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02 タマ? 美咲目線
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タマが死んでからというもの、母の声はずっと沈んでいた。電話をかければ「元気よ」と言うけれど、その声にまるで力がなかった。
いつもなら文句の一つや二つ、ついでに近所の誰々がどうしたこうしたと話してくるはずなのに。
四十九日をやると言われたときは、さすがに戸惑った。相手は猫である。母にとっては家族でも、私たちにとっては、正直そこまでの存在ではなかった。
「ごめんね、ちょっと都合が合わなくて」
そう言って断ると母は
「薄情者」と言った。だけどね、お母さん、猫の供養で集まるなんて・・・やっぱり、少し変だよ。葬式には付き合ったでしょ。
そしたら、中止にしたと連絡があった。声に張りがあった。妙に捌けたその声に逆に不安になった。
数日後、私は仕事の合間を縫って、息子のアキラを連れて実家を訪ねることにした。突然行って驚かせようと思ったが、どこかで『ちゃんと生きてるか確かめたい』という気持ちがあったのも否めない。
昔から変わらない小さな平屋。インターホンを鳴らすと、すぐに母が出てきた。
「・・・美咲? 珍しいじゃない。急に来るなんて」
「近くまで来たの」
「こんにちは、おばあちゃん」
「まぁ、ちょっとの間に大きくなったわねぇ」
玄関の中に入った瞬間、私は違和感を覚えた。あの、匂い。昔よく嗅いだ、猫の匂い。もうタマは居ないはずなのに。
そしてリビングへ入ると、私は言葉を失った。
そこに、タマがいた。
黒い毛並み。青い目。座り方まで同じ。あの寝椅子の上で横になっているその姿。
「お母さん!この子は?」
「タマよ」
「え?」
「帰ってきたのよ。朝、起きたら庭で待ってたの。さすがタマよね」
私は返す言葉を失った。
ふと横を見ると、アキラがじっとその猫を見ていた。眉間に小さな皺を寄せて、何かを考えているような顔だった。
「すごく似てるね。でも、なんか・・・」
アキラが小さく呟いた。
「なんか、変?」
「ううん、そうじゃない。なんかタマちゃんって、こんな感じだったっけ?って、思って」
母は猫を撫でながら微笑んでいた。あの悲しげな声はどこへ行ったのかと思うほど、穏やかだった。
昼食を一緒にとることになり、私は台所を手伝いながら、母に少しずつ話を切り出した。
「本当に、あのタマじゃないってこと、わかってるよね?」
「うん。でもね、もうどっちでもいいの。今、ここにいてくれるこの子が、私にはタマなのよ」
「そう?」
「でもね、美咲。朝、風が吹いたのよ。春の風。雨戸を開けたら、その子がそこにいたの。ただそこにいただけなの。私を見て、鳴いたの。それだけで十分だったのよ」
母の目が、どこか遠くを見ていた。
「私のために来てくれたんだと思ってるの。偶然じゃなくて。あの風が、連れてきてくれたんだって」
昼食の後、アキラはタマと一緒にソファに座り、じっと観察していた。
「やっぱりタマちゃんに似てる。でも、少しだけ違う。たぶん?目かな?」
「目?」
「うん。タマちゃんの目って、もっと暖かい目だったようね気がする。でも、この子の目は、なんていうか・・・秘密を知ってるみたいな目してる」
私は背筋が少しだけぞくっとした。でも、母は笑っていた。
「そうね。あの子はもう何もかも知ってるのかも。だから私にも優しくしてくれるのね」
帰り道、アキラが不意に聞いてきた。
「ママ。死んだ猫は毛皮を着替えて戻って来るって話、知ってる?」
「そう言われているのは知ってるけど・・・それは慰めの言葉よね」
「僕もそう思う。そこから行くとあのタマは着替えもしないで急いで戻って来たってことかな?」
「偶然って凄いね」
「でも、不思議だね。タマちゃんじゃないのに、タマちゃんみたいに見えるなんて・・・でも、見れば見るほど、少し違う気もするんだ」
私はアキラの手をぎゅっと握った。
「そうね。でも、おばあちゃんが元気なら、それが一番大事かもしれないね」
アキラは少し黙ってから、小さく頷いた。
「うん。じゃあ、また会いに行こうよ。タマちゃんにも」
私は笑って、「そうね」と答えた。
