っている。女の勘は、時に男よりよほど合理的に働く。
カオリさんは軽く頭を下げる。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
わたしは、わざと厳しい顔を作って言った。
「まぁ、入って。そちらの二人。そっちはここで待っていて」と言うと
「こちらにお茶を出してあげて」
そしてカオリさんとイケメンを従えて客間に行きかけて、わたしの部屋に向かった。
部屋に入ると彼のほうは丁寧に会釈をして、名乗った。
「ジングウジ・アサトと申します。今回は同行させていただきました」
お茶を出した事務員が下がると、
「カオリさん会いたかった。こちらとの関係を教えて」
「え?」とカオリさん。天井を見るジングウジさん。
「……カオリさん。あなた、前より綺麗になったわね。おばさんの目は誤魔化せないのよ」
カオリさんが驚いて顔を上げた。ジングウジさんが、わずかに目を細めた。
カオリさんの頬が、薄く赤くなった。
あぁ、幸せになってるんだ、この子。
わたしは芝居をやめて、ため息をついた。
「怒ったふりしたけど、本当はね……あなたに会いたかっただけ。色々聞きたかったし」
「え?」
「噂、色々聞いたのよ。大変だったんでしょう?」と言いながら、ジイサマとのツーショット写真を見せた。
「あぁ、それは」とジングウジさんが説明を始めた。
わかってみれば、笑える話だった。わたしはこの切れ者に相談することにした。
「ところでジングウジさん、ちょうどいいから相談に乗ってくださらない?」
「え?」
カオリさんが驚いたようにわたしを見る。
「実はね、うちの会社ね。いくつもある支店が全部赤字なのよ」
「……なるほど」
「もともと親戚に財産分けみたいにして持たせた店だから、勝手に手が出せないの。でも赤字続きで本社が補填してる。ずっとそうしていてね。正直もう限界」
「財産分けの支店?経営権は本社に?」
「形式的にはね。でも動かすのは親戚とその息がかかったごろつき。口を挟むと角が立つ。それで手が出せないの。親戚の息子や娘も、なまじ知恵がついて来てね。大したものね」
アサトさんの目が細くなった。
一瞬、空気が変わった。
有能な男が仕事の顔になる瞬間だと分かった。
彼の視線がわたしに戻る。
「整理を希望されますか?」
「えぇ。全部。いらないのよ、もう」
「わかりました」
「え?」
わたしは思わず聞き返した。即答なの?
「やりますよ。外部の敵より、内部のしがらみのほうが始末は簡単です」
この内容を、なんて爽やかに言うの、この人。
カオリさんが不安そうに彼を見る。
「アサトさん、本当に?」
「君のところの関係者なら、なおさら」
静かに微笑んで、続けた。
「整理整頓は好きです」
その声に、わたしは鳥肌が立った。カオリさんが、こんな男に守られている。
なんて安心なんだろう。なんて誇らしいんだろう。
玄関まで見送りながら、わたしは正直に言った。
「カオリさん、あなたね。この人ね。離しちゃダメよ」
「え?」
「おばさんの意見を忘れないで」
カオリさんは少し照れて、うつむいた。
その横でジングウジさんが、彼女を支えるように立っている。
触れもしないのに、彼の存在が彼女の背中を支えていた。
わたしは微笑んで言った。
「よかった。本当に、よかった。あなたは……幸せになっていい子よ」
カオリさんは、唇をかすかに震わせた。
「ありがとうございます……」
わたしは最後にジングウジさんに向き直った。
「赤字の支店、よろしくお願いしますね」
「もちろんです。お任せください」
わたしは長い間、頼りになる取引先として、話し相手としてしかカオリさんを見てこなかった。
でも今日、初めて一人の人間として彼女を見た。
あの子はもう大丈夫だ。仕事でも、人生でも。
これからわたしの会社も救われる。わたしの人生もスッキリする。
赤字支店の整理は、ジングウジさんがきっと完璧にやるだろう。
わたしは深く息を吐いた。こんな日が来るとは思わなかった。
怒ったふりをして呼びつけた自分に、感謝した。
あの子の幸せを、見届けられたのだから。
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