急いで戻って来た猫

朝山みどり

文字の大きさ
3 / 18

03 なんてことだ!

しおりを挟む
ワープの計算は、何人もの技師が何日もかけてやるべき仕事だ。だが、わたしの乗っていた最新型の宇宙船は違った。おおまかな数値を入力するだけで、そこそこの精度でワープしてくれる。とても便利だ。

わたし、ニャンダート・ターマ・シャグラン。帝国皇帝の弟の、たった一人の息子。退屈な宮廷から抜け出して、一人で宇宙旅行に出た。暇つぶしのつもりだった。

適当に目的地を設定し、ジャンプを繰り返しているうちに、星の密度が少なくなってきた。あまりに辺境過ぎて、宇宙地図にも記されていない領域。ふと、小さな恒星系が目に留まった。何故だろう・・・その惑星の一つが妙に気になった。

興味本位で調査艇に乗り換え、着陸軌道に入る準備をし始めたが、気づいたときには青白く輝く惑星の大気圏に突っ込んでいた。猛烈な熱、衝撃、スピン、光・・・そして、闇。

気がついたとき、わたしは地面に転がっていた。

草。石。花の匂い。低くて古びた建物。そして、小さな庭。

これは・・・文明度の低い星だ。ああ、やってしまった。

頭を上げた瞬間、扉が開く音がした。

住民が現れる。

まずい。ここで敵意を見せてはならない。

わたしは姿勢を正し、微笑みを浮かべた。帝国式外交の基本だ。威厳と親しみを込めた完璧な笑みを、初対面の者へ向ける。

・・・が、何かがおかしい。

首が重い。いや、顔の位置が低すぎる。足が・・・

わたしは、自分の体を見下ろした。

黒い毛並み。肉球。しなやかな尻尾。

ネ、ネッコ!?

いや、これはネッコではないか!?この星にもいるのか?

どうして!?

混乱と衝撃で思考が停止しそうになる。立て直せ!
わたしはニャンダード・ターマ・シャグラン。南銀河帝国の皇弟の長男。生粋の高等種族で、総合銀河大学院に主席で入学した超エリートだ。

『なんでこんな!』

思考回路が混線する。だが、冷静になれ。落ち着けターマ。呼吸を整えろ。あれ?どうやって!これはただの環境適応による肉体変化だ。着陸の衝撃を逃すためだったのかも知れないし、大気組成の影響か?いや、この星の生物意識ネットワークと誤同期した可能性もある。いずれにせよ、重要なのは状況を把握し、母船に連絡を取ることだ。通信装置、通信装置は?


「タマちゃん?」

声がした。

『何故?わたしの名前を知っている?』

この星の生物らしきものがそこにいた。知性体と言ってもいいだろう。いきなり、噛みついたりはしないようだ。

それは名前を呼びながら、わたしのそばに来ると、いきなりわたしを抱き上げた。


撫でられた。

首のうしろを撫でられた。

「やめろ・・・グ・・・ゴロゴロ・・・」

ダメだ・・・のどが・・・鳴る。
わたしの意思と関係なく、勝手にのどがゴロゴロ鳴ってしまう。気持ちいい?いやいやいや、そういう問題じゃない。やめろ、落ち着けターマ、お前は皇帝の甥だぞ!



さらに撫でられた。

頭を、背中を、ゆっくりと。

すると・・・ゴロゴロと音が出る。これは何?わたしの体から?なぜ?

止めたいのに止まらない。まるで、本能が勝手に動いているかのように。

「おかえり、タマちゃん。会いたかったのよ」

わたしは返事もできず、ただ彼女の胸に顔をうずめた。


この体は、どうやら彼女が「タマ」と呼ぶ存在だったらしい。しかも、そのタマはすでに・・・死んでいる?

代わりにわたしがここに落ちて、そして、ネッコとして扱われている。

これは事故か、あるいは、何かの罰か、はたまた運命か。

しかし、リリ子さん(彼女の名はすぐに知れた)はわたしに対して実に愛情深く接してくれた。ご飯と呼ばれる栄養供給タイム。この美味しい匂いは鰹節と言うらしい。最高だ!

気づけば、わたしは膝の上で眠っていた。

宇宙皇族の一人として、銀河会議のスピーチまでこなしていたこの僕が。

ネッコとして、いやこの星では猫と言うらしいが・・・

リリ子さんの話し相手になり、膝に乗り、喉を鳴らしている。

なでられる。あごの下をこしょこしょされる。やめろ、やめろ、のどがまたゴロゴロ言いだすじゃないか……!

ダメだ、意識が・・・とけていく・・・

「Zzz・・・ぐる・・・Zzz・・・」



アキラという少年が現れたとき、わたしは鋭く観察された。

彼の目は普通ではなかった。まるでわたしの正体を見抜こうとするような・・・

「タマちゃんの目って、もっとあったかかった気がする」

しまった。眼差しに異星の理性が滲んでしまったか。

わたしは急いで目を細め、ゴロゴロを強める。

少年は首をかしげたが、それ以上は何も言わなかった。



リリ子さんの膝の上で、わたしは考えてる。

この生活は悪くない。少なくとも、誰かに必要とされる感覚がある。

そして、リリ子さんは毎日言ってくれる。

「タマちゃん、帰って来てくれてありがとうね」

タマと言う名も悪くない。出来れば『ターマ』と呼んで欲しいが・・・名前に込められた想いを、今では少し理解できる気がする。

帝国からの探索艇は、いつか来るだろう。

わたしは当然、戻る。だが、それまで、わたしはこの地球という星の片隅で、猫としての役割をまっとうしてみようと思う。

リリ子さんのために。

そして、わたし自身のためにも。

いつか帝国に戻るその日が来たら、この地球での時間をどう説明したものか・・・その答えは、まだ見つかっていない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

聖女召喚2

胸の轟
ファンタジー
召喚に成功した男たちは歓喜した。これで憎き敵国を滅ぼすことが出来ると。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...