きっとあの猫が誰であっても、母にとっては「帰ってきたタマ」なのだ。それが現実か幻想かなんて、もうどうでもいいのかもしれない。
いつもなら文句の一つや二つ、ついでに近所の誰々がどうしたこうしたと話してくるはずなのに。
四十九日をやると言われたときは、さすがに戸惑った。相手は猫である。母にとっては家族でも、私たちにとっては、正直そこまでの存在ではなかった。
「ごめんね、ちょっと都合が合わなくて」
そう言って断ると母は
「薄情者」と言った。だけどね、お母さん、猫の供養で集まるなんて・・・やっぱり、少し変だよ。葬式には付き合ったでしょ。
そしたら、中止にしたと連絡があった。声に張りがあった。妙に捌けたその声に逆に不安になった。
数日後、私は仕事の合間を縫って、息子のアキラを連れて実家を訪ねることにした。突然行って驚かせようと思ったが、どこかで『ちゃんと生きてるか確かめたい』という気持ちがあったのも否めない。
昔から変わらない小さな平屋。インターホンを鳴らすと、すぐに母が出てきた。
「・・・美咲? 珍しいじゃない。急に来るなんて」
「近くまで来たの」
「こんにちは、おばあちゃん」
「まぁ、ちょっとの間に大きくなったわねぇ」
玄関の中に入った瞬間、私は違和感を覚えた。あの、匂い。昔よく嗅いだ、猫の匂い。もうタマは居ないはずなのに。
そしてリビングへ入ると、私は言葉を失った。
そこに、タマがいた。
黒い毛並み。青い目。座り方まで同じ。あの寝椅子の上で横になっているその姿。
「お母さん!この子は?」
「タマよ」
「え?」
「帰ってきたのよ。朝、起きたら庭で待ってたの。さすがタマよね」
私は返す言葉を失った。
ふと横を見ると、アキラがじっとその猫を見ていた。眉間に小さな皺を寄せて、何かを考えているような顔だった。
「すごく似てるね。でも、なんか・・・」
アキラが小さく呟いた。
「なんか、変?」
「ううん、そうじゃない。なんかタマちゃんって、こんな感じだったっけ?って、思って」
母は猫を撫でながら微笑んでいた。あの悲しげな声はどこへ行ったのかと思うほど、穏やかだった。
昼食を一緒にとることになり、私は台所を手伝いながら、母に少しずつ話を切り出した。
「本当に、あのタマじゃないってこと、わかってるよね?」
「うん。でもね、もうどっちでもいいの。今、ここにいてくれるこの子が、私にはタマなのよ」
「そう?」
「でもね、美咲。朝、風が吹いたのよ。春の風。雨戸を開けたら、その子がそこにいたの。ただそこにいただけなの。私を見て、鳴いたの。それだけで十分だったのよ」
母の目が、どこか遠くを見ていた。
「私のために来てくれたんだと思ってるの。偶然じゃなくて。あの風が、連れてきてくれたんだって」
昼食の後、アキラはタマと一緒にソファに座り、じっと観察していた。
「やっぱりタマちゃんに似てる。でも、少しだけ違う。たぶん?目かな?」
「目?」
「うん。タマちゃんの目って、もっと暖かい目だったようね気がする。でも、この子の目は、なんていうか・・・秘密を知ってるみたいな目してる」
私は背筋が少しだけぞくっとした。でも、母は笑っていた。
「そうね。あの子はもう何もかも知ってるのかも。だから私にも優しくしてくれるのね」
帰り道、アキラが不意に聞いてきた。
「ママ。死んだ猫は毛皮を着替えて戻って来るって話、知ってる?」
「そう言われているのは知ってるけど・・・それは慰めの言葉よね」
「僕もそう思う。そこから行くとあのタマは着替えもしないで急いで戻って来たってことかな?」
「偶然って凄いね」
「でも、不思議だね。タマちゃんじゃないのに、タマちゃんみたいに見えるなんて・・・でも、見れば見るほど、少し違う気もするんだ」
私はアキラの手をぎゅっと握った。
「そうね。でも、おばあちゃんが元気なら、それが一番大事かもしれないね」
アキラは少し黙ってから、小さく頷いた。
「うん。じゃあ、また会いに行こうよ。タマちゃんにも」
私は笑って、「そうね」と答えた。
きっとあの猫が誰であっても、母にとっては「帰ってきたタマ」なのだ。それが現実か幻想かなんて、もうどうでもいいのかもしれない。
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