急いで戻って来た猫

朝山みどり

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14 夢の中

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わたしはニャンダート・ターマ・シャグラン。
この地球の辺境の庭先で猫の姿を借りて生き延びている、銀河帝国の皇弟の一人息子だ。
だがいま、わたしはもう猫ではない。

本来の姿。地球の言葉で言うと猫獣人の姿をしている。まぁこのリリ子さんの夢の中の話だが・・・



足元に広がる芝の匂いが懐かしい。だが、どこか湿った花の香りが混ざっている。
目を上げると、そこには綺麗に整った、それでいて家庭的な白亜の屋敷。
見たこともない古い地球の建築様式だが、情報網でかつて一度だけ見た古典映画の記録が脳裏に重なる。

『風と共に去りぬ』
その冒頭のパーティー、オークス屋敷の庭。
真昼の陽光のように華やいだドレスと、笑い声。とうに失われた世界。
ここは夢だ。だが夢だからこそ、彼女はそこにいる。

木立の影に、リリ子さんの姿があった。
映画のようにウエストを絞めてスカートは優雅にふくらんでいる。リリ子さんが歩く度にスカートがふわりとふくらむ。

この空気を楽しんでいるのか?ふとリリ子さんの視線が止まった。

あれが主人公だな・・・

さぁ、せっかくのこの機会。正しく使おうではないか。

帝国の社交界で鍛えた礼儀作法を、この夢の場でも思い出す。
葉の擦れる音に紛れて、気配を消す。
リリ子さんはまだ、わたしに気づかない。

「リリ子さん」

彼女ははっとしたようにこちらを振り向く。
だが当然だが、わたしはもう黒猫ではない。

彼女の夢だからか?この辺にいる奴らと似たり寄ったりの衣装。

そして、ピンとたった。自慢の耳。適度に動く尻尾。

「どなた?」

夢の中で彼女の瞳は柔らかく、けれど揺れていた。
わたしの名前をすぐに呼ばない。無理もない。
日々の暮らしで撫でてくれている『タマ』と、いま目の前にいる異邦の青年が繋がるはずもない。

それでもわたしは一歩踏み出した。この夢の中でならば、何でもできる。
だが、強引な振る舞いは、彼女の夢を壊してしまう。

「夢を、少しだけ借ります」

言って、わたしはひざまずいた。

わたしの青い目を彼女がじっと見た。その目が何か思い当たったように開かれた。

「その目は!でも青い目の彼は素敵だけど・・・そんな殿方では・・・」
「夢ですよ。リリ子さん」

そういうとわたしはリリ子さんの手を取ると、口付けをする振りをした。

「タマ!え?」

「この姿のわたしはターマ・シャグラン」

「ターマ。タマ。ターマ。タマ」

「ターマとお呼びください」

そう言うとリリ子さんは大きく微笑んだ。

「よろしく。ターマ」


わたしは立ち上がると彼女の前に一歩踏み出す。


「この姿で会うのは、あなたの夢の中だけです」

腕を彼女に差し出す。リリ子さんはわたしの腕におずおずと手を乗せた。

「綺麗な所ですね。少し歩きましょう」

「この場面が大好きなの。みんな、無邪気で不幸を知らずに・・・もちろん、人生はそれだけじゃないけど」
「そうですね。この世界は束の間の・・・だから美しい・・・」
リリ子さんの目に、かすかに涙が浮かぶのを見た。
わたしはその指先を軽く口元に寄せる。
銀河帝国の外交儀礼にも似た動作を、地球式の夢のパーティーに編み込む。

「ターマといると登場人物になったみたい」」

彼女が囁いた。

「タマちゃん。これって夢だけど夢じゃなかったりする?」

わたしは返事の代わりに微笑んだ。

「最初に庭のタマちゃんと見た時、一瞬、王子様が見えたの。今の姿よ」

周りに白い霧が出て来た。
わたしは黙ってリリ子さんから離れた。


寝椅子も戻ってしばらくすると、リリ子さんが起きて来た。

「おはよう。ターマ」とリリ子に呼びかけられる。

「にゃー」(ターマと呼んで下さるので?)

リリ子さんは、わたしをじっくりと見ると

「その目だったわね。綺麗だから」と言うとご飯の支度をしに行った。

その後ろ姿を見て、決心した。

リリ子さん、わたしはあなたを口説き落とします。権力を全力で使います。帝国へお連れします。

「毎晩、夢で会いましょう」

でも、夢の中もいいけど、この猫の姿も捨てがたい・・・抱っこして貰ったり、撫でて貰ったり・・・

わたしは寝椅子から降りると台所のリリ子さんの足元に向かった。

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