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03 なんてことだ!
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ワープの計算は、何人もの技師が何日もかけてやるべき仕事だ。だが、わたしの乗っていた最新型の宇宙船は違った。おおまかな数値を入力するだけで、そこそこの精度でワープしてくれる。とても便利だ。
わたし、ニャンダート・ターマ・シャグラン。帝国皇帝の弟の、たった一人の息子。退屈な宮廷から抜け出して、一人で宇宙旅行に出た。暇つぶしのつもりだった。
適当に目的地を設定し、ジャンプを繰り返しているうちに、星の密度が少なくなってきた。あまりに辺境過ぎて、宇宙地図にも記されていない領域。ふと、小さな恒星系が目に留まった。何故だろう・・・その惑星の一つが妙に気になった。
興味本位で調査艇に乗り換え、着陸軌道に入る準備をし始めたが、気づいたときには青白く輝く惑星の大気圏に突っ込んでいた。猛烈な熱、衝撃、スピン、光・・・そして、闇。
気がついたとき、わたしは地面に転がっていた。
草。石。花の匂い。低くて古びた建物。そして、小さな庭。
これは・・・文明度の低い星だ。ああ、やってしまった。
頭を上げた瞬間、扉が開く音がした。
住民が現れる。
まずい。ここで敵意を見せてはならない。
わたしは姿勢を正し、微笑みを浮かべた。帝国式外交の基本だ。威厳と親しみを込めた完璧な笑みを、初対面の者へ向ける。
・・・が、何かがおかしい。
首が重い。いや、顔の位置が低すぎる。足が・・・
わたしは、自分の体を見下ろした。
黒い毛並み。肉球。しなやかな尻尾。
ネ、ネッコ!?
いや、これはネッコではないか!?この星にもいるのか?
どうして!?
混乱と衝撃で思考が停止しそうになる。立て直せ!
わたしはニャンダード・ターマ・シャグラン。南銀河帝国の皇弟の長男。生粋の高等種族で、総合銀河大学院に主席で入学した超エリートだ。
『なんでこんな!』
思考回路が混線する。だが、冷静になれ。落ち着けターマ。呼吸を整えろ。あれ?どうやって!これはただの環境適応による肉体変化だ。着陸の衝撃を逃すためだったのかも知れないし、大気組成の影響か?いや、この星の生物意識ネットワークと誤同期した可能性もある。いずれにせよ、重要なのは状況を把握し、母船に連絡を取ることだ。通信装置、通信装置は?
「タマちゃん?」
声がした。
『何故?わたしの名前を知っている?』
この星の生物らしきものがそこにいた。知性体と言ってもいいだろう。いきなり、噛みついたりはしないようだ。
それは名前を呼びながら、わたしのそばに来ると、いきなりわたしを抱き上げた。
撫でられた。
首のうしろを撫でられた。
「やめろ・・・グ・・・ゴロゴロ・・・」
ダメだ・・・のどが・・・鳴る。
わたしの意思と関係なく、勝手にのどがゴロゴロ鳴ってしまう。気持ちいい?いやいやいや、そういう問題じゃない。やめろ、落ち着けターマ、お前は皇帝の甥だぞ!
さらに撫でられた。
頭を、背中を、ゆっくりと。
すると・・・ゴロゴロと音が出る。これは何?わたしの体から?なぜ?
止めたいのに止まらない。まるで、本能が勝手に動いているかのように。
「おかえり、タマちゃん。会いたかったのよ」
わたしは返事もできず、ただ彼女の胸に顔をうずめた。
この体は、どうやら彼女が「タマ」と呼ぶ存在だったらしい。しかも、そのタマはすでに・・・死んでいる?
代わりにわたしがここに落ちて、そして、ネッコとして扱われている。
これは事故か、あるいは、何かの罰か、はたまた運命か。
しかし、リリ子さん(彼女の名はすぐに知れた)はわたしに対して実に愛情深く接してくれた。ご飯と呼ばれる栄養供給タイム。この美味しい匂いは鰹節と言うらしい。最高だ!
気づけば、わたしは膝の上で眠っていた。
宇宙皇族の一人として、銀河会議のスピーチまでこなしていたこの僕が。
ネッコとして、いやこの星では猫と言うらしいが・・・
リリ子さんの話し相手になり、膝に乗り、喉を鳴らしている。
なでられる。あごの下をこしょこしょされる。やめろ、やめろ、のどがまたゴロゴロ言いだすじゃないか……!
