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01 朝の出来事
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朝。また朝が来た。わたしの気持ちなんかお構いなしに、今日も変わらず朝は、やってくる。
雨戸を開けると、ひんやりとした風が部屋へ滑り込んできた。春先とはいえ、まだ少し冷たい風。けれどその風は、どこか懐かしい匂いを運んできた。
そんなことを思いながら、リリ子さんは庭に目をやった。
黒い猫が座っていた。背筋を伸ばして、まるで誰かを待っていたかのように、いずまいを正している。毛並みは艶やかで、尻尾の先が少しだけふるふると揺れていた。
目が合った。
大きな青色の目がまっすぐリリコさんを見つめていた。そして、その猫は口を開けて「ニャー」と鳴いた。
間違いない。あの声も、あの目も、あの座り方も。
「・・・タマちゃん」
リリコさんは呟いた。言葉にした瞬間、体が自然と動いた。裸足のまま縁側を降り、冷たい石の感触を足裏に感じながら庭へと出る。草の露がついて、足先がひやりと濡れるのも気にならない。
黒猫は動かなかった。逃げる素振りすら見せず、じっと待っていた。
リリコさんはしゃがみ込み、両手で猫をそっと抱き上げた。懐かしい重さ。確かな重さ。けれど確かに、あのときの体温だった。
「タマちゃん、帰ってきたのね」
猫の額にそっと頬を寄せて、声を震わせながら言う。
「どこに行ってたの?心配したのよ」
猫は黙って抱かれていた。けれどその喉元からは、低く柔らかなゴロゴロという音が響いていた。まるで、安心していると言うように。
「お利口。お利口ね」
リリ子さんは繰り返す。何度も何度も。
そのまま猫を抱いたまま、リリ子さんは家の中へと戻った。足の汚れは気にならない。
部屋には朝の光が差し込んでいて、猫の毛並みが金色に輝いて見えた。
椅子に腰を下ろし、タマちゃんを膝に乗せて、リリ子さんは話しかけた。
「ねえ、あれから何日経ったか知ってる?」
猫は答えない。ただ目を細めて、喉を鳴らし続ける。
「私ね、自信があったのよ。あなたにもう一回あってもすぐにわかるって。あなたがどんな姿になっても絶対にわかるって。でもあなた同じ格好で戻ってきた。お着替えもしないで戻ってきた。ほんとにお利口。おかえり。タマちゃん」
タマちゃんはリリコさんの膝の上で丸くなっている。背中を撫でると、小さく尻尾が揺れる。
「それでね。今朝、あなたの気配がしたの。風が教えてくれたのかもしれない。あの風、ちょっと不思議だったもの」
リリ子さんはタマちゃんの耳元に口を寄せて、囁いた。
「もしかして、本当に。あっちから戻ってきたの?」
返事はなかった。ただ、猫の目が細くなり、穏やかなまどろみに沈んでいくように見えた。
リリ子さんは少しだけ笑って、涙を拭った。
「まあ、いいわ。もう帰ってきたんだもの。どこからとか。理由とか、どうでもいい」
リリ子さんが
「ご飯にしましょう」と言うとタマは膝から滑り降りると、タマの寝椅子に行った。
豪華な寝椅子でこれに乗っているタマは貴婦人のように見えた。男の子だけど・・・
戸棚からタマのお皿を出して祭壇に備えていたタマが好きなフードをそれに入れた。
そしてリリ子さんの食事と一緒にテーブルに運んだ。
二人は時折、「美味しい?」「にゃー」と話しながら食事をした。
寝椅子に戻ってうつらうつらするタマにリリ子さんが話しかける。
「ねえ、あなたがいないあいだにね、庭のスミレが咲いたのよ。それから、お隣の小百合さんが骨折してね。でも元気よ、もう畑に出てるくらい」
リリ子さんは、タマがいない間のことをずっと話した。特に薄情な家族のことを。
タマは時折、「にゃ」とか「にゃお」と相槌を打った。
また前のように二人は過ごした。
台所で魚を焼くときも、洗濯物を干すときも、タマはいつも近くにいた。まるで何事もなかったかのように。けれど、リリ子さんは感じ取っていた。
この再会は、何か大きな力が働いたものだと。それがいいものなのか、悪いものなのかわからないが、何かがあったと。