ダメだ、意識が・・・とけていく・・・
「Zzz・・・ぐる・・・Zzz・・・」
アキラという少年が現れたとき、わたしは鋭く観察された。
彼の目は普通ではなかった。まるでわたしの正体を見抜こうとするような・・・
「タマちゃんの目って、もっとあったかかった気がする」
しまった。眼差しに異星の理性が滲んでしまったか。
わたしは急いで目を細め、ゴロゴロを強める。
少年は首をかしげたが、それ以上は何も言わなかった。
リリ子さんの膝の上で、わたしは考えてる。
この生活は悪くない。少なくとも、誰かに必要とされる感覚がある。
そして、リリ子さんは毎日言ってくれる。
「タマちゃん、帰って来てくれてありがとうね」
タマと言う名も悪くない。出来れば『ターマ』と呼んで欲しいが・・・名前に込められた想いを、今では少し理解できる気がする。
帝国からの探索艇は、いつか来るだろう。
わたしは当然、戻る。だが、それまで、わたしはこの地球という星の片隅で、猫としての役割をまっとうしてみようと思う。
リリ子さんのために。
そして、わたし自身のためにも。
いつか帝国に戻るその日が来たら、この地球での時間をどう説明したものか・・・その答えは、まだ見つかっていない。
わたし、ニャンダート・ターマ・シャグラン。帝国皇帝の弟の、たった一人の息子。退屈な宮廷から抜け出して、一人で宇宙旅行に出た。暇つぶしのつもりだった。
適当に目的地を設定し、ジャンプを繰り返しているうちに、星の密度が少なくなってきた。あまりに辺境過ぎて、宇宙地図にも記されていない領域。ふと、小さな恒星系が目に留まった。何故だろう・・・その惑星の一つが妙に気になった。
興味本位で調査艇に乗り換え、着陸軌道に入る準備をし始めたが、気づいたときには青白く輝く惑星の大気圏に突っ込んでいた。猛烈な熱、衝撃、スピン、光・・・そして、闇。
気がついたとき、わたしは地面に転がっていた。
草。石。花の匂い。低くて古びた建物。そして、小さな庭。
これは・・・文明度の低い星だ。ああ、やってしまった。
頭を上げた瞬間、扉が開く音がした。
住民が現れる。
まずい。ここで敵意を見せてはならない。
わたしは姿勢を正し、微笑みを浮かべた。帝国式外交の基本だ。威厳と親しみを込めた完璧な笑みを、初対面の者へ向ける。
・・・が、何かがおかしい。
首が重い。いや、顔の位置が低すぎる。足が・・・
わたしは、自分の体を見下ろした。
黒い毛並み。肉球。しなやかな尻尾。
ネ、ネッコ!?
いや、これはネッコではないか!?この星にもいるのか?
どうして!?
混乱と衝撃で思考が停止しそうになる。立て直せ!
わたしはニャンダード・ターマ・シャグラン。南銀河帝国の皇弟の長男。生粋の高等種族で、総合銀河大学院に主席で入学した超エリートだ。
『なんでこんな!』
思考回路が混線する。だが、冷静になれ。落ち着けターマ。呼吸を整えろ。あれ?どうやって!これはただの環境適応による肉体変化だ。着陸の衝撃を逃すためだったのかも知れないし、大気組成の影響か?いや、この星の生物意識ネットワークと誤同期した可能性もある。いずれにせよ、重要なのは状況を把握し、母船に連絡を取ることだ。通信装置、通信装置は?
「タマちゃん?」
声がした。
『何故?わたしの名前を知っている?』
この星の生物らしきものがそこにいた。知性体と言ってもいいだろう。いきなり、噛みついたりはしないようだ。
それは名前を呼びながら、わたしのそばに来ると、いきなりわたしを抱き上げた。
撫でられた。
首のうしろを撫でられた。
「やめろ・・・グ・・・ゴロゴロ・・・」
ダメだ・・・のどが・・・鳴る。
わたしの意思と関係なく、勝手にのどがゴロゴロ鳴ってしまう。気持ちいい?いやいやいや、そういう問題じゃない。やめろ、落ち着けターマ、お前は皇帝の甥だぞ!
さらに撫でられた。
頭を、背中を、ゆっくりと。
すると・・・ゴロゴロと音が出る。これは何?わたしの体から?なぜ?
止めたいのに止まらない。まるで、本能が勝手に動いているかのように。
「おかえり、タマちゃん。会いたかったのよ」
わたしは返事もできず、ただ彼女の胸に顔をうずめた。
この体は、どうやら彼女が「タマ」と呼ぶ存在だったらしい。しかも、そのタマはすでに・・・死んでいる?
代わりにわたしがここに落ちて、そして、ネッコとして扱われている。
これは事故か、あるいは、何かの罰か、はたまた運命か。
しかし、リリ子さん(彼女の名はすぐに知れた)はわたしに対して実に愛情深く接してくれた。ご飯と呼ばれる栄養供給タイム。この美味しい匂いは鰹節と言うらしい。最高だ!
気づけば、わたしは膝の上で眠っていた。
宇宙皇族の一人として、銀河会議のスピーチまでこなしていたこの僕が。
ネッコとして、いやこの星では猫と言うらしいが・・・
リリ子さんの話し相手になり、膝に乗り、喉を鳴らしている。
なでられる。あごの下をこしょこしょされる。やめろ、やめろ、のどがまたゴロゴロ言いだすじゃないか……!
ダメだ、意識が・・・とけていく・・・
「Zzz・・・ぐる・・・Zzz・・・」
アキラという少年が現れたとき、わたしは鋭く観察された。
彼の目は普通ではなかった。まるでわたしの正体を見抜こうとするような・・・
「タマちゃんの目って、もっとあったかかった気がする」
しまった。眼差しに異星の理性が滲んでしまったか。
わたしは急いで目を細め、ゴロゴロを強める。
少年は首をかしげたが、それ以上は何も言わなかった。
リリ子さんの膝の上で、わたしは考えてる。
この生活は悪くない。少なくとも、誰かに必要とされる感覚がある。
そして、リリ子さんは毎日言ってくれる。
「タマちゃん、帰って来てくれてありがとうね」
タマと言う名も悪くない。出来れば『ターマ』と呼んで欲しいが・・・名前に込められた想いを、今では少し理解できる気がする。
帝国からの探索艇は、いつか来るだろう。
わたしは当然、戻る。だが、それまで、わたしはこの地球という星の片隅で、猫としての役割をまっとうしてみようと思う。
リリ子さんのために。
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