だから今日も、リリコさんは朝になると、雨戸を開ける。
そして風に向かって、そっとつぶやくのだ。
「ありがとう。連れて来てくれて」
雨戸を開けると、ひんやりとした風が部屋へ滑り込んできた。春先とはいえ、まだ少し冷たい風。けれどその風は、どこか懐かしい匂いを運んできた。
そんなことを思いながら、リリ子さんは庭に目をやった。
黒い猫が座っていた。背筋を伸ばして、まるで誰かを待っていたかのように、いずまいを正している。毛並みは艶やかで、尻尾の先が少しだけふるふると揺れていた。
目が合った。
大きな青色の目がまっすぐリリコさんを見つめていた。そして、その猫は口を開けて「ニャー」と鳴いた。
間違いない。あの声も、あの目も、あの座り方も。
「・・・タマちゃん」
リリコさんは呟いた。言葉にした瞬間、体が自然と動いた。裸足のまま縁側を降り、冷たい石の感触を足裏に感じながら庭へと出る。草の露がついて、足先がひやりと濡れるのも気にならない。
黒猫は動かなかった。逃げる素振りすら見せず、じっと待っていた。
リリコさんはしゃがみ込み、両手で猫をそっと抱き上げた。懐かしい重さ。確かな重さ。けれど確かに、あのときの体温だった。
「タマちゃん、帰ってきたのね」
猫の額にそっと頬を寄せて、声を震わせながら言う。
「どこに行ってたの?心配したのよ」
猫は黙って抱かれていた。けれどその喉元からは、低く柔らかなゴロゴロという音が響いていた。まるで、安心していると言うように。
「お利口。お利口ね」
リリ子さんは繰り返す。何度も何度も。
そのまま猫を抱いたまま、リリ子さんは家の中へと戻った。足の汚れは気にならない。
部屋には朝の光が差し込んでいて、猫の毛並みが金色に輝いて見えた。
椅子に腰を下ろし、タマちゃんを膝に乗せて、リリ子さんは話しかけた。
「ねえ、あれから何日経ったか知ってる?」
猫は答えない。ただ目を細めて、喉を鳴らし続ける。
「私ね、自信があったのよ。あなたにもう一回あってもすぐにわかるって。あなたがどんな姿になっても絶対にわかるって。でもあなた同じ格好で戻ってきた。お着替えもしないで戻ってきた。ほんとにお利口。おかえり。タマちゃん」
タマちゃんはリリコさんの膝の上で丸くなっている。背中を撫でると、小さく尻尾が揺れる。
「それでね。今朝、あなたの気配がしたの。風が教えてくれたのかもしれない。あの風、ちょっと不思議だったもの」
リリ子さんはタマちゃんの耳元に口を寄せて、囁いた。
「もしかして、本当に。あっちから戻ってきたの?」
返事はなかった。ただ、猫の目が細くなり、穏やかなまどろみに沈んでいくように見えた。
リリ子さんは少しだけ笑って、涙を拭った。
「まあ、いいわ。もう帰ってきたんだもの。どこからとか。理由とか、どうでもいい」
リリ子さんが
「ご飯にしましょう」と言うとタマは膝から滑り降りると、タマの寝椅子に行った。
豪華な寝椅子でこれに乗っているタマは貴婦人のように見えた。男の子だけど・・・
戸棚からタマのお皿を出して祭壇に備えていたタマが好きなフードをそれに入れた。
そしてリリ子さんの食事と一緒にテーブルに運んだ。
二人は時折、「美味しい?」「にゃー」と話しながら食事をした。
寝椅子に戻ってうつらうつらするタマにリリ子さんが話しかける。
「ねえ、あなたがいないあいだにね、庭のスミレが咲いたのよ。それから、お隣の小百合さんが骨折してね。でも元気よ、もう畑に出てるくらい」
リリ子さんは、タマがいない間のことをずっと話した。特に薄情な家族のことを。
タマは時折、「にゃ」とか「にゃお」と相槌を打った。
また前のように二人は過ごした。
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この再会は、何か大きな力が働いたものだと。それがいいものなのか、悪いものなのかわからないが、何かがあったと。
だから今日も、リリコさんは朝になると、雨戸を開ける。
そして風に向かって、そっとつぶやくのだ。
「ありがとう。連れて来てくれて」